七宗権現記4・水晶の峰 2026-07-21
わたしはその水晶の峰に登ったことがある。 頂上には大きなアンテナ群が聳え、その傍らでヒノキの若木がすくすく育っていた。 わたしは、遥か先の白き御嶽を視界の隅に捉えながら、ぼんやり珈琲を啜った。 この水晶山(岐阜県七宗町/白川町)は七宗権現の中にあって、登頂が容易い唯一の峰である。舗装された管理車道が頂上まで続いているので、通行さえ許可されれば、山頂まで車ですら行ける。 あれから何年経っただろう。 そのようなお山に、七宗権現の神は坐すのか。わたしは再びその頂を目指した。 ◇車道を往くと誰が決めた 室洞峠は地形の境ではあるが、隣接する七宗町と下呂市(旧金山町)の町界ではない。町界と地形界が一致していないのは、実に落ち着かない。加えて谷線の入り込みようも、浄蓮寺峠に劣らず何とも据わりが悪い。 車道は、淡々と頂上へと伸びている。近くで高らかにチェーソーが鳴り響き、噎せ返るようなガソリンの匂いが漂ってくる。車道を歩くと誰が決めた。早々に車道歩きをやめ、浄蓮寺峠から続く尾根線に上がれば、これだけ開けた場所にも、一歩一歩進む祈りの道が息づいている。それを着々と今に伝える国有林界の標柱。それは正しく近代国家の礎となった境界でありながら、どこか山の祈りに寄り添う存在。人工と自然のあわいに立つ澪標である。 効率だけを求めているようで、この山域にはもっと始原的な境界線が絡みあっている。 ◇次世代の森 ヒノキの林を抜け頂に飛び出すと、かつてはひしめき合っていたアンテナ群が少し整理され、広大な跡地には、広葉樹の苗木が植えられていた。 うだるような昼下がり、その広葉樹の若木を睥睨するように、アンテナの生き残りが屹立する。建物跡地の盛り土の問題もある。シカの問題もある。その足枷がある限り、この若木が、すくすく育つわけにはいかない。 敷地と、いつの間にか大きく育ったヒノキの林との境に三角点が佇む。 水晶の名を背負うこの山もまた、他の水晶山と同じように、地質境界で鉱物と水とがゆっくりと交わり、時の層を透かす結晶を育んだ賜物であろう。 その周りに権現の痕跡を探すも、コーラの空き瓶がひとつ転がるのみ。 他の峰よりも丸みを帯びた山頂からは、便利な生活の象徴と引き換えに、信仰はとうの昔に消え失せたようにみえた。 大地に突然放り込まれた人工物は、いつだって世の秩序を乱す。それは、カラハリ砂漠の乾いた大地も、日本の湿った大地も変わらない。 次世代の森を辞す。 ここが森に戻る頃、わたしは再びこの地に立つことができるだろうか。 ◇祈りの気配が残る峰へ 次なる七宗権現の一、金嶽(釜ヶ岳)の入口に立つと、空気の層がわずかに湿り気を帯びた。 この峰だけが、夏の重さを抱え込んでいる。沈殿した湿りが、わたしの胸奥にまで入り込む。その気配が、山頂を目指すわたしの歩みをわずかに押し戻す。 これはわたしの意志ではなく、山の意志である。 わたしは境界の手前で立ち止まり、踵を返してこの地を後にした。 (追伸) この記録は、noteにもまとめてあります(8/3公開予定)。 https://note.com/geogeist/n/n71bb876022e8/ (登山記録) アクセス・登山道:道の駅・ロックガーデンひちそうから国道41号線を北進、七宗町市街から七宗遊園方向へ30分程度。狭隘であるが全舗装。駐車場はないので国有林ゲート前の邪魔にならない路肩に車を停める。トイレなし。携帯電波は頂上付近を除き不通または不安定。整備された登山道はない。 形態:室洞峠の国有林ゲートを起点に往復、ソロ登山、約1時間50分(休憩30分) 天候:晴れ 水分:1.8L携行→1.2L消費 行動食:おにぎり2個、生なごやん ウェア:長袖Tシャツ、Tシャツ(計2枚) 行程:室洞峠(10:50~11:05)―水晶山(11:53~12:23)―室洞峠(12:53~13:00) (メモ) 動物:ウグイスsg、エナガ、シジュウカラsg、メジロ、ヒヨドリ、ソウシチョウsg 植生:ヒノキ、スギ人工林 植物:ヒノキ(植栽)、スギ(植栽)、コウヤマキ、モミ、ツガ、アカマツ、ヒメコマツ、スラッシュマツ(植栽)、アカシデ、ヤマハンノキ(植栽)、コバノヤマハンノキ(植栽)、コナラ、アラカシ、クリ(植栽)、タムシバ、ウラジロノキ、エドヒガン(植栽)、キリ、ヤブムラサキ、サワフタギ、ヒメコウゾ(実)、ヌルデ、イヌツゲ、アカメガシワ(実)、シキミ、カラスザンショウ、ウリハダカエデ、シロモジ、クロモジ、カナクギノキ、ソヨゴ、ノリウツギ(花)、コシアブラ、アセビ、ヒカゲツツジ、ネジキ、ウラジロヨウラク、ウラジロ、コシダ、ネジバナ(花) 地質:チャート、一部砂岩






