05:30
17.4 km
941 m
三木合戦 淡河城と丹生山城周回
丹生山・帝釈山・シビレ山 (兵庫)
2026年04月19日(日) 日帰り
別所氏の三木城と荒木氏の花隈城を結ぶ補給路、淡河城と丹生山城へ。淡河城をスタートして、シビレ山へ。鎖場ありの痩せ尾根&滑りやすい足元で厳しい道。所々、不明瞭。シビレ山まで出てしまえば、整備もされていて、危険な場所は無し。丹生山、帝釈山を経由して淡河へ戻る。 淡河城は、領主になり淡河氏を称した佐介流北条時治(北条時房の孫)が築城。北は吉川(よかわ)から美嚢川沿いに西へ進むと三木城に。途中の渡瀬氏・衣笠氏はともに別所氏に加担も落城。さらに、秀吉本陣の平井山付城で封鎖。西は淡河川・志染川沿いで三木城へ。こちらは織田方有馬氏の満田(三津田、三田)城の足元を通る。南の丹生山城・東下城が別所加担なので時代が違うか。南は丹生山城。 丹生山城は、山岳寺院で別所方に加担。南はそのまま、神戸の福原へ繫がる。少なくとも奈良時代には丹生神社があり、福原京の鎮護として、平清盛が復興した丹生山明要寺は西の比叡とも呼ばれた。南北朝では、新田氏の金谷経氏が丹生山城で蜂起。
