春を告げる「幻の花」に会いに。場所は秘密のミスミソウ巡礼
岩石山(岩石城)
(福岡)
2026年03月15日(日)
日帰り
春の訪れとともに、どうしても会いたくなる花があります。
深く、静かな森のどこかに咲く「ミスミソウ」です。
九州では滅多に見られません。
1. 秘密の場所に咲く、小さき命
ミスミソウは、環境省のレッドリストにも名を連ねる絶滅危惧種。
残念ながら、心ない採取や環境の変化によって、その数は年々減っています。
そのため、この記事では具体的なルートや座標を明かすことはできません。
「教えたいけれど、教えられない」
それは、この可憐な花が来年も、再来年も、この場所で笑っていられるための、私なりの祈りでもあります。
2. 落ち葉を突き抜けて
厳しい冬を耐え抜き、凍てつく土の中から顔を出すその姿は、まさに「雪割草」の名にふさわしい強さを持っていました。
透き通るような白、時には淡いピンク。
幾何学的な美しさを持つ三葉。
木漏れ日に照らされた花びらの輝き。
GPSを頼りに探すのではなく、五感を研ぎ澄ませて森を歩く。
ようやく見つけたその一輪は、どんな有名な絶景よりも私の心を震わせてくれました。
3. 自然への「マナー」という贈り物
もし、あなたが英彦山のどこかでこの花に出会えたなら。
どうか、足元を乱さず、そっと写真に収めるだけにしてあげてください。
「どこに咲いていたの?」という野暮な質問は、山の神様の中に置いて帰る。
それが、この美しさを未来へ繋ぐ、唯一のルールではないかと思うのです。
4. 痛みの先に見えたもの
実は、この一ヶ月間、ひどい腰痛に悩まされてきました。
一歩踏み出すごとに響く鈍い痛み。
「もう、国体(国スポ)の選手生命もここまでか…。」
そんな絶望に近い予感を抱えながら、半ば縋るような気持ちでミスミソウを探しに向かいました。どうしても、あのミスミソウにだけは会っておきたかった。
5. 潔い幕引き、あるいは静かな休息
ようやく出会えたミスミソウを写真に収めると、私は余韻に浸ることなく、すぐに下山を開始しました。
かつての自分なら、もっと高くへと進んでいたはず。
けれど、今の私にはこの「一瞬の邂逅」だけで十分でした。
無理をして壊れるのではなく、美しさを知ったまま退く。
それもまた、自然と向き合う者の「引き際」なのかもしれません。
あとがき
秘密があるからこそ、旅はより深く、思い出はより鮮やかになる。
山の懐に抱かれたミスミソウは、静かに、けれど力強く咲いていました。
帰宅して腰をさすりながら、思いました。あの小さき命が見せてくれた「耐えて咲く」という姿は、今の私の心に深く、静かに根を下ろしています。
またいつか、この痛みが癒えた頃に。
あるいは、歩き方を変えてでも。
この森のどこかで、また秘密の再会ができる日を願って。