曇天の桜島に見送られて「大箆柄岳(高隈山)」
高隈山・大箆柄岳・御岳
(鹿児島)
2025.11.24(月)
日帰り
どんよりとした曇り空の下、私は大隅半島へと車を走らせていました。目指すは高隈山地(たかくまさんち)の最高峰、大箆柄岳(おおのがらだけ・1,236m)。
車窓の左手には、いつもより少し不機嫌そうな桜島。その噴煙に見送られるようにして、垂桜(たるざくら)コースの登山口駐車場へ到着しました。
案内図を一瞥し、靴紐をギュッと結び直す。「よし、今日は大隅の盟主と力比べだ」。
静かな決意と共に、登山口へと足を踏み入れました。
落ち葉の絨毯と、始まりの合図
歩き出しは、騙されたかのように穏やかでした。
カサッ、カサッ。
降り積もった落ち葉が、歩くたびに乾いた音を立てます。湿り気を帯びた腐葉土の甘い香りが鼻腔をくすぐり、森の深さを五感で感じるひととき。
しかし、そんな「ハイキング気分」は長くは続きません。
突如として目の前に現れたのは、地面を這う巨大な血管のような木の根、そしてぶら下がるロープ。
「ここからが本番ですよ」と山が笑っているようです。
『アスレチック会場へようこそ』という山の声が聞こえた気がした。まだ序盤なのに、ふくらはぎが早くも悲鳴の予行演習を始めている。
絶景と断崖のデッドヒート
ロープ場を抜けると、ふいに視界が開けました。
しかし、そこは優雅な展望台ではありません。横を見ればスパッと切れ落ちた崖。
「おおっ…」
思わず声が漏れます。木々の隙間から覗く下界の景色は美しいものの、一歩足を踏み外せばその景色の一部になってしまいそうなスリル。
ここからは、まさに「登る」というより「這い上がる」時間。
急登につぐ急登。ロープの数が増えていきます。
泥にまみれたロープを握りしめ、三点支持で慎重に体を持ち上げる私。心拍数は上がりっぱなしです。
「このロープを設置してくれた人、きっとドSに違いない」
そんな独り言を脳内でつぶやきながら、ひたすら目の前の土壁と向き合います。
9合目の希望と、頂のパノラマ
「あと少し…あと少し…」
あまりにも
この看板ほど、登山者を勇気づける言葉の羅列はこの世にないでしょう。
急に足が軽くなる現金な自分に苦笑いしつつ、最後のビクトリーロードへ。
道が穏やかになり、空が近くなります。
そして、到着しました。大箆柄岳、山頂!
曇り空ではありましたが、そこには報われない努力などありませんでした。
眼下には、薩摩半島へと続く海。
そして視線の先には、端正な姿の開聞岳(薩摩富士)と、荒々しい桜島の姿。
鹿児島の二大スターが、苦労して登ってきた私を静かに出迎えてくれました。
「矢の軸」のてっぺんに立ち、風に吹かれるこの瞬間。
全身の汗が冷えていく感覚さえも、心地よい達成感に変わっていきます。
曇天が生んだ水墨画のような絶景。ここまで這い上がってきた自分を、今日だけは褒めてあげようと思う。
大隅の山は、甘くないから面白い
まさに「冒険」を凝縮したような山でした。
もしあなたが、「ただ歩くだけの山行では物足りない」と感じているなら、ぜひこの大箆柄岳へ。
ただし、翌日の筋肉痛と、泥だらけのウェアのお土産は覚悟してくださいね。