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人生変わる歩き旅|熊野古道ロングトレイル~現代版熊野古道歩きの終着地へ~
1000年の歴史を刻む祈りの道、熊野古道。「令和版・熊野古道巡礼ロングトレイル」として、中辺路の全150kmのロングハイクに挑むプロジェクト。最終回は熊野詣の最終目的地である熊野那智大社を参拝し、中辺路でふたたび熊野本宮大社へと戻るルートを辿る。
熊野の史跡を辿りながら歴史や文化に触れ、ハイキングを通じて土地を知り、ふたりのハイカーは何を感じたのか。ロングトレイルとしての熊野古道、リアルレポートの最終回をお届けします。
目次
ROUTE MAP|熊野速玉大社〜熊野那智大社〜熊野本宮大社セクション|約52.5km

旅で歩いたルートはこちら。本記事は「後編」として緑色のセクションを進む。YAMAP「モデルコース」や「限定バッジ」は記事末尾を参照
ついに旅の最終セクション。1日目は新宮市からスタート。那智勝浦町で名産のマグロを堪能し、熊野詣の最終目的地である熊野那智大社・那智山青岸渡寺を参拝する。2日目は大雲取越を経て小口キャンプ場で野営。3日目は小雲取越を歩きながら、旅のゴールである熊野本宮大社へと向かう。
※前編から読みたいかたはこちら
※中編から読みたいかたはこちら
DAY 6|新宮市内〜熊野那智大社・那智山青岸渡寺〜那智の滝|約22km 海から信仰の山へ

熊野速玉大社のある新宮市から熊野那智大社までは、中辺路では珍しい海岸線沿いのルートを辿る。このセクションは熊野川河口の平地から徐々に山へと入るため、自然の変化を強く感じられるのが特徴だ。

太平洋を左手に眺めながら史跡を辿っていく。潮風が心地よい

石畳や自然林が広がる高野坂はかつての古道の趣を今に伝える

美しい石畳の道を歩く。歩かなければ出会うことのできない景色だ

海岸沿いのトレイルを、ロードと岬の峠道を縫うように歩いていく
ジュンキ「海沿いを歩くのは気持ちいいね」
マサル「そうやね、昨日は海は見えていたけど、波の音と潮風をがっつり感じて歩くのは今日からだったから」
ジュンキ「波の音をBGMに歩くのがいい。みちのく潮風トレイルもこんな感じだったなって思い出してて」
マサル「そうそう、僕も同じこと思ってた。熊野古道って、海沿いのトレイルのイメージがなかったけど、このセクションも楽しい。山だけじゃないんだなってしみじみ歩いてたね」

市街地で少し迷っていると地元のお母さんが道を教えてくれた

スーパーセンターオークワで補給。様々な商品が並ぶ地元のスーパーだ

小狗子峠は山塊の谷間にある切り通しの区画。近世の石畳が一部遺存する

大狗子峠。「狗子」とはクジラという意味。かつてこの地に捕鯨の見張り場が峠にあった名残りとされる

風の通る見晴らしスポットで休憩。心地よい場所を探しながら歩くのも楽しい

昼時に那智勝浦に到着。市場でマグロを堪能した
途中立ち寄ったのは、那智勝浦。熊野那智大社・那智山青岸渡寺へと参詣する人が立ち寄る信仰の街であると同時に、日本有数の生まぐろの水揚げ量を誇る漁業が盛んな地域だ。また、温泉地として旅行者からの人気も高い。
浄土信仰を今に伝える補陀洛山寺へ
本日ひとつめの目的地である補陀洛山寺(ふだらくさんじ)に到着。浄土信仰と深く関わりのある天台宗の寺で、補陀洛山とは、観音菩薩が住むとされる理想郷(=浄土)のことだ。この補陀洛山寺では、那智参詣曼荼羅を用いた解説「絵解き」を体験することができる。

