03:13
8.7 km
687 m
草木萌動 北部北上山地の山 穴目ヶ岳
穴目ヶ岳 (岩手)
2026年03月02日(月) 日帰り
「そうもくめばえめばえいずる」 春なのに、奥多摩を出ることとなった。仕事ではもう戻る事はないのだろう。先日1日の朝4:50、715kmかけて戻って来た。 オヤジの墓参り、そしてオヤジの舎弟の墓参りを済ませた。涙が溢れ出た。ぼちぼち終いか、そんな言葉も墓前で出た。だけど、泣いたらもう一度やってやるか、と思えて来た。墓所のある高台からは階上岳が見えていた。 4:10、マイナス1.3℃。月ぬ美しゃ十日三日。十三夜の月が煌々と照らす夜明け前、奥岩泉へと向かった。 昔々、お殿様達が参勤交代、遠野国替えで使った「上り街道」、一里塚も残る国道340号線を走る。岩手県に入り、伝馬継所だった観音林、ここからは九戸方面へと。5時前の西の空、地平線に近くなった月は赤みを帯びている。 伊保内(九戸)、戸田に来ると東の空が明るくなってきた。葛巻町看板でマイナス3℃。大峠、サツ峠を越え久慈街道を右折、そして直ぐに左折。この辺りは「塩の道」とも呼ばれた牛方の出どころだ。南部牛方節の一節を借りれば、 江刈葛巻 牛方の出どこ いつも春出て 秋戻る コラサンサーエー (キャラホー、パァーパァーパ) ベゴよ進め進め、止まれ止まれ 江刈の集落を抜けるともうすぐ国境の峠だ。 牛よ辛かろう 今ひとしんぼう しんぼうする木に 花が咲く コラサンサーエー (キャラホー、パーパーパー) 国境とは、盛岡藩と八戸藩の国境(くにさかい)の事。牛方の歩いた時代から時は下り、西塔幸子の時代には 行きなづむ自動車通ふ国境に 秋の七種今さかりなり となる。丘にしか見えないような、なだらかな山々が広がり、この辺りは馬淵川の源流域で八戸市の水源地帯でもあるのだ。 国境峠の気温計はマイナス6℃。峠を下り、岩泉町へと入った。 小野新さんの砕石場をすぎ、中沢への青看板を左折する。大石沢に沿って道をたどり、6:20、隠里弁戝天の鳥居、大石沢清水の駐車場に到着(103km)。登山口はまだ先だが、林道は残雪があり、私の車では無理そうだった。 以前は、駐車場前の民家のワンちゃんが尻尾を振って鳴いてくれていたが、今はその姿が見えない。 6:40すぎ、大石沢清水からミソサザイが鳴く。林道を歩き始めると直ぐにカッチカチの硬い残雪路。T字路を左に折れるとさらに積雪量は増えた。 (手前に車を停めて良かった) 7:05、穴目ヶ岳登山口。トレッキングポールが一本、置き忘れか、はたまた…。残雪の切れ目に、蕗のとうが頭を出し、ぼちぼちクマもお目覚めか。 遠くでシカの呼び鳴きの声がした。すでにこちらを把握しているようだ。ずっと先をシカの群れが沢を渡り対岸の斜面を登って行く。立ち止まり眺めていたが、ふと右の斜面を眺めると、クリの木に昨年のクマ棚があるのに気が付いた。 (里へは降りるんじゃねぇぞ、ろくな事ねぇからな) いつも遅くまで残雪が残る場所も、吹き溜りの急な雪面となっていて、ブーツのエッジを効かせ、ゆっくり進んだ。 道は、逆Uの字を描く様に斜面を登って行く。平となり、7:55、採草場跡の「かぬか平」へと出た。奥多摩や奥秩父で呼ばれる「カヤト」と同じ、火入れをして大事にした場所なのだろう。 「馬頭観音」の石仏へ挨拶する。不動さまと思っていたが、頭の上と手の位置がどうも違って見える。やはり古書「かぬか平の山々」に書かれてある「牛馬塔」で良いのだと思う。 ヤマナシの木が点在する場所から、ピラミダルな穴目ヶ岳が雪を纏い、ダケカンバの冬木立に青空が手に届く高さで広がっている。 傾斜が出始めだ頃、数日前か、ひとり分の足跡が出始めた。露岩をすぎ、ダケカンバの冬木立の急登へ入った。南側は灌木で、所々展望が開け、海が輝き、峠ノ神、高峰、堺ノ神、害鷹森や北上山地秀峰の早池峰が眺められ、木立を透かして東の黒森山と折壁岳への黒森山牧野が眺められた。 ダケカンバの雪庇を越え、8:30、二等三角点のある穴目ヶ岳山頂へ立った。西側から上外川高原の三須子の残丘と末崎ノ頭と早坂高原の風車群、八幡平の峰々と岩手山が眺められ、早坂から御大堂山、阿部館山から青松葉山、サクドガ森や害鷹森、堺ノ神、高峰、峠ノ神と穏やかな北部北上山地の準平原が広がる。北側には木を透かして、蓬森、遠島山と天神森が北側の展望を遮り、言わばこの穴目と遠島山が北部北上山地の中心部の山となるのだろう。 下山は「かぬか平」から、標高点989mへと進んでみた。この季節、この堅雪でなければ、行く気も失せる様な場所だった。989mピーク手前で振り返り仰ぎ見る穴目ヶ岳が、この山に来て以来、一番秀でて見えたのだった。 標高点989mは、露岩もある、ちょっとした残丘だった。ピークから下り始めると、イノシシが荒らした場所もあり、クマばかりでは無く、イノシシやシカも相当な食害が拡がっている事に気が付いた。 作業道か重機道の切り開きに出た。その先、切り開きは尾根から外れていったが、尾根の先では東側に雪庇も残っている。 9:15、保護石もある、新しげな四等三角点に着いた。杭は倒れていたが、雪庇は相当なもんだった。 登山口へ下りる支尾根も考えたが、やはり北側の登山道への支尾根を選んだ。シカが逃げる音。作業道を二本ほどまたぎ、クマ棚を眺めながら登山道へ合流した。古いクマ棚、新しいのも含めクリの木が多かった。 登山口から林道を戻り、途中ショートカットして駐車場へ戻った。隠里弁財天の祀られてある社へ参り、その先にある大石沢清水に再来する。奥多摩にある、ワサビ畑の様な流れがそこにはあった。 10:00、駐車場到着。次の山「宇霊羅山」へ向けて走り出す。途中、小川にある「1001小川屋」さんにて、小川炭鉱ホルモンを購入した。ここは、岩泉の災害の際、何度も何度もダンプで車中泊し、お邪魔したお店だ。 牛よ辛かろう もうすぐ峠だ 峠越えれば 岩泉宿 コラサンサーエー (キャラホー、パァーパァーパァー) 小本街道は「塩の道」。江戸時代に繁栄した街道が今に残る。
