アポ山(その他)
2026年5月3日 (日)3日間
フィリピン最高峰のアポ山があるミンダナオ島のダバオ市は、ドゥテルテ元大統領が6期にわたって市長を務めたこともあり、フィリピンで最も治安が良いと言われている。「暴力で平和は訪れない」とは言うものの、いまのダバオの繁栄をみると複雑な気持ちにさせられる。
さて、アポ山。地元では「フィリピン人の祖父」と呼ばれる休眠成層火山で、硫黄の噴気孔が多数あり、散在するカルデラ湖、フィリピンワシなど希少な動植物の生息地……、豊かな地形と生態系で人気のある山らしい。近隣国の最高峰だし、いつかは登ってみたいと思っていた。
主な登山ルートが5つあるが、いずれも日帰り困難で途中テント泊が必要となる。熱帯雨林のルート取り、テント場の設営、安全な水場の知識などを考えると、日本人としてはガイド(とポーター)を雇うのが現実的。
今回、お世話になったのは "Mt.Apo Adventures"。3ヶ月ぐらい前よりWhatsappで綿密に打ち合わせ、いつもの登山仲間(と次世代)で8人のツアーを組むことができた。質問にもきちんと答えてくれて、登る前から信頼できて良かった。
計画したのは、アポ山の東から若干の岩登りをしながら登頂し、南斜面を下山するという2泊3日のトレイル。東斜面と南斜面では地形と植生がまったく異なるので、時間はかかるが、あえて縦走することにした。
費用は、ガイド2人、ポーター3人、トレイル中の食事(6食)込みで1人12400ペソ(約32,000円)。食料とテントを運んでくれるのは、ほんとに助かる。日本国内の登山では、こんな贅沢は絶対にできない……。
仲間たちはダバオで集合。観光と散策しながら行動食の買い出し。翌日の朝6時半にホテルを出発して、登山口のバリング(標高 1141m)に午前10時に到着して登山開始。
麓の村を縫うように2時間ほど歩き、熱帯雨林へと入る。乾季ということもあってか、思ったほど蚊や虻はいなかった。ただ、日本では聞いたこともない「機械的な」虫の声に取り囲まれたり、ときおりサルが発する警戒の鳴き声……。
のんびり歩いて午後3時頃に初日のティニカラン・キャンプ(標高 2080m)に到着。ガイドとポーターが手分けして食事の準備をしてくれたが、これが驚くほど美味しいフィリピン料理。それが3日間ずっと続く。感謝しかない。なお、その夜は激しい雷雨だったが、とくにテントや所持品に被害なし。ぐっすり眠れた。
2日目、午前2時に起床。コーヒーとビスケットだけで済ませて、午前3時にヘッドライトを頼りに登山開始。大雨の後だったので心配したが、すぐに岩礫帯となったので泥まみれになることはなかった。
午前5時、完璧な日の出を眺めながら朝食。ところどころ噴気孔がある場所で、座ると岩が温かい。不思議な場所。それからひたすら登り続け、午前9時に登頂(標高 2954m)。体力、というか持久力が求められたが、とくに技術的に難しいところはなかった。
午前中は天気が良かったが、午後は熱帯らしいスコールに見舞われる。慎重に南斜面を下山して、午後2時、レイエス・キャンプ(標高 2340m)に到着した。ガイドによると、僕たちのペースはやや早いらしい。何を基準にするかによるが、日本人の登山感覚だとゆっくりすぎるぐらいで、そのあたりは国民性ということで……。
仕方ないので、キャンプサイト周辺を散歩したり、近くの小川で泥を落としたりで時間を潰す。午後6時、これまた素晴らしい夕食。甘いマンゴーまで出してくれた。ありがたい。やがて日が落ちて満天の星。南十字星。
午前5時に起床。ガイドたちがなかなか出発しないので、歩いて30分ほどのところにあるジョーダン湖を見に行く。道が荒れていて大変だったが、湖から振り返るアポ山の山容は素晴らしかった。ちなみに、湖は乾季でほぼ枯れていた。
午前7時、キャンプを出発。3時間ほど熱帯雨林を歩く。太平洋戦争末期、米軍の攻撃から逃れた日本軍(主に第35軍)が、飢えとマラリアに苦しみながら「最後」の籠城戦を行ったとされる地域。いまも多くの日本兵の遺骨が眠っているはず。平和な時代を生きることに感謝しながらのトレッキング。
山麓に住むバゴボ族の集落と農地を巡りながら標高を落としていく。このルートは観光地化されておらず、素朴な暮らしが感じられる。途中で世界最大級のフィリピン・ワシ(絶滅危惧種)を見ることができたのはラッキーだった。
午前11時、下山口となるシティオ・スター(標高1490m)に到着。ロイとブルテルは、僕たちを楽しませながら、最後まで安全に寄り添ってくれた。本当に良いガイドだった。ありがとう。天候に恵まれ、そして気心の知れた仲間たち、素晴らしいトレイルだった。
Mt.Apo Adventures
https://www.mtapoadventures.com/