春分 榛名山逍遥
榛名山・天狗山・天目山
(群馬)
2026年03月22日(日)
日帰り
春のお彼岸。昼と夜の長さがほぼ等しくなり、これから夏至に向けて、日一日と陽が長くなってゆく。
20日の春分の日はあいにくの曇り空だったが、翌21日は夜明け前から快晴となった。日は真東(此岸)から昇り、真西(彼岸)へと沈みゆく。
昔、お袋はこう言ったものだ。
「お盆よりも、お彼岸の方が大事なんだよ」と。お盆がご先祖様をお迎えする時であるならば、彼岸はご先祖様を敬い、そして何より「自分自身を見つめ直す」時なのだろう。
昨日(21日)は、仕事も半ドンで終わり、14:30佐野市を出発できた。16:15、「道の駅ふじみ」(63.2km)に到着。「見晴らしの湯」に浸かり、早々に晩酌する。
榛名山へと沈みゆく夕陽を眺め、彼岸を想う。までは良かったが、その後は記憶も薄れてしまった…。
4:05、星空の下、気温は−1℃。榛名湖へ向けて出発した。伊香保温泉街のファミリーマートにて、朝食とお土産を買う。温泉街をすぎ、九十九折りの道を山上へと車を走らせた。登り切ると真っ直ぐな下り坂が広がった。
メロディーラインが奏でる「静かな湖畔」を聴きながら、5:20、「榛名湖畔の宿」多機能トイレ駐車場へ到着(33.3km)。気温は−7℃の無風。
明けゆく東雲の空と榛名富士のシルエットが、鏡の様な湖面に映しだされ、実に静かな朝だった。
5:45、駐車場から歩き出す。1940年(昭和15年)にヒットした歌謡曲「湖畔の宿」の歌碑のある記念公園を抜け、ミズナラやカラマツの斜面を登ってゆく。一旦勾配も穏やかとなり、ササ原にクリやカエデ、ウダイカンバも見え始め、ヤドリギの多い樹林帯では、「キャ、キャ」とアカゲラが木を渡り、鳥達が朝を告げ、振り返れば、榛名富士の肩から御来光を迎えたのだった。
急な斜面となり、ロープ場もあるが、右のまき道を伝い登り切ると「硯岩」からの分岐に出た。勾配も穏やかに痩せた稜線となり、ヤシオツツジの仲間やダケカンバ、ブナもチラホラ見え始めた。
6:35、榛名山最高峰の「掃部ヶ岳」登頂。南から西側が開けるが、白い八ヶ岳や浅間山が春霞から浮かび上がるだけで、奥秩父の山々は山座同定出来ないほど霞んでいるのだった。
南西に少し下った所に「地蔵岩」があるという。ササ原の樹間を下り、小ピークを越えた先に道標はあった。「地蔵岩」の文字は薄れていたが、振り向くと、木の間に大きな地蔵様が佇んでいる。近づいてみると、その姿はピラミダルと変貌したのだった。
地蔵岩から掃部ヶ岳へ戻り、分岐から硯岩へと丸太の木段を下った。笹原にカラマツ林は、カラ類の格好の餌場か、カラ類の声が聞こえる。
左は鬢櫛山、右は湖畔の道標。直進し少しの斜面を登ると、7:25、断崖絶壁の「硯岩」へと出た。足元は切れ、眼下に榛名湖が見え外輪山の山々がそのカルデラ湖を取り囲む。目の前の景色とは裏腹に、足元がすくむ様な感覚では長居も出来なかった。
硯岩から下り、分岐を鬢櫛山へと進んだ。針葉樹や広葉樹の混合林、近くで「ゲー、ゲー」とアカゲラが鳴き、目の前を低空で横切った。木に飛び付き裏側へと隠れ、また次の木へと飛び立ってゆく。
(アカゲラの多い山だな)
ログハウスが見えると車道となり、進んで行くと「高崎東吾妻線」に出た。横切った先に、小さな道標があり「鬢櫛山」の文字。枯れ草と相まって見逃してしまうほど目立たなかった。
7:45、鬢櫛山登山口。混合林の中、頭上をシジュウカラが追って来る。ほんと人懐っこい鳥だ。ミズナラにモミが混じり、イヌシデやリョウブの痩せ尾根となってゆく。勾配も出始め、岩の痩せ尾根、トウゴクミツバツツジが多かった。
ササ原が現れると尾根も広くなり、ミズナラの斜面。「コッ、コッ、コッ」とアカゲラが木を啄く音。
8:15、鬢櫛山登頂。山名板が数枚、木に囲まれ展望は良くない。木を透かして烏帽子ヶ岳の、いかにも急登そうな山容が見えた。
