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「貯食」でハイマツ群落を作る鳥、ホシガラス|大橋弘一の「山の鳥」エッセイ Vol.8
山にはいろいろな野鳥が暮らしています。低山から高山まで、四季折々の山の鳥たちとの出会いのエピソードを、バードウォッチング歴50年、野鳥写真歴30余年の大橋弘一さんが様々なトリビアを交えて綴る「山の鳥エッセイ」。第8回は、ハイマツの群落をあちこちに作る「ホシガラス」について、写真とともに紹介していただきます。
山の鳥エッセイ #08/連載一覧
目次
【第8回 ホシガラス】
英名:Spotted Nutcracker
漢字表記:星鴉
分類:スズメ目カラス科ホシガラス属
ホシガラスのプロフィール
ホシガラスは高山に棲むカラスの仲間です。生活の場は基本的に亜高山帯から高山帯の針葉樹林、ハイマツ帯。冬には山麓に移動することがありますが、低地で見られる機会は少なく、日本の高山帯の鳥の代表格と言えましょう。国内分布は北海道から九州までと広く、東北地方では標高800m以上、本州中部では1,500m以上、四国では1,800m以上の山岳地帯がホシガラスの棲む目安と言われています。
黒褐色の地に白い小さな斑紋がたくさんあり、これを夜空の星に見立ててホシガラスと呼ばれるようになりました。これは江戸時代頃からの呼び名ですが、その頃には「だけがらす」「しまからす」「えぞがらす」「しまかけす」などの異名もあり、カラスもしくはカケスとの対比で呼ばれていたようです。接頭語の「だけ」は嶽の意味で、険しい山、高い山を意味しますので、この鳥の特徴を示す語として的確です。「しま」や「えぞ」は遠隔地のものという意味ですので、身近なカラスの仲間ではありつつも身近な存在ではないものというニュアンスが感じられます。
鳴き声はちょっと濁った声で「ガァー、ガァー」と鳴き、いかにもカラスの仲間らしいイメージです。体つきや身のこなし、全体の雰囲気もカラスっぽさがついて回ります。
それでも、ホシガラスは高山に暮らすせいか、都会のカラスとは全く異次元の存在に思えます。あまり登山をしない人にとっては、簡単には出会えない憧れの対象にもなっています。ネット上では「ホシガラスの目撃地点マップ」なるものも公開されており、この鳥の人気の高さが伺えます。
食性、特にハイマツとの関係
ホシガラスはトウヒなど針葉樹の種子やドングリなどをよく食べますが、それだけでなく、昆虫、ネズミ、カエルなどの小動物までいろいろなものを食べます。カラスの仲間らしく幅広い食性を持つ雑食性なのですが、多岐にわたるホシガラスの食物の中で特筆すべきものがハイマツです。尖った頑丈な嘴(くちばし)でその松ぼっくりをつつき割って中の種子を取り出して食べます。ちなみにこの鳥の英名「ナッツクラッカー(木の実を割るもの)」は、その様子を言い表した命名です。
ハイマツは、その名の通り地を這うように低く伸びる樹形が特徴で、樹高1~2メートルのことが多いマツ科植物です。葉は、5本で一組となる五葉性で、近縁のゴヨウマツと同様です。幹ははっきりせず、株立ち状になり、高木が育たない“森林限界”のさらに上部に生育します。そのため、見晴らしのよい、いかにも高山らしい景観を作り出します。ホシガラスは、そういう「ハイマツ帯」によく出現し、その種子を食べています。
ハイマツの球果(松ぼっくり)は、中の種子が成熟しても鱗片がほとんど開かず、そのためそのままでは落ちて地中に埋没しても発芽しないことが普通です。低い確率で発芽しても、その後ほとんど枯死してしまい、樹木としての成長は難しいのだそうです。つまり、何者かが球果から種子を取り出さなければ、基本的にハイマツは育つことができない植物なのです。
では、その“何者か”ですが、その大半が、じつはホシガラスなのです。
鳥と植物の見事な共生関係
ホシガラスは、食物の乏しい冬季や、食物が多く必要になる繁殖期に備えてハイマツの種子を大量に貯食します。「貯食」とは、食べ物を地中などに隠して貯える行動のことです。晩夏から秋にかけて、ハイマツの実が熟すとホシガラスはその種子を取り出し、あちこちに運んで隠しておき、必要な時にそれを掘り出して食べるのです。
