雪の見張山で敗退
比良山地・武奈ヶ岳・釈迦岳
(滋賀, 京都)
2026年01月20日(火)
日帰り
リトル比良にはしばらく行っていないのと鳥越峰の東側はほんとに久しぶりなので、日吉神社から登ってみようと思って出かけた。生憎と雨や雪の情報の中でのハイクであったが、湖西線の新快速が強風を理由に運休とのことで、大津京駅で次の各駅を待って30分遅れで高島駅に到着だ。
無人になった高島駅で準備をして外へ出たら雨が降っているので、ザックカバーや雨除け上着などを準備した。日吉神社の中を通ってススキなどの茂った細い溝道を行くと、『打下城址→』の看板があって、植林風の樹林帯に入る。獣害防止柵を越えて緩傾斜帯を進むと雨は霙か雪になって来た。すると前方に大きなコンクリート製のダム状が見えた。かなりな大きさで、建設には資材も人足も大変だったろうな?と思われるのに、何処にも林道らしきものが無い?使わない林道は埋もれてしまったのかもしれない。堰堤の上に来てみるとダム湖の水は無く流れ来た水はそのまま下流へパスの用だ。何のためのダムなのか?と思えるが、建設時の予想と現在の谷の様子が変化したものなのかもしれない。
この頃から、木々の葉に着いた雪が真っ白で綺麗に見えだした。それよりも、付着雪がかたまってワッと落下したり、葉や枝を横に分けると雪が身体に降ってきたりするのには閉口した。自然林になって、疎らな針葉樹なので降る雪は身体に纏わり着いて来る。傾斜が急の斜面を登ると稜線で、打下城址と見張山の分岐に出た。此処を左折して城址へ進む。踏み跡は降雪で殆ど見えなくなってきたが僅かな踏み跡らしき場所を辿ると最後の登りは急傾斜で何とか滑りながら登ると城址で、主郭、土塁、虎口などの標識があるが、打下城址の標識は見つからなかった。2回ほど来ているが、標識はあった記憶が残っているのだが。遠い昔のことだ。
分岐迄戻って、見張山を目指してGPSを確認しながら進むが、積雪が増えて来て足元が判らないほどの上に、周囲の木々や草が覆いかぶさっていてその上の雪でコースが見えにくい。雪のために滑りながら傾斜がある道の歩きはシンドイ。何かの分岐で右へ進むと道が怪しい。GPSの軌跡を確認すると少し北にずれている。左の緩い斜面は灌木が疎らなので、そこを無理に進むと軌跡に近づくので更に進むと明確な踏み跡に合流で来た。先ほどの分岐を左に進めばよかったものを、何故か右に進んでしまったのが間違いだったのだ。間違いに気づいた場所で元に戻ればいいものを、日頃の行動パターンで「無理なショートカット道歩きは、そろそろ止めないといけない」と自らに言い聞かせながらであった。もう歳なのだからと、別の自分がもう一人に行っている。
周囲の木々が狭く覆いかぶさってきている情況で積雪と降雪に真っ白になりながら、ラッセルではなく、木の枝と葉をかき分けてゆくのは辛いものがある。コースは軌跡を確認すると見張山はもうすぐだと判ったので、そのまま前進を繰り返すと突然標識が現れて、山頂に到着だ。
降雪は継続している上に風が強く大きな木々は揺れ動き、風音が物凄い。もう正午なのでランチをと考えるが、ここでは出来ないのでどうするかの判断だ。この先のコースも積雪で迷い状態になる可能性が高いし、天候もしばらく良くなる可能性もないので、先に行くことは諦めてここで撤退することにして、少し戻った風のないやや平坦地でランチとした。
相変わらず上空は風が強そうだが、ここランチ場では木の枝の下で降雪もなく、風も殆ど感じられないので、ゆっくりと暖かい飲みものと食べ物で身体を温めた。そうは言っても長居は寒くなって来るので、何時もより早めに腰を上げて先ほどの分岐迄戻るのだが、コースの確認が中々難しい。木々の雪が来た時よりも多くなっているので、ここかいな?と首をかしげながら進んで、記憶にある木の枝を見たことで安心したりしながらであった。打下城跡と見張山の分岐の標識まで来て、あー良かったと思うありさまだ。
後は比較的傾斜のある九十九折れ風の斜面を下れば谷のトラバースなので、道の心配は谷への落下しないようにすればいいだけなので安心だ。登って来た時とは木の枝や葉に付着した雪の量は大きく異なるので、周囲は真っ白な雰囲気だ。それでもダムまでくると積雪はかなり少なくなって、登りと殆ど同じ様に見えていた。獣害防止柵を過ぎれば日吉神社である。
ここまで下って来ると、殆ど雪は降り終りのようであるが、空はまだまだ真っ暗だ。駅に着くと電車は出た後で、しかも湖西線の新快速は全て各駅停車に変更して運行とのことだ。湖西線の不通でないことが判って、安心したものの、風で途中停車などなければいいが、などと思いながら長い電車待ち時間であった。降雪によって道探しなど厄介なハイクとなってしまって、当初の半分も歩かない見張山での退却ハイクとなってしまった。
”永”、”竹”、”兵”