補陀洛山寺の隣には浜の宮王子跡及び熊野三所大神社が。神道と仏教が密接であったことを伺わせる

絵解きで使われる那智参詣曼荼羅。16~17世紀の熊野詣の様子が描かれている
絵解きとは、熊野詣の様子を絵で分かりやすく紹介した、かつての情報伝達手段。熊野詣を各地に広めるために行われていた。補陀洛山寺では、この絵解体験を行っており、奥深い熊野信仰や当時の様子をわかりやすく教えてくれる。
なかでも特徴的なのが、補陀落渡海(ふだらくとかい)だ。僧侶が小舟に乗り、南の海にあると信じられた補陀洛浄土を目指して旅立つという、命を懸けた信仰行為。渡海は現代の価値観から見ると極めて厳しいものであるが、死後の往生や救済を願う強い信仰心の表れだったのだろう。

境内には補陀落渡海で使用された舟が再現されている。現実には帰還を前提としない行為であり、命を懸けた信仰の実践だった
マサル 「補陀落渡海の話はかなり衝撃的だった。浄土を目指して船で海を渡っていくって、今ではなかなか考えられない行為よね。一方で、延命の水というのもあって、命を永らえさせたいという信仰もある。当時の人は何を考えてたんだろうって思った」
ジュンキ「熊野を訪れる人は、この地に来て祈ることで心が救われると信じてたと思うんだよね。さらに信仰を深めて行く人は、その先の浄土を目指したんじゃないかな」
マサル「当時の人は、本当に浄土があると信じていたんだろうね」
ジュンキ「補陀落渡海が始まったのが平安時代の話で、熊野の信仰、浄土信仰がすごく広まっていた時代。念仏を唱えながら、この世をよくしたいという思いで海を渡っていった。そんな信仰がここにはあったんやな」
熊野那智大社を目指し大門坂へ

川沿いの集落を縫うように古道は続いている

大門坂は熊野那智大社の表参道まで続く石畳道。参詣者はこの坂を登って祈りの地へ向かった

苔むした石畳の古道と樹齢800年にもなる杉の巨木が出迎えてくれた
熊野を象徴する景色のひとつともいえる大門坂。鎌倉時代に造られたという石畳は、往来する参詣者が踏みしめた痕跡が残る。全長は約600メートル。杉の巨木に囲まれた石段を登り、熊野那智大社・那智山青岸渡寺、そして那智の滝を目指す。
熊野那智大社・那智山青岸渡寺で神仏習合の歴史に触れる

ついに熊野詣の最終目的地、熊野那智大社に到着

かつての熊野詣と同じルートを歩いたからこその喜びを実感する
熊野那智大社は熊野三山のうち、現在を司る聖地。参ることで現世の縁が結ばれるとされている。那智の滝を信仰の中心とした自然信仰を象徴する神社だ。

西国三十三所観音霊場の第一番札所として知られる青岸渡寺
熊野那智大社の隣には、那智山青岸渡寺がある。その起源は1600年前まで遡り、裸形上人により開かれた青岸渡寺は熊野の自然信仰と混ざり合い、神仏習合の信仰として発展。明治の神仏分離までは、熊野那智大社と一体をなす、那智の大滝を中心にした神仏習合の一大修験道場だった。

三重の塔と那智の滝。朱塗りの塔と滝のコントラストが美しい
マサル「那智大社と青岸渡寺の世界観の違いがわかりやすく見えたね。神仏習合で一緒になった信仰が、神道の那智大社と、仏教の青岸渡寺にわかれて、それぞれの信仰を守っている。日本の宗教観、日本人の心の原点を凝縮したような場所なんやと思った」
ジュンキ「ここでは那智の滝が神様としてあがめられているんやな。速玉大社はゴトビキ岩、そして本宮大社の旧社地である大斎原はかつて3つの川が交わる中州にあった。それぞれ自然に神様を見出してたんだろうね。自然信仰のかたちを目の前で見られて、本当に自然を神様だと考えてるんだってことが体感できた」