ある調査によれば、貯食の時期1シーズンに1羽のホシガラスが貯食するマツ類の種子はなんと平均32,000個にもなるそうです。1ヶ所に3~4個の種子を隠すことから逆算すると、貯食の場所は計8,600ヶ所にも及ぶことになります。
ホシガラスはこれほど多量の食物をこれほど多くの場所に隠しておくわけですが、その場所を彼らはかなり正確に覚えています。隠した種子の8割から9割は、当初の目的通り越冬期や育雛期の食物として利用されているそうですから、まさに驚異の記憶力です。前述の例に当てはめれば、8,600ヶ所のうち7,000ヶ所ほどはきちんと覚えていて、あとから掘り出すことになるわけです。
しかし、ということは、逆の見方をすれば、貯食された種子の1割から2割は放置される計算になります。少なめに見積もっても1羽のホシガラスが3,000~5,000個のハイマツ種子を山中に置き忘れるわけです。
置き去りにされた種子はやがて発芽し、樹木として成長していきます。ハイマツにとっては、ホシガラスは子孫の生育場所へとタネを運んでくれる役目を果たす(種子散布といいます)ありがたい存在になっているわけです。ホシガラスの行動はハイマツの分布拡大に大きく貢献しており、ここに鳥と植物の見事な共生関係が見られます。ハイマツ群落の大部分は、こうしてホシガラスが長い年月をかけて作り上げたものなのです。
ハイマツのない富士山で
しかし、ここで疑問が湧いてきます。ハイマツの分布は国内では北海道から本州中部までで、南限は南アルプスです。ところが、ホシガラスの分布は前述の通り北は北海道から南は九州にまで及びます。西日本にはハイマツがないのにホシガラスは生息していることになります。ハイマツがない場所ではホシガラスは何を主食としているのでしょうか?
その答えのヒントが、富士山(3,776m)にあります。富士山は比較的最近まで噴火を繰り返していた新しい山であるため、ハイマツは分布していません。けれども北斜面の亜高山帯からその上部にかけては、ホシガラスが通年生息しています。
近年の調査で、富士山では、ホシガラスはハイマツの代わりに主にゴヨウマツの種子を食べ、また貯食していることが明らかになりました。ゴヨウマツは九州にまで分布していますので、西日本などハイマツのない場所では、おそらくホシガラスはその代替としてゴヨウマツを利用しているものと考えられます。
ただし、詳細な分布図を見ると、ハイマツのない地域の山ではホシガラスの生息数は少ないことがわかります。岐阜県と富山県、石川県、福井県にまたがる白山連峰より西では、ホシガラスの目撃頻度はガクンと下がります。徳島県や高知県のレッドリストでは絶滅危惧Ⅰ類に分類されるなど、西日本のいくつかの県では、絶滅が心配されるほど数少ない鳥になっているところもあります。
余談ながら、ハイマツのない富士山で、鳥好きの人にとって“ホシガラスの聖地”とされる場所があります。5合目の奥庭です。ここには鳥たちの水場があって、何種類もの野鳥が水浴びや水飲みのためにやってきます。ホシガラスもここの常連で、その姿を見るために多くの人が集まる名所になっています。
撮影のほろ苦い失敗談
昨年の夏、友人のカメラマンが木曽の活火山・御嶽山(3,067m)の7合目で8月初めにホシガラスの貯食行動を撮ったことを知り、詳しい状況を教えてもらい私も行ってみました。友人の話では登山道の近くに頻繁に現れ、のどを膨らませて飛ぶ姿もよく見られたとのことでした。のどが膨らんでいるのは多量のハイマツの種子を詰め込んだ証拠で、その状態で飛ぶのは貯食のために運んでいる行動です。
私が現地へ行ったのは、8月24日。もっと早く行きたかったのですが、いくつもの原稿締め切りに追われていて撮影に出られなかったのです。友人が撮った日からだいぶ時間が経ってしまいましたが、ホシガラスの貯食行動は普通は10月まで続きますので、問題ないはずと計算していました。
ところが、現地に着いてもホシガラスはなかなか現れません。やはりホシガラス目的で来ていた人が何人かいたので話を聞くと、「昨日まではこのあたりに時々来ていたのですが…。」とのこと。その後、1時間待っても2時間待っても現れません。遠くを飛ぶ姿は見るものの、写真を撮れるような距離ではありません。一度は私の頭上を越えて飛び去って行きましたが、それっきり近くには来てくれませんでした。友人の話を聞いてから20日ほどの間に、ホシガラスの行動が変わってしまったとしか考えられません。おそらく、登山道沿いのハイマツの実は採り尽くし、離れた場所のハイマツを収集するようになったのでしょう。
