明石市・加古川市・高砂市(兵庫)
2026.06.06 (土)日帰り
~~膝リハビリ・歩行シリーズ~~ 西国街道第6弾:西明石~姫路
(①25.12 箕面瀬川宿~伊丹昆陽、②26.01 昆陽~西宮香櫨園、③26.02香櫨園~ 神戸灘区岩屋、④26.04神戸市中心、⑤26.04須磨区~西明石)
JR神戸線西明石駅~大久保本陣~JR大久保駅(激変前の昭和50年写真)~富士通明石工場~金ヶ崎神社鳥居(神輿行列が播磨地方特有の布団太鼓台を伴う)~道標「左 大山寺道」~明石市立魚住小学校・西国街道の説明板(清の商人が手配してベトナム江南国の象が徳川吉宗に贈られ街道を通過、長崎から江戸まで歩く)~西福寺花崗岩五輪塔(南北朝1346年造で戦乱犠牲者を供養)~清水神社(江戸初期創建)~読めない道標「是より はり満名所道/左 別府手まくら松 をのへのまつ 高砂相生まつ 道/右 あかしみ〔ち〕」~明石市清水新田宝篋印塔(街道で行路病死者を弔い地域の邪気を祓った)~道標「左 二見(明石市播磨臨海工業地帯一角)、右 三木(兵庫県三木市)」~加古川市入り~新在家五輪塔(15世紀前期作大型重厚、足利氏関係塔らしい、周囲には中世後期~近世前期までの小型石塔の残欠が集まる)~加古川市野口神社(渡来文化の通り道の播磨で、8世紀建立「野口廃寺」、1651年社殿建立し神宮寺併設の鳥居と大門がある神仏混淆が明治まで)~350m西に教信寺(平安前期沙弥教信が野口に庵を構え念仏<親鸞一遍らの先達>を広める地域に貢献、その跡に9世紀後半伽藍建立、僧兵が黒田官兵衛率いる秀吉軍と野口城で戦う)~国土地理院水準点マンホール(初めて見た、人車往来場所に標高を正確に測るための基準点を保護するために設置、山では覆いなしで見る金属標や標石と同じ)~野口宝篋印塔(14~15世紀作を完全保存、伝和泉式部墓?情熱的な歌人で各地に伝説)~加古川宿の陣屋山脇邸(1752年加古川宿の姫路藩加古川役所として建造、周辺は寺家ジケ町で商店が残る)~加古川橋(90年前の旧加古川橋の橋脚礎石が残る)~JR宝殿駅前~石宝殿道標~生石オウシコ神社(御神体が石宝殿)一の鳥居(燈籠は山片蟠桃が寄進、当地出自者で1772年24歳時大阪両替商升屋番頭になり経営立て直し仙台藩等の財政再建に手腕発揮した近代科学的合理主義の啓蒙思想家)~曽根高架下阿弥陀往還道標(道路整備で駅横に道標が集められた、南下して浜街道を東へ行く分岐点、1765年一基のみ判明)~高砂市→姫路市(特異はベトナム語の分別週別ゴミ出し表示、新築家にベトナム人表札があった)~六騎塚(備後守児嶋君墓、1336年尊氏東上阻止できず自死六名、最近まで末裔の方が管理されていたが没せられ今は荒れ放題)~弁慶地蔵(泡子地蔵1535年作、弁慶の母が別所出身で弁慶は姫路郊外書写山で修行)~国分寺参道分岐の道標~一里塚跡~市川橋~JR播但線京口駅前~外京口門跡(姫路城外濠にある櫓門跡で街道が入城時に通る、1933年国道2号開通までは街道が国道)~二階町アーケイド街~大手前通りにある西国街道標識・国府寺家本陣跡~大手前通り~姫路駅。