土崎の消滅の歴史を振り返りながら郷力山へ-2026-03-15
秋田市
(秋田)
2026年03月15日(日)
日帰り
昨日は権現山から帰ってすぐに母の車と自分の車を洗った。洗車後の拭き上げ中に、ホイールに何かがぶつかった痕を発見した。強度的に問題ないと思われるが、今まで体験してきたなかで特に酷い打痕だった。このような気づきもあるから、まめな洗車は欠かせない。
タイヤはまだ冬タイヤのまま。来週の3連休の行き先が確定するまでは、交換日を考えるつもりもなかった。長らく保留にしてきたが、今日になってそれらを確定できた。この後の予定や気温を考慮すると、2026年は4月4日(土)の交換が濃厚になっている。
ここ何年か、車の走行距離が2万kmを超えてきた。油断すると2万4千kmくらいは簡単に突破してしまう。1か月に2千kmの計算だ。そこで昨年から母の車を借りるようにしていて、さらに今年からは電車や船のみの旅も取り入れようと思っている。おかげで次の12か月点検の時点で、過去一年間の走行距離は1万8千kmを下回りそうだ。
2026年の3連休では、1月と2月をスルーしてきて、3月でようやく遠征を実現できそうだ。春分の日の来週は車を使わない旅とした。そのための切符を購入するべく土崎駅に来てみた。最寄りの駅ではないのだが、以前の住居が土崎にあった。高校生のときは土崎駅の近くにある販売所で新聞配達のアルバイトをしていた。
あのときに比べて随分と様変わりした。電信柱が消えて全国各地にある駅前っぽい雰囲気になっている。妹がアルバイトをしていた青柳菓子舗は閉店して久しく、代わりにというわけではないが駅前に菓子園 中野屋が進出してきている。ケンタッキー・フライド・チキンやモスバーガーが存在した時代もあった。和(やわらぎ)という店は稲庭うどんが名物だった。駅の横のセントラルスポーツクラブ・図書館・教会のあたりはあまり変わり映えがしない。
久しぶりに見たかった蒸気機関車D51 370号機や土崎神明社を撮影して回る。今日はEOS 7sも連れてきた。EOS 7sは今のフィルムを使いきったらシネスチール固定にしたくもある。それを実現するために、フィルム一眼レフがもう一台ほしいところ。さて、切符については何事もなく購入できたので、家に帰る前に山頂が消えてしまったという郷力山の様子を見ておく。
Trail Inn 秋田港というコンテナ型のホテルのすぐ南に、バス転回所と送電塔がある。かつてここには万sai堂の前身のマンガ倉庫があった。少し前に書いた記事でサウンドブラスターについて述べた。初めた購入したサウンドブラスターはSound Blaster 16で、確か1996年の買い物だったはず。まだマンガ倉庫などない時代の話で、この近くにあったパソコン関係の店で購入したはずだ。その店の名前をはっきりと思い出せなくてもやもやする。パソコンの館だったかOAシステムプラザだったか……。
それはさておき、バス転回所の送電塔から西に数えて、1つめと2つめの送電塔の中間やや南に郷力山はあった。一般的なアプローチは国道7号線側ではなく北側から。秋田緑ヶ丘病院や秋田市飯島 老人いこいの家の方向からとなる。車は迷惑にならないように適当に停めるべし。
少し前から秋田港アクセス道路というのが整備され始めている。秋田北ICの近くから、飯島神明社のすぐ南を通り、マクドナルドのすぐ北を通り、秋田製錬株式会社の南で港湾に接続する。線路・国道7号線・市街地を陸橋によって超えると聞いている。マクドナルドの南にもランプができるので、交通が分散して便利になるのだろう。しかし郷力山が犠牲になるとは予想外だった。様々な人の許可や理解は得られているのだろうか、また地鎮祭はしっかり行われたのだろうか。