南宮山・象鼻山(岐阜)
2026年10月10日 (土)日帰り
3年前に松尾山と共に登ろうとしてクマ出没による入山禁止で断念のリベンジと、先日の関ヶ原友人ツアーの続き的に南宮山に狙いを定めました。昔、NHK真田太平記で村井国夫演じる大谷刑部が「南宮山と松尾山が、鍵じゃ...」と壺谷又五郎に語るセリフを思い出します。
南宮大社脇のハイキングコース用無料駐車場に車を停め、南宮大社を通過してハイキングコース入口を探します。南宮大社は関ヶ原合戦で全焼の後、江戸時代初期に徳川家光により再興されたことも後で調べて知りました。途中、聖武天皇が大仏建立の成就を金属の神様である金山彦大神(かなやまひこのおおかみ)が祀られる南宮大社に行幸・祈願の碑があったりして、南宮大社の歴史が古いことがわかります。ハイキングコースへは案内板が色々とかかっていてわかりやすく、百連鳥居などを経てハイキングコース入口たる安国寺恵瓊陣所跡に到着しました。
野生動物避けの柵に入り登ります。だんだん傾斜がキツくなり、最近全くサボって登っていないこともあり身に応えます。道中にはハイキングコースのエンドたる展望台までの道のりの10分割のどこにいるのかの表示や、1合2合という道中表示があります。だいぶ傾斜がきついな...とYAMAPアプリの表示を見ようとしたら、ガーン。南宮大社入口で活動記録を開始したつもりが操作ミスでできていませんでした。途中から活動記録を開始して登ります。
途中、多くあったであろう僧坊跡やお社の解説看板、一ツ松の旧跡などを見ながら登ります。ハイキングコースだけあってとても良く整備されていて登りやすいです。ハイキングコースのゴールたる展望台付近には毛利秀元の陣城跡が松尾山山頂同様によく残っていました。展望台という割には眼下の木々が伸びてきていてあんまり眺望はよくありません。各武将の陣所跡にある立派な看板の毛利秀元陣所跡のものも撮影しました。
ここからはハイキングコースを外れて南宮山山頂、さらに進んで朝倉山を経由して下山・帰ることにして進みます。...ハイキングコースから外れると急に踏み跡が薄くなり、さらにトチノキが多くてその落葉がたくさんあって道がわかりずらくなります。GPSで方角を確認しながら進むとほどなく南宮山山頂へ。山頂には二等三角点がありますが、ネットでの事前情報どおり眺望は全くナシでした。
さらに尾根道をしばらく行くことになりますが、南宮山山頂からはさらに踏み跡が薄くなり、人気もないのでなんだかクマが出てきそう、自分の鳴らすクマ鈴の音で耳が痛くなるぐらいにジャラジャラ鳴らしながら進みます。朝倉山への分岐からは急下降でストックが役立ちました。途中地図に迷いやすいと表示のある辺りは、道なりに進むと間違った方向へ行きやすいので注意が必要です。
朝倉山山頂はダラッとしたピーク感のない山頂で、表示がありますがこれも眺望なしです。さらに道なりに進むと砂防ダム付近に出ますがこのあたりが立入禁止区間になっていることは下山してから知りました。立入禁止表示等はなかった(もしくは、まったく気づかず)です。野生動物避けの柵づたいに進んで出口を探すと、朝倉山真禅院脇の扉から一般道路にでました。
ちょうどそこが偶然にも行こうと思っていた吉川広家陣所跡で、南宮山展望台の毛利秀元陣所跡同様の立派な看板を撮影・満足しました。そこから歩いてハイキングコース駐車場へ到着、南宮山登山を終了しました。
汗をかいて濡れた服を着替えて南宮大社の境内を一通り見てから車で移動して長宗我部盛親陣所跡を目指します。陣所跡の看板は小さく分かりづらいですが、県道215号養老垂井線脇にある看板を見つけ、その付近に車を停めて見に行くことにしました。看板には長宗我部盛親本陣跡まで3分とありますが、ウソです。信じてはいけません。結果的に3分どころか30分以上かかって栗原山に登ることになってしまい、飲水も持ってきていなかったので途中で引き返しました。
「ちゃんとした看板でも、むやみに信じちゃいかんぜよ~!」(看板は普通信じますわな)。
皆様、お気をつけあれ...。