鳥の撮影には、情報を得たら「とにかくすぐ行くこと」が鉄則です。何日も経ってからでは、その場所から鳥が去ってしまう可能性がどんどん高まってしまいます。珍鳥出現の際など、目的を果たしたいなら「とにかくすぐ行くこと」なのです。でも、長く同じ場所にいてくれるはずのホシガラスでもこの原則が当てはまるとは…。油断と言うか、読み間違いと言うか、ほろ苦い失敗談がまた一つ増えてしまいました。
アトサヌプリ山麓のホシガラス
こんな感じで、ホシガラスの撮影は一筋縄でいかないことが多いのですが、逆に良い思い出もあります。
そのひとつが、北海道・弟子屈町の活火山・アトサヌプリ(別名・硫黄山、508m)の山麓にある「つつじヶ原」のハイマツ群落を訪れた時のこと。ここは標高150mほどに過ぎない平地なのですが、ハイマツが大群落を作り、そのすぐ隣には高山植物のイソツツジやガンコウランなどが花を咲かせる特異な自然環境の地として知られています。
低地なのに高山の植生が見られるのは、今も噴煙を上げ続けるアトサヌプリの噴火によって土壌が強酸性になっているからです。そのため多くの植物が根を張ることができない高山同様の厳しい自然環境となり、日本で最も低標高の高山植物群落が形成されたのです。そして、そういう場所でこそ生育できる樹木がハイマツです。その景観は、高山のハイマツ帯そのもの。低地だということを忘れてしまうような眺めが広がっています。
10年ほど前、私がここを訪れたのは、もちろんホシガラスが目的です。“ハイマツがある所にホシガラスあり”ですから。実際、ここでホシガラスの目撃例があることは耳に入っていました。
しかし、いくらハイマツの群落があっても、こんな低標高の場所にホシガラスが本当に現れるものなのでしょうか。じつは、それ以前に2度ほどそこを訪れたことがありましたが、その時にはホシガラスは見かけませんでしたから、なおさら半信半疑の気持ちがぬぐえませんでした。
そこで、その時は、ホシガラスの活動が貯食のため最も盛んになる秋を選び、「今度こそ」という思いでアトサヌプリのつつじヶ原に乗り込んだのです。
すると、意外にも(?)、あっけなくホシガラスが見つかりました。5~6羽はいたでしょうか。ハイマツの上にとまったり地面に落ちた種子を拾ったりする様子を見せてくれました。時あたかも周囲の山々が紅葉の時期を迎えており、季節感のある写真も撮ることができたのでした。
<おもな参考文献>
・西教生・別宮有紀子「ハイマツのない富士山でゴヨウマツの種子を貯食するホシガラス」(Strix Vol.31)
・林田光祐「北海道アポイ岳におけるキタゴヨウの種子散布と更新様式」(北海道大学農学部演習林研究報告46号)
・西教生「乗鞍岳におけるハイマツとホシガラスの共生関係」
・菅原浩・柿澤亮三著『図説日本鳥名由来事典』(柏書房)
*写真の無断転用を固くお断りします。
野鳥写真家
大橋 弘一
日本の野鳥全種全亜種の撮影を永遠のテーマとし、図鑑・書籍・雑誌等への作品提供をメインに活動。写真だけでなく、執筆・講演活動等を通して鳥を広く紹介することをライフワークとしており、特に鳥の呼び名(和名・英名・学名等)の語源由来、民話伝承・文学作品等での扱われ方など鳥と人との関わりについての人文科学的な独自の解説が好評。NHKラジオの人気番組「ラジオ深夜便」で月に一度(毎月第4月曜日)放送の「鳥の雑学ノート」では企画・構成から出演までこなす。『野鳥の呼び名事典』(世界文化社)、『日本野鳥歳時記』(ナツメ社)、『庭で楽しむ野鳥の本』(山と溪谷社)、写真集『よちよちもふもふオシドリの赤ちゃん』(講談社)など著書多数。最新刊は『北海道野鳥観察地ガイド増補新版』(北海道新聞社)。日本鳥学会会員。日本野鳥の会会員。SSP日本自然科学写真協会会員。「ウェルカム北海道野鳥倶楽部」主宰。https://ohashi.naturally.jpn.com/
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