久須夜ヶ岳(くすやがだけ)
久須夜ヶ岳
(福井)
2025.11.29(土)
日帰り
福井県の南半分は若狭と呼ばれ、リアス式海岸の入り組んだ海岸線が続いている。
小浜市は若狭の中心にあり、小浜湾に面した街である。小浜湾は西の大島半島と東の内外海(うちとみ)半島によって、外海から隔離されたような形になっている。
その内外海半島にある山が久須夜ヶ岳である。
ヤマップで久須夜ヶ岳の活動日記を見ていると、「逆登山」という言葉が目に付く。
久須夜ヶ岳は標高約620m、山頂駐車場まではエンゼルラインを通り、車で登ることができる。
その広い駐車場からは若狭湾、小浜湾、越前海岸などの海の絶景だけでなく、青葉山や白山などの山々の展望を楽しむことができる。
久須夜ヶ岳のピークを取るだけであれば、山頂駐車場から数分歩くだけで良い。
一方、内外海半島の北側には蘇洞門(そとも)と呼ばれる断崖の景勝地がある。
蘇洞門を見るには、「若狭フィッシャーマンズ・ワーフ」から出ている蘇洞門めぐり遊覧船(所要時間60分、通常料金2500円)に乗るのが、一般的である。
ただ、久須夜ヶ岳山頂からも登山道が整備されていて、蘇洞門まで行くことができる。往復7km、所要時間5時間。いったん蘇洞門まで下って、登り返すことから「逆登山」と呼ばれている。
純粋なピークハンターならエンゼルラインで山頂駐車場まで来て、絶景を楽しんだあとに、往復10分歩いてピークを獲って帰ってしまうだろう。
私はピークだけでは物足りず、欲張りに何でも見てやろうと言う邪(よこしま)なピークハンターモドキなので、ついつい逆登山に興味をそそられてしまう。
当日は、自宅をAM7:00に出発。助手席には嫁さんが座っている。
舞鶴若狭自動車道から降りて、エンゼルラインの曲がりくねった道を車を走らせる。道の脇から出てきたシカが道を鷹揚に横切っていく。
この辺りはシカ、サル、イノシシなどの動物が多い。
「クマはいないんでしょうね?」と嫁さんが聞く。「いない」と何の根拠もなく断言する。ここで、「いるかもしれない」などと曖昧な返事をすると、「やめよう」と言いかねない。
嫁さんは獣の類が嫌いみたいだ。朝が早かったせいか、まだ、観光客の車も走ってない。晴れ予報は出ているが、天気の回復が遅れ気味で空は厚い雲で覆われている。
どんなところかはっきりしたイメージを持っていない嫁さんは、「大丈夫か?」と少し不安げである。「観光地だから大丈夫」と答えると、安心したのか、「山頂には売店とかあるよね?」と聞いてくる。
観光スポットではあるが、そんなものがあろうはずがない。知らないふりをして「あるかもしれないね。なくてもトイレだけはあるよ」と適当に答えておく。
山頂駐車場着が9時00分。
「トイレしかないね…」と、今、気づいたように言うと、本人も私の話がいい加減なのを見抜いていたようで、それほどガッカリはしていなかった。
そのトイレが綺麗だったのと駐車場からの眺めが実に良いのも、好印象を与えたのだろう。
駐車場から、来た道を数分戻ったところに蘇洞門への下山口がある。9:20に下山開始。
緩やかな尾根を上り下りしながら西に向かって進んでいく。海に近いので常緑樹が多いかと思っていたが、落葉樹が多い。葉は八割方落ちていて、一面にこんもりと降り積もっている。その中でエビネやオモトの緑の葉が目を引く。
尾根とは言え、前日までの雨で道は湿っていて滑りやすく、一歩一歩ゆっくりと歩をすすめる。
右手には木々の間からチラチラと海も見える。
30分ほどして、泊乗越という分岐に至る。そこからは東向きに方向を変えて、九折に下っていく。
そのうち山腹に切られた細い道をトラバースするようになる。左手はそれなりの急な斜面であり、足元に注意しながら進む。
コナラ、ホオノキ、カエデ、シデ等の葉が落ちている。その中でも、長い葉柄の付いた黄色い大きな葉っぱが目を引く。見上げると、まだ、木に残っている葉もある。
アブラギリである。
初夏(6月頃)に若狭地方の山はアブラギリの白い花で彩られる。その頃の様子は何回か見たことがあるが、この時期にアブラギリを見るのは初めてである。
アブラギリは種子から工業用の油「桐油(きりゆ)」が採れるため、過去には福井県(特に若狭地域)で盛んに栽培されていた。
現在は桐油の生産は無くなったが、残された多くのアブラギリが晩秋の里山を賑わせている。
閑話休題。
山腹をトラバースしたあとは、3箇所ほどロープの張られた急な坂を通り、
支尾根をどんどんと下っていく。
木の根で縦横に覆われたところやドングリがたくさん落ちているところもある。
このドングリも曲者で下手に踏み間違えるとズルッと足を取られることがある。特に落ち葉にドングリが混じっているところは注意が必要である。
波の音が聞こえるようなると、蘇洞門はもうすぐである。
最後はコンクリートの急な階段を降りていく。
その長い階段を半分くらい降りたところからは、左手に若狭湾、遠くには双耳峰の青葉山、そのまた奥に丹後半島まで見渡せる。
真正面下には左右に聳え立つ崖の間に遊覧船の船着場を見ることができる。
今日は結構、波が高くて、その船着場は波が寄せるたびに洗われている。
右手の崖からは長く細い滝が流れ落ちており、その下部には不動明王の石像が置かれている。
階段の左手は崖なので、自称高所恐怖症の私はできるだけ早く階段を降りてしまいたいのだが、嫁さんはその絶景に感動して写真やビデオを撮るのに夢中である。
残りの階段を降り切って蘇洞門に到着。下山口から約2時間。
波は上から見る以上に高く、岩に打ちつける音も威圧的である。
海が凪いでいれば、水際まで行くことができる。また、汐が引いている時間帯なら、小門(大きな岩に並んで2つのスリットがあり、大きな方を大門、小さい方を小門と呼んでいる)を通り抜けて岩の裏側に出ることもできるそうだ。
ただ、今日のように波があると無理。
下手に近づくと波を被ってしまうどころか、波に飲まれてしまうかもしれない。
大門の間から青葉山が見えるはずだが、青葉山が視界に入る場所に進むのすら憚られた。
不動明王にお参りし、数分ほどその場にいて景色を眺めていた。
打ちつける波の音と舞い上がる波飛沫に嫁さんが落ち着かないと言い出したので、戻ることにした。
いつもの登山とは異なり、帰りが登りになる。登りは、滑ることを気にすることがない。軽い昼食を取ったり、休みながらでも、それなりのペースで歩くことができ、行きとほぼ同じ約2時間で戻ることができた。
その後、久須夜ヶ岳の山頂(一等三角点)を往復し、エンゼルラインで帰路についた。
エンゼルラインの途中の道路脇には大神岩(おおかみいし)と呼ばれる大岩がある。その昔、大国主命がこの岩に鎮座したという謂れがあるそうだ。大きな岩には注連縄がかけられている。
車を降りて、見上げると大神岩の周りには真っ赤なモミジが残っている。朝は厚い雲に覆われていて陰鬱な感じだったが、今は天気も好転し明るい青空が広がっている。
青い空と赤いモミジ、巨大な岩の取り合わせが、とても絵になった。
ただ、「ノッペリ写真家」の私には、その素晴らしさを表現しきれないのが残念である。