落差133メートルを誇る那智の滝。滝から流れ落ちる水は浄化と再生を象徴する
宿を活用することでトレイルの楽しみが広がる

美滝山荘は那智を訪れる参詣者や巡礼者を迎える宿としてはじまった
マサル「今回の旅、宿に泊まらせてもらう機会が多くて、すごく新鮮。アメリカのロングトレイルでは考えられないからね。ハイカー目線だと、キャンプできるところを探しちゃう。もちろんキャンプ場も結構あるから野営だけで歩くこともできそうだけど」
ジュンキ「そうやね。でも、熊野古道を歩くなら、宿に泊まるのがいいと思った。全部が宿だとお財布事情が気になるかもだから、1泊ごとに宿とキャンプを混ぜていくのもいいと思う」
マサル「熊野古道は、巡礼の歴史があって、人の暮らしがあって、という土地の背景があるから民宿がたくさんある。民宿の人たちも古道のことを知ってるし、旅の話もできる。そういう地元の人との関わりが生まれる場所でもあるんやなって思ったね。ここの商店行ったらこんなん買えるよとか、ご当地のものあるよとか、あの道行ったらいい景色見えるよとか。それが旅らしいなって」
ジュンキ「旅って土地をどういうふうに味わうか。民宿のご飯も、その土地のもので季節のものが多いし。滞在しないと楽しめないこともいっぱいある」
DAY 7|熊野那智大社・那智山青岸渡寺~小口|約14.5km 中辺路最大の難所大雲取越へ

熊野那智大社・那智山青岸渡寺を出発し、中辺路でも人気のルート大雲取越を歩く。大雲取越は、雲をつかむがごとき険しい道のためその名がついたとされ、中辺路最難関の道としても知られている。熊野詣を終えた巡礼者が帰還するために利用した道だ。
深い山林、急坂や長い山道が続き、修験道の行場でもあった。道中には石仏や祠、かつての茶屋跡が点在し、参詣者が祈りや休息した痕跡が残る。そして、この日は熊野を愛しこの地に移住した宮本遥菜さんが旅のゲストとして参加する。

那智山青岸渡寺の裏手からトレイルを登っていく

見晴らし台となっている舟見茶屋跡。かつては茶屋があり参詣者や旅人がここで疲れを癒したという

短いセクションではあったが、地元で活動する宮本さんと熊野の暮らしについて話を伺うことができた
ジュンキ「青岸渡寺で宮本さんと合流して、歩きながら話をしました。移住の話、熊野古道の話、信仰の話。これまでの語り部さん、岡上さん、上野さんとはまた違う立場からの話が聞けて面白かったね」
マサル「僕はいろいろ旅をしてきたけど、移住ってしたことがなくて。ずっと大阪だったから。彼女はもともと広島出身で、大阪で仕事をして、そこから熊野に魅せられて移住したという軽やかさを羨ましく思った」
ジュンキ「印象的だったのが、仕事よりも自然で過ごす時間だったり、地域と関わる時間の方が長いということ。生活の中心が仕事ではなくて、ここのコミュニティでの活動だったり、人と人のつながりに重きをおいているのがすごく豊かだなって。
なんか、これまで歩いてきて感じた熊野の文化や風土、雰囲気みたいなものをいい感じで体現している人やなって思った」
マサル「一方で、そんな熊野を愛する彼女の信仰感って、ちょっと聞いてみたらいい意味ですごい軽いんよね。『自然信仰っていい感じですよね』みたいな。この旅の中で信仰とか宗教のことを深く考えてきたけど、そういう受け止め方でもいいんやって気づきもあった」
ジュンキ「ずっと浄土信仰のこととか、なぜ人は生まれたのかとか、答えを探そうとしてわからなくなってきたところはあったんだけど、宮本さんに解きほぐされた感じはあるね」
日本だからこそのハイキングスタイルとは

