篠山城下をぐるり旅。
御嶽(三嶽)・小金ヶ嶽・西ヶ嶽
(兵庫, 京都)
2026年03月21日(土)
日帰り
今日はカメラを持って篠山城下をブラブラするつもりで車を駐車場に停めました。
カッターシャツに綿パン。靴は仕事に使う安物の革靴モドキ。
でもちょっとYAMAPの地図を開くと 小山が幾つかある事に気付きました。
普段は雨具にコンパス。ココヘリに行動食。救急箱にモバイルバッテリーとヘッドランプを2つ。それに熊鈴とスプレーと伸ばすと1メートルの警防と火薬の玩具鉄砲は必ず携行して山へ入りますが 今日は町内のコンビニに行く程度の軽装にカメラバックを担ぐ装で無理しない程度にダメなら引き返すつもりで山行に変更しました。
靴がいけません。メチャ滑ります。
登山靴の凄さを知りました。
でも登り始めたら ついつい登ってしまい ました。
各所にある石碑…
伊能忠敬さんが数人を連れて 日本地図を作る旅に出られた事は知っていましたが、各所で人足を雇っていた事を石碑で知りました。篠山の測量では実に130人以上の人足を雇ったようです。
今の時代で考えれば、1日の人件費と諸経費で300万円。
後に幕府から費用援助はありましたが、今の貨幣価値で数十億円の私財投入説もあるようです。
江戸城大広間で測量地図を繋ぎ合わせたら 繋ぎ目が合わなかったそうですが、それは地球が球体である事が理由であり 極めて精巧な地図であったそうです。
大英帝国海軍も 日本地図を幕府から受け取りあまりの出来映えに驚愕して日本近海の海図測量を諦めたそうですね。
GPSの無い時代にすばらすい。