鞍部へ下り、湖畔への分岐を過ぎると赤鳥居が目に着いた。「加護丸稲荷」の文字。狛犬ならぬ、狛狐が出迎えてくれ、頭を下げて通り抜けた。急な坂道を登って行くと、山頂間近に赤い鳥居の「加護丸稲荷大明神」、洞窟があり、中には祠が祀られてあった。辺りは陶器のお稲荷様が散乱してあり、秩父の山でも同じ光景を目にした事を思い出した。
9:05、烏帽子ヶ岳登頂。木々に囲まれ展望は開けないが、山頂先に展望地があり、そこで休憩した。
眼下にカルデラの榛名湖。目の前には榛名富士。そして外輪山を見渡した。西の掃部ヶ岳、その遠くに浅間山。東に戻り、二ツ岳と烏帽子にも似た相馬山と霞む赤城山。パンをかじり、景色を眺め、スケッチをする。
9:20、目の前の榛名富士に向けて一気に下った。9:40、加護丸稲荷神社鳥居をくぐり、湖畔へと下りた。
シジュウカラが近づいて来る。歯笛で真似するといつまでも側に居る。
(どうせなら手に乗ってこいよ)
下山後に立ち寄る「ゆうすげの湯元湯」を横目に、榛名富士登山口の道標は、9:45だった。
カエデやホウノキ、ミズナラの斜面を登ってゆく。ヤマハンノキ、ナツツバキ、ダケカンバが現れるころ、残雪も現れ出した。所々、凍結しだし、チェンスパ装着も考えたが、先ずはストックの石突のラバーを外し、それを支点として登ってゆく。下りでは無理だろが、登りではそれで事が足りた。
烏帽子ヶ岳と目線が同じになる頃、遠い空に白い山脈が見え出した。谷川連峰だった。
10:20、榛名富士登頂。白と赤の社殿「富士山神社」に参拝し、一等三角点を記念撮影する。観光客も多い山頂だが、展望はあまり良くなく、霞む赤城山を眺め下山する。途中に、「イワナガヒメ」、「保食神(ウケモチノカミ)」、「ニギハヤヒノミコト」、「コノハナノサクヤビメ」を祀る石碑があった。ここは物部氏、昔の日高見国の一部だったのだろう。日本神話以前の話し。
榛名富士山頂駅から南面は、ぬかるみに気をつけ下山した。
11:00、ビジターセンター到着。観光客に混じり、車道を進む。沼ノ原をすぎ、県道28号線の「高崎東吾妻線」を横切って天目山へと向かった。
広い駐車場跡地にピンテがあるだけで、道標すら無かった。残雪の斜面を登り、11:15、稜線に出る。
「関東ふれあいの道」となった。防火帯のように刈り払われた稜線で、丸太の木段が続く。途中、榛名湖が眺められ、外輪山の向こうに白い谷川連峰や志賀高原だろう峰々が眺められた。
11:35、天目山登頂。木々に囲まれているが、近くの三ツ峰山は眺められた。木段を下り、痩せ尾根となり、ヤシオツツジの仲間が多い。鞍部からもまた、木段を登って11:55、本日ラストのピーク「氷室山」登頂。ガサガサとササを漕ぐ音。キジが一羽登山道へ飛び出し目が合う。
ここも木に囲まれているが、少し下ると榛名湖や外輪山が見渡せる痩せ尾根となった。その後は長い木段となり、下りた先の天神峠には、榛名町指定民族資料となる「石灯籠」が建っていた。説明板の文字も薄れてはいるが、おそらく「常夜灯」の役目もしたのだろう。
榛名湖レストハウスも近い。@まきばおーに連絡し、落ち合うことにした。
12:15、榛名湖レストハウス到着。客も無く、我々が最初の客だった。
前もって@りょうさんに榛名湖名物を聞いておいて正解だった。
「わかさぎフライ定食」と「わかさぎの天ぷら単品」。まきばおーは「山菜そば」を注文。待っている間に次々と客が入って来る。
「あるあるだな、呼んだな(笑)」と、いつもの様に「ニヤリ」とした。
食事後、駐車場へと歩く。観光客もまばらで、本格的な観光はまだ先なのでしょう。
昨日の夕方は、この山に日が暮れるのを眺めた。今日はその山を歩いているという。
昨日眺めた場所が此岸であれば、ここは彼岸というのだろうね。毎日毎日先へと進む(続く)。一歩一歩、少しずつ、ほんの少しずつ、迷いから悟りへと向かって行く。
下山風呂は「榛名温泉ゆうすげの湯」元湯へ立ち寄り湯。大人520円、昼食後ということもあったが、泉質が効きそうな湯で長湯は出来なかった。湯治などで、じっくりと浸かりたい湯だ。