03:07
10.8 km
1129 m
22回目の足立山。長崎原爆の日に久女を偲んで。
足立山・戸ノ上山 (福岡)
2026年08月09日(日) 日帰り
トレーニングで足立山へ。旧日本軍の軍事施設「高倉堡塁跡」に初めて足を運んだ。北九州は日本軍の重要な拠点だった。9日は長崎に原爆が落とされた日。米軍の第一目標は小倉だったと聞く。曇りまたはたかれた煙幕によって視界不良となり、爆撃機から地上がよく見えなかったらしい。そのため第二目標の長崎に原爆が落とされたと聞く。長崎は小倉の代わりに大変な目に遭ったといえる。小倉に原爆がもし落とされていれば、当時小倉に住んでいた天才俳人・杉田久女も亡くなっていたかもしれない。娘の石昌子さんも。久女の作品も焼けて、紛失したかもしれない。空襲のとき、久女は自分の作品を大事に持って避難した。久女は終戦の翌年1月21日、腎臓病が悪化して、太宰府の保養院で亡くなった。久女は師の高浜虚子との確執などがあり、生前に自分の句集を出すことができなかった。久女は娘の石昌子さんに「死んだ後でもいいから必ず句集を出して」という遺言を残した。昌子さんは戦後、高浜虚子らに頭を下げて母の句集をこの世に出した。久女が亡くなった1月21日は毎年追悼式が開かれている。