源明山
源明峠624.51四等三角点

四境の役 大島口戦跡碑

古戦場 笛吹峠
慶応二年(1866)六月七日(新暦七月十八日)、
幕府軍艦長崎丸が上関、安下庄、外入を砲撃し、長州藩と徳川幕府との戦いが開戦した。
山口県では、長州藩の四つの境が戦場になったことから「四境の役」(大島口・芸川口・石川口・小倉口)と呼ばれる。
十一日から安下庄を占領していた松山藩軍は、
十六日、三手に分かれて屋代に向け進軍し、
笛吹峠と源明峠、三ツ石・清水峠に攻め上がってきた。これを受け、久賀に向かっていた長川軍は迎撃に進路を変え、山上の三カ所で激突した。
笛吹峠に来た松山藩軍は、吉田惣右衛門率いる
新制二番隊、松山藩の農商兵隊であった。
松山藩軍は、安下庄から秋往還を進み、秋の永明寺の小僧を縛って道案内させ、家房から笛吹峠に登ってきた。これを山上で待ち構えた大島郡兵・狙撃隊が迎え撃ち、長州軍を勝利に導いた。
山上を長州軍が確保したことによる「制高作戦」や、兵士が横に広く散開して攻撃する
「散兵戦術」が勝敗を分けた。
この戦いの特徴として、武器を持たない農民たちも山頂から大石を転がしたり、大木を投げたり、食料の提供をするなど、長州藩軍を支援したことがあげられる。軍民一体となったこの戦いは、松山藩軍を安下庄から撤退させ、大島奪還への
第一歩となった。
ここから県道大島橘線を約一キロメートル行き、さらに山道を徒歩で約一キロメートル登った
源明山の山頂には、「四境の役大島口戦跡碑」が
建っている。その先をさらに約三百メートル降ると古戦場である旧源明峠がある。

平成二十八年六月
四境の役150周年記念事業実行委員会
林道に入ると虫がぶんぶん
少し登ると木々の間から既にナイスビュー🤗︎👍🏻 ̖́-
ほんと、島山🏝️最高❣️
寄付したかいがありました🤣
そうか桜の木になったのかー
気持ちいい〜
笛吹峠-源明峠-源明山-嘉納山-文珠山-文珠山登山口 縦走コースの写真
黄色が山口県を主張します
笛吹峠-源明峠-源明山-嘉納山-文珠山-文珠山登山口 縦走コースの写真
向こうから来た
源明山🏔️624.7m

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笛吹峠-源明峠-源明山-嘉納山-文珠山-文珠山登山口 縦走コース

  • 山口

コース定数

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ふつう

15

  • 03:56
  • 6.5km
  • 644m
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活動概要

タイム
03:56
距離
6.5km
のぼり
644m
くだり
601m

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チェックポイント

1日目

タイム
3時間56
休憩時間
0
合計時間
3時間56
30
笛吹峠
16

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