モデルコース
横津岳-横津岳神社 往復コース
- 01:44
- 4.7km
- 205m
横津岳は、函館市に位置する北海道の名峰で、アスファルトの舗装路を利用したアクセスが可能なため、初心者や家族連れにも優しい登山コースです。登山口までの道のりは、荒れた部分もありますが、景色を楽しみながらの道中は、函館山や駒ヶ岳の美しい眺望が広がります。 登山者たちの体験談からは、特に風が心地よく、涼しさを求めるには最適な場所であることが伺えます。山頂では、航空監視用のレーダーがあり、周囲の360度のパノラマビューが楽しめます。晴れた日には、函館市街や羊蹄山の裾野まで見渡せる絶景が広がり、訪れる価値があるスポットです。 ただし、登山中には「熊出没注意」の看板があるため、注意が必要です。特に、強風の日には安全第一で行動することが求められます。登山道は整備されているものの、足元には注意が必要で、特に雨の後は滑りやすくなることがあります。 季節ごとの魅力もあり、春にはチシマザクラが咲き、夏は涼しい風が心地よく、秋には紅葉が楽しめます。冬は雪上車を利用してのアクセスが可能で、特別な体験が待っています。 周辺には温泉や地元のグルメも豊富で、登山後には温泉で疲れを癒したり、地元の美味しい料理を楽しむことができます。特に、道の駅での新鮮な地元産の果物や食材は、登山の楽しみをさらに引き立ててくれるでしょう。 横津岳は、初心者から健脚者まで幅広いレベルの登山者に適しており、特に家族連れや友人同士での訪問におすすめです。登山の達成感と自然の美しさを同時に味わえる、素晴らしいコースです。

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コースマップ
活動概要
- タイム
- 01:44
- 距離
- 4.7km
- のぼり
- 205m
- くだり
- 205m
標高グラフ
チャート
チェックポイント
1日目
このコースで通過する山
「横津岳-横津岳神社 往復コース」を通る活動日記
すべて見る- もらった絵文字147写真27枚01:585.9 km240 m
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- もらった絵文字48写真6枚01:284.8 km206 m
- もらった絵文字86写真5枚01:054.7 km202 m
横津岳
横津岳・袴腰岳(袴腰山)(北海道)2026年7月25日 (土)日帰り横津岳にいってきました。 大平山に向かったが濃霧過ぎて翌日に持ち越し。 峠で引き返して横津岳に向かう。 山頂にはレーダーがあるため悪路は想定していなかったが、なかなかの荒れ具合。 職員さんが毎日通行しているようなので気を付けて進めば問題なし🚙 途中からはきれいな舗装道路が山頂まで続く。 晴れていれば眺望がすばらしいのだろうが、残念ながらガスで何も見えず😕 袴腰岳までいきたかったが、睡眠不足と体調不良で諦めて横津岳までとした。 この体調で大平山に挑まなくてよかった😣 黒松内まで戻り、ゆっくり温泉に入って早々に就寝。翌日に備える🛌
もらった絵文字5写真0枚01:246.3 km370 mチャリ遊び-2026-07-23
2026年7月23日 (木)日帰り久しぶり投稿 2026.7.23 横津岳。 友達が行ってみたいのとの事で、 登山ゲートまで、車で🚗 ゲートからピークまではチャリ🚵♀️ 写真何も撮ってねぇや
- もらった絵文字5写真5枚01:287.5 km269 m
もらった絵文字3写真0枚01:074.7 km205 m- もらった絵文字6写真13枚01:436.1 km255 m
- もらった絵文字18写真19枚01:164.9 km209 m
- もらった絵文字145写真9枚01:214.8 km203 m
アテンド3座目 横津岳の歴史
横津岳・袴腰岳(袴腰山)(北海道)2026年5月21日 (木)日帰り室蘭からのゲストさんリーさんアテンドのラストは横津岳です✨ ※説明文長いので興味のない方はスルーして下さい。 標高1167mの横津岳、今では950m付近まで車で行け、その先は山頂まで舗装された道で登山と言うよりハイキング!その横津岳でもっとも象徴的なのは、山頂にあるドーム形をした「航空路監視レーダー」です。 これは1971年(昭和46年)7月に横津岳で起きたばんだい号墜落事故(東亜国内航空のYS-11型機)をきっかけに、航空交通安全の緊急対策として国が整備を進め、1977年(昭和52年)12月に設置・運用が開始されました。半径約460km以内の広範囲を飛ぶ飛行機の位置を捕捉し、今も空の安全を守り続けています。 1977年に航空路監視レーダーが完成し、山頂まで立派な管理用舗装道路が通る前、横津岳は**「函館市民や道南の登山者にとっての、圧倒的なホームマウンテン(入門・遠足の山)」**でした。 車もレーダーもない時代、人々がどのようにこの山と関わっていたのか、当時の登山道と今はなき伝説の山小屋の歴史を紐解きます。 1. 夜を徹して歩いた「3つのクラシックルート」 今では車で中腹のスキー場やレーダー基地付近まで行けますが、かつては麓から自分の足で登るしかありませんでした。主に3つの登山道(アプローチ)が親しまれていました。 大中山(おおなかやま)コース: JR大中山駅側から登るルート。現在のスキー場やレーダー道路ができる前のメインルートでした。 赤川(あかがわ)・白沼(しらぬま)コース: 函館市内の赤川(中野ダム側)から入り、白沼鉱山跡を経由して隣の袴腰岳(はかまごしだけ)を縦走して横津岳に至るルート。学校の遠足などでもよく使われました。 七飯石切り場コース: 七飯の石切り場を経由する「七曲がり」と呼ばれる急坂のあるルート。 当時の定番スタイル:「夜間登山」 1970年代頃までの函館の若者や登山客の間では、**「土曜日の夜に麓を出発し、懐中電灯で足元を照らしながら行列を作って夜通し登る」**というスタイルが一大ブームでした。目指す場所は、中腹にあった山小屋です。 2. 伝説の山小屋「横岳荘(おうがくそう)」 かつて横津岳の中腹には、登山者なら誰もが知る**「横岳荘」**という木造の山小屋がありました。 登山者のオアシス: 夜間登山で夜通し歩いてきた人たちは、深夜や未明にこの横岳荘にたどり着き、ここで仮眠をとったり休憩したりしました。そして翌朝、ここから山頂を目指し、最高の御来光や景色を楽しんだのです。 レーダー建設とともに消滅: 横岳荘は函館市民の山岳文化の象徴でしたが、1970年代後半のレーダー建設、道路の舗装化、そしてスキー場の開発(その後の雲流スキー場や横津岳国際スキー場)といった時代の変化の中で、役割を終えて取り壊されてしまいました。 3. レーダーと道路が変えた山の姿 1971年のばんだい号墜落事故を受けて、国がレーダー建設のために山頂までの「アンテナ工事用道路」を完全舗装して整備しました。 これが、横津岳の歴史の大きな転換点となります。 登山の対象から外れていく皮肉: 山頂まで車で行けるようになったことで、それまで苦労して歩いていた大中山コースなどの登山道は舗装道路に分断されたり、藪(ささ)に覆われたりして、次第に「歩いて登る山」としては忘れ去られていきました。 自然への影響: 道路ができたことで山頂付近のアクセスは劇的に良くなりましたが、それと引き換えに山頂の湿地帯が乾燥化し、かつて群生していたワタスゲなどの貴重な高山植物・湿地性植物がめっきり減ってしまったという悲しい側面もあります。 最後までお読み下さりありがとうございました。