奥深い森のなかに残された石畳の古道。ひっそりとしているが、かつて巡礼者で賑わった景色が思い浮かぶ

小口エリアに到着。ハイカーや旅行者も多く、キャンプ場のほか、カフェや商店も充実している

立ち寄った「南方商店」。食料の補給をしながら、古道歩きの情報を聞くことができた

南方商店で購入した食材を手に小口キャンプ場へと向かう
ジュンキ「熊野古道とウルトラライトハイキングの相性がいい。なぜかというと、熊野古道って道としてものすごく整えられているから。民宿、ホテルがあったり、食事処があったりすることで、装備をかなり軽量化できる。
正直言うと宿に毎日泊まったり、食堂でご飯を食べるというのは、お金もかかってくる。僕らは長く歩くから、毎日そんなにお金をかけられない事情もあるけれど、予算が許す限り民宿に泊まったり、おいしいご飯を食べたいと思ったね。その分、装備は必要最低限にして軽量化できるから、歩くこと、旅することに集中できる。
やっぱりその土地と関わりを持つことが、熊野古道を楽しむ上ですごく大切なんじゃないかって感じたんよね。もちろんキャンプを組み合わせたりすれば節約もできる」
マサル「里に降りることも多いしね。そこで地元の人とも会って話すのも楽しい。それで予定通りにいかないのも旅らしくていいなと思ったね。山登りだと、予定通りいくのが当たり前みたいなところがあると思う。暗くなったら危険だとか、山小屋には夕方前に到着するとか、安全を考えないといけない。
でも、ロングトレイルという観点では、やっぱりイレギュラーを楽しんでいきたい。熊野古道の旅では、時間通りいかなくて日が暮れてしまっても、そこまで危ないことはない。最低限のことを押さえておけば、自由に旅を楽しめる。熊野古道は、やっぱり旅するロングトレイルなんだなって、歩いてみて思った」

歩いたのは11月。野営することで夜の冷みや気温の変化を体感できた
旅の最後の夜は小口キャンプ場での野営。廃校を活用した宿泊施設もあり、本宮大社や那智大社へ向かう道中の休泊地としてハイカーや旅行者の旅の拠点となっている。
DAY 8|小口〜熊野本宮大社|約16km ロングトレイルの終着点へ

旅の最終セクションは、小口キャンプ場から小雲取越を歩く。途中に旅の4日目で通過した万才峠に合流し、熊野本宮大社へ向かう。

小口キャンプ場を出発。山間の小さく静かな集落を後にする

自然林がよく残る小雲取越は、大雲取越とはまた違った魅力を見せてくれる
ジュンキ「熊野古道を歩いてみて、アメリカのロングトレイルとは違うなって思ったのが、装備だった。食で言えば、お湯を沸かして作れるものを考えていたけど、補給ポイントもたくさんあるし、焚き火もできることを考えると、小さいフライパンと焚き火台があったらいいなと。熊野牛とか海の幸を味わうこともできるなって思ったんだよね。仲間と歩いたりすることを考えると、楽しみ方も広がる」
マサル「そうだね。テントも、自立式が熊野古道には合ってるかなって思ってたね。河原はワンポールテントとかタープは立てにくそうだった」
ジュンキ「パックラフトもそうだけど、道具の選び方で楽しみ方は広がっていくと思う。今回いろいろ気づきがあったから、次は違う装備で来たらもっと面白くできるという可能性を感じた」

