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(古事記検証)神功皇后の恐ろしい謀略か😱仲哀天皇の死はやはり暗殺か👺の写真

仲哀天皇崩御場所 つまり、暗殺の場所か 死亡時は、暗闇で、仲哀天皇、神功皇后、タケノウチスクネの3人しかいなかった。

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やす

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軟弱登山隊隊員 軟弱なので、登山は専ら近場の低山 写真を撮りながら、低山の魅力をなんとか探し出すことを目標にしています。 たま〜に、遠征して本格登山 カメラ:EOS R 2025年もまだまだメインカメラ

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(古事記検証)神功皇后の恐ろしい謀略か😱仲哀天皇の死はやはり暗殺か👺

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2020.03.07 (土)日帰り

やす
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 香椎宮の旧宮は、仲哀天皇崩御の場所  古事記によれば、 1.天皇は熊襲征伐のための陣営をこの香椎宮に置く。 2.今後のことを相談するため、天皇、神功皇后、タケノウチスクネの3人が集まり、皇后が巫女となって神託を求めた。 3.神は、新羅を服属させてあげようという。 4.天皇は、この神託を疑い、嘘つきの罵った。 5.神は怒って、天皇に死ねと宣告した。 6.その後、天皇は死んでいた。  この後の神功皇后たちの処置がなんとも恐ろしい。  ご遺体を殯宮に移してるが、正式な殯(もがり)の儀式をしないで、大祓(おおはらえ)をしている。大祓は、罪穢(つみけがれ)を償うためにの儀式だ。古事記では、大祓の叙述が続く。  それだけでなく、天皇の死を,生剥(生きたまま獣の皮を剥ぐ行為)、逆剥(獣の皮を尾から剥ぐ行為),阿離(田んぼの畔を壊す行為)、溝埋(田んぼの水路を壊す行為)、屎戸(くそへ、神聖な場所に💩を撒き散らす行為)、上通下通婚(おやこたはけ、言えない🤐)、馬婚,牛婚,鷄婚(馬婚〜言えない🤐)の罪の類と同じものとみなして、そうした罪を全部集めて、一緒に大祓の儀式をして、国中を清めた。大祓は6月に定例で実施するものだが、この時はこのために臨時に行なっている。  挙げ句には,大和には仲哀天皇の継承者がいたにも関わらず、神託があったとして、神功皇后のお腹の中にいる品陀和氣命(ほむだわけのみこと)こそが,天下を支配する者だと決めている。  この部分は、本当に忌まわしく恐ろしい。神功皇后は知れば知るほど、底知れぬ恐ろしさがある🥶。ここまでがこの香椎宮で起こったことだ。  その後、神功皇后と陀和氣命は、継承者を騙し討ちにして殺している😱

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