兄弟(おとどい)山城・北兄弟山城から鋤尖山を散策
10/18(日)室町時代から戦国時代にかけて、周防国・長門国(山口県)などを本拠に、西日本で大きな勢力を誇った守護大名の大内氏、最後の当主である大内義長が鴻ノ峰山頂に築城した高嶺城の支城であると伝わっている、兄弟山城・北兄弟山城(岩戸山)を散策にいきました。 木戸神社に駐車して、木戸公園へ向かい兄弟山の弟山の手前の山道で稜線へ抜けました。 階段を直線的に登って行きましたが、けっこうきつい急登を標高100m登りました。 兄弟山(弟山)手前の展望スペースから山口の街並み(障子ヶ岳(城址)、姫山(城址)が見えますが、このルートで眺望が楽しめたのはここだけかな・・・。 山頂手前から曲輪らしき平らな部分がいくつもありました。 兄弟山(弟山)から急な階段道を下り鞍部へ到着、兄山への登りも急斜面で階段道ではありますが段差も大きく鍛えてくれますね。山頂手前には平らなスペースがあり曲輪らしきものが確認できました。 山頂には大内氏の家紋『大内菱』が扉に掘られた石祠がありました。 兄弟山(兄山)からも急な階段道を下り鞍部へ到着、この先が少なだらかになっており北兄弟城の「下の城」のようです。下の城の終端部分からは急な登りが始まります。 標高250mからは傾斜が40度を超えてるんじゃないかくらいの予想外の急斜面で、足元の落ち葉交じりの土も柔らかくどこか掴んで立っているのがやっと、ロープもほぼ無く登るときは木か根っことか何かを掴んで全身で登らないとのぼれないくらいの急登でした。 登りきると北兄弟城があった岩戸山の山頂です。山頂は眺望は無く、おそらく曲輪の跡で平たくなっていました。 縦走路を進みながら緩やかに登っていくと『鋤尖山(すきざきやま)』へ到着です。 山頂に三角点がありますが、ここも眺望はないです。 早めの昼食をとりエネルギー補給をして谷筋に下る別ルートで下山しました。 山道が細く急斜面を注意しながらくだり、谷筋まで下りてくると林道にでてきます。 林道をショートカットする山道を下るところで、獣の爪(熊かな?)で引っ掻いた箇所がある杉の木が周囲に何本もあり嫌な感じがするので、足早に登山口のある舗装路に向かいました。 木戸公園を歩き神社まで戻り、参拝をしてから帰宅しました。






