阿仁避難小屋と森吉避難小屋-2026-02-14
森吉山
(秋田)
2026年02月14日(土)
日帰り
全国的な晴れが予報されていて、森吉山の山頂まで行くのに適した日と目されていた。同じように考えた人は多かったようで、朝一番から駐車場は大混雑。この車と人の多さの割には、登山届を提出した際に渡されたカードの番号は53で、思っていたよりも小さい数字だった。ゲレンデを利用する人もかなり多い日だったようだ。
チケット売り場・登山届の提出・ゴンドラへの搭乗とかつてない行列が3連続。多いのは並ぶ人の数ばかりでない。想定よりも雲が多いのを不安に思いながら、「やがて晴れるだろう」とゴンドラ山頂駅に降り立つ。ゴンドラ山頂駅の気温は氷点下2℃。最初からスノーシューを装着しての歩き。
石森へと向かう稜線には竹のポールが設置されていて、2本半ほどしか見通せない。2本分以上の距離にいる人は、何色の服を着ていてもグレーに見える。樹氷も同様で、最初に見えるときは黒に見えて、近づくと白になっていく。積雪は思っていたような多さではなかった。それでも石森から先の樹氷は完璧な様相。ただ、この雲は晴れそうにない。
母には「山頂が無理そうなら石森から森吉避難小屋に向かう」と伝えてあった。とりあえず、結論を保留して阿仁避難小屋を目指す。竹のポールは石森で終わっていた。阿仁避難小屋までなら迷わない自信があり、その先はこのままの視界なら遠慮したい。阿仁避難小屋までのルートは先行者達の幅広なスノーシュー跡を利用させてもらった。夏道よりも少し右に外れていると思ってスマホを取り出した直後に、修正するように大きく左に曲がっていた。例年であれば、ここは緩やかな左カーブから最後は直線的になる。
阿仁避難小屋の前でこの後の進路を考える。風は強くなっていて、視界はきかず、時間が経過しても晴れる気がしない。山頂行きは諦め、少し先の様子を見てから引き返すことにした。ここでもう昼食を食べてしまう。いとくのクルミとチーズのパンが美味い。食べながら周囲の人を観察していたところ、2/3くらいの人は先に進んだように見えた。とはいえ、そもそも視界がきかないため、先に進んだ人や擦れ違った人がどこまで進んでいるのかを判別できていない。
夏道だと、この先は平らな木道があって、左右が狭くなるとやや急になる。その左右が急になる手前まで進んでいる。当方が引き返した場所から先は、トレースが分散する傾向にあり、トレース頼みで登るのは避けたいところ。夏道のように稚児平を経由する派と、直線的に山頂に向かう派がいて、その中間も自由に歩けるためだ。怖いのは下山の際に、阿仁避難小屋へと戻る右カーブをとれずに戸鳥内沢へと下ってしまうことだ。
石森の手前まで来たところで、竹のポールを背負っている一団と擦れ違った。なるほど、石森までポールがあってその先になかった理由は、雲嶺峠から一ノ腰の方面で設置作業をしていたからか。山頂に行かない場合に行くとしていた森吉避難小屋に寄ってみる。ポール付近に出現するクレヴァスはまだ見られない。しかし場所が分かっている人は、見えていなくてもその場所に近づかないほうがいい。森吉避難小屋には数人が入っているようだった。森吉神社や冠岩などを撮影して下山する。石森からの下りはさらに風が強くなり、1本先のポールも見えない状況に変わった。少し前をスノーシューで歩いていた人が、足元の吹き溜まりさえも視認できていなくて転倒していた。
樹氷平まで戻ってくると、今度は凄まじい人の数に驚いた。100人ほどはいただろうか。かつてここまで樹氷平に人がいたのを見た記憶がない。これは観光バス3台は来ているだろうと予想。帰宅してから母にいわれたのは、小正月行事で観光バスが来ている時期だという。そういえば秋田県内の各地で冬の祭りが行われているのだった。下りのゴンドラも相乗りになったのは初めての経験だった。下山したら事務所にて「53番は下山しました」と伝えるのだが、そのために並んだのも初めてだった。観光バスは7台が待機していた。
阿仁スキー場を後にし、道の駅 かみこあにでお土産を購入。晩梅は和菓子がメインのはずであるが、ル・デセールという洋菓子がお気に入り。ちょうどバレンタインデーでもあったことだし。2月は28日しかないから月間の売り上げが落ちるのを防ぐための日だったか。まれに恋人にチョコレートを贈る人もいるらしい。
温泉は山ふじ温泉にするつもりだった。しかし手前にて雪崩が発生していたため辿り着けず。他の温泉に入る気もなくなってしまい、早めに自宅に着いて洗車とした。