人気の眺望スポット「百間ぐら」。どこまでもつづく熊野の山々を見渡せる
ロングトレイルのゴール、熊野本宮大社への帰還

4日目に通った「万才峠」。ここから前回歩いた道を戻り熊野本宮大社を目指す

山道を抜けると熊野川の雄大な景色が。熊野本宮大社まであと少し

長い道のりを経て、再び熊野本宮大社を参拝する
マサル「長いと思っていた旅がここで終わりです。毎日いろんな出来事があって、まだ整理しきれてないけれど、熊野が『蘇り』の地だっていうことを、最後に考えておきたいんよね。
僕が20代で旅に出たのは、逃げ道としてだった。社会に対する疑問とか自分の生き方に対する不安があって、違う環境に身を置きたい、自分を変えたいという気持ちがあった」
ジュンキ「僕は26、7歳の頃かな。 生き方を見直したかった。それはマサルくんと共通することかもね」
マサル「変えたい、変わりたいときに旅に出るのかな」
ジュンキ「コンフォートゾーンを完全に出ることで、一度リセットするみたいな感じかな」
マサル「それは昔も一緒やったのかな。上皇や貴族にとって熊野詣ってとてつもない覚悟で行く旅やったと思う。家臣も何十人と連れていくし、お金もたくさんかかる。上皇ですら変わりたいと願っていたんだと思う」
ジュンキ「熊野古道には変えてくれる力がある」
マサル「そうやね。だから信仰の道なんやね。そして7泊8日で歩いてみて、こんなに味わい深いロングトレイルは日本にしかないとも思った」
ジュンキ「熊野の信仰のこととか、宗教のことを知っている人はもちろんだけど、歩く旅として誰でも行ける身近なロングトレイルよね。短い距離を歩いたっていいし、パックラフトを組み合わせてもいいし、人それぞれの歩き方ができる」
マサル「昔の熊野の思想、それこそ浄土のこととか、なかなか現代だと理解できないこともあったけど、1000年前にここを歩いた上皇や貴族と同じ道を歩ける。その事実はすごい。他にはない日本が誇れるトレイルなんやなって、あらためて気づかされた」
ジュンキ「8日間は長いと思ってたけど、これでも短いくらい。また必ず歩きにきたいと思うトレイルだった」

2度目の熊野本宮大社への参拝。中辺路を歩き3日目に到着したときよりも熊野の信仰や歴史への理解が深まった

無事に旅を終えられたことへの感謝、そして自然を歩くことへの畏敬の念を伝えることができた
ロングトレイルとしての熊野古道を、いま歩くこと

熊野古道をロングトレイルとして捉え、現代的な装備で中辺路全行程150kmを踏破するプロジェクトが完結した。ハイキングを中心に、キャンプやパックラフトなどアウトドアアクティビティを交えながら、地元の人びととの交流を楽しんだ8日間となった。
古来よりつづく熊野の信仰は、8日間でも味わいきれない奥深さを感じさせるものであり、語り部をはじめとする熊野の人たちから聞いた言葉は深く心に刻まれた。そして、「熊野詣=蘇りの地を訪ねる旅」は、ハイカーとして活動する中村、清田のふたりのロングトレイル観を変える出来事となった。
アメリカで発祥したハイキングカルチャーが日本で広まり、ロングトレイルという言葉を知る人は増えた。しかし海外と日本では、長く歩くことは共通していても、トレイルの成り立ちや自然環境がまったく異なる。アメリカのハイキングを、そのまま日本で再現することは難しい。
熊野古道は、1000年以上もの歴史をもつ日本最古のトレイルともいえる道だ。アメリカのような原野はないが、信仰や巡礼、生活によってうまれた歴史や文化に触れながら歩くことができる。そして、古くからの巡礼路を今も辿ることができる。これこそが熊野古道の魅力であり、日本のロングトレイルとしての姿なのだ。
◾️今回の旅のルートはYAMAPモデルコースにも登場。
◾️条件クリアで限定デジタルバッジも手に入る。

※バッジの獲得条件や期間についてはリンク先でご確認ください。
※今回のモデルコースは7泊8日と長いので、上記リンクを開く際に時間がかかることがございます。
那智山青岸渡寺の別院。インドから熊野の海岸に漂着した裸形上人によって開山されたと伝わる。南海の彼方にあると信じられていた観音浄土を生きながらにして目指す「補陀落渡海」の出発点だったことで知られる。
スポット詳細はこちら
主祭神は、万物の生成・育成を司る熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ=イザナミノミコト)。熊野詣の最終目的地であり、那智山青岸渡寺と共に熊野信仰の中心地として栄華を極めた。
スポット詳細はこちら
文章・撮影:小林 昂祐
モデル:中村純貴、清田勝
プロデューサー:土屋智哉
協力:和歌山県観光振興課
撮影と執筆業
小林 昂祐
旅雑誌の編集部を経てフリー。在籍時には「アウトドアを科学する」をテーマにした『terminal』を創刊。実体験とインタビューを中心に、自然そのものの美しさやその地に暮らす人びとの営みを取材し、対象に寄り添うことで得られる情景を文章と写真で伝える。著書に西表島を特集した『NatureBoy』ほか、おやつの世界を巡る『OYATTUmagazine』など。趣味は登山。
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