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日用品の応用、自己分析、道具の手入れ…。明日の登山をより良くする偏愛的山旅論
登山道具への飽くなき探究心と偏愛によって毎号綴られてきた、本物の山旅好きにこそ読んでほしい連載企画「低山トラベラー大内征の旅する道具偏愛論」。いよいよ最終回となる今回のテーマは大内征氏の「山旅論」について。道具を見つめ、山を愛し、そして自分と向き合うことで大内氏が見出した豊潤な山旅の世界とは?
低山トラベラー大内征の旅する道具偏愛論 #06/連載一覧はこちら
目次
偏愛とは、物や人に向けるあなたの眼差しそのものです
これまで「旅する道具偏愛論」にお付き合いいただいたすべてのみなさんに、心から感謝をしたい。本当に、ありがとう。過去に論じた5回の偏愛テーマはなかなか評判がよくて、友人知人や読者からの「買ってしまった!」というコメントにニヤニヤすることが多かった。その度に「なんだよみんな偏愛かよ!」と、その温かな眼差しに嬉しくなったし、だからこそいま感謝の気持ちに満たされながら、これを書いている。
これまでの偏愛テーマ
第1回「ボトル」
第2回「ボード」
第3回「カップ」
第4回「スタッフバッグ」
第5回「ケース」
この連載は、ぼくと同じく(いやそれ以上に!)偏愛気質の編集者がヤマップにいなければ始まらなかった。ページ滞在時間20分以上もかけてじっくり読んでくれるような愛読者のみなさんがいなければ、奮起しつつ楽しく書き続けることはできなかっただろう。だから、本当に、ありがとうありがとう。なのだ。
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なんだかしみったれた感じで書き始めたけれど、この第6回を節目に“第一章”を締めくくりたいと思う。これまで書いてきた記事を振り返ると、ぼくはぼく自身の偏愛をどのように抽象化するか、その設定を考えるのがものすごく楽しかった。HOWTO記事でもなく、商品のスペック紹介でもなく、レビューでもなく……。自分なりの“考え方”と工夫を重ねた自己流の“使い方”をタイトルの通り「偏愛」で表現したかったのだ。
それで、この第6回は、もうちょっと偏愛の根っこの部分に触れていきたい。ここにビールがあったなら、ただのうるさい酔っ払いだと煙たがられるかもしれない。しかし、そこは偏愛仲間のみなさんが読者なのだから、きっと許してくれると期待する……笑
というわけで、今回も最後までお付き合いいただければ、とても嬉しい。
気がつけば、偏愛に満ち溢れる登山人生である
ぼくは、日本中の低山を歩くという「低山トラベラー」として文筆を生業にしている。その意味で、ぼくの登山観は自分が好きなものに絞り、真っ直ぐに向き合うことで練られてきたと言える。だから、これからも低山をメインフィールドとして人生の大冒険を続けていきたい。
ここから先は、道具ひいては登山そのものに対する姿勢として、常日頃から気を配っていること――個人的な心得のようなもの――について告白したい。言語化するのが気恥ずかしいことばかりだけど、しかしそのどれもが登山を楽しむ上で大切な礎だとぼくは考えている。ちょっと青臭いことを言うようだが、ひとつの愛のカタチとして受け止めてほしい。
心得その1 昔ながらの日用品や伝統的な工芸品を取り入れる
登山道具は日進月歩で進化している。十年前と比べてみても、軽さも丈夫さも劇的に進化した。これは本当にすごいことだ。デザインもいいのが増えている。登山用品店やアウトドアショップに入ると、もうそれだけで気分が高まるし、財布の紐が緩んでしまう。そんな感じで、つい最新のギアに目がいってしまうのは当たり前のことだし、それはそれだ。
その一方で、山で使うに相応しい古めかしい道具というものもある。日本古来の日用品や工芸品といった、木材で作られている道具だ。言うなれば、ぼくらが登山を楽しませてもらっている「山」から生み出される道具である。変化のスピードが速い現代にあって、普遍的に変わらない日用品を再評価し新たなアレンジを試みることは、いまこそ必要な視点だとぼくは考える。
たとえば、竹細工でできた「菓子切り」はめちゃめちゃ使える。ぼくは山でコーヒーを飲むことが多いので、そのマドラー代わりとして超優秀。クラムチャウダーなどのスープをかき混ぜたりもする。もちろん菓子切りとしても用いる。行動食に持参した羊羹やカステラなどを切り分ける時こそ本領発揮、同行する山仲間にお裾分けができる。
テント泊で縦走した時などは、クッカーで作ったハムエッグをはがしたり、焼いたソーセージを刺す道具としても大活躍だ。旅先の木工品店で購入した、価格300円ほどの偉大な日用品。ぼくの山旅に欠かせない道具として、もう十年以上ともに過ごしている。
和歌山県の伝統工芸品である「皆地笠」は、特に暑い季節の低山や古道歩きにぴったりだ。平安のころから、熊野古道を詣でる人々に支持されてきた歴史的逸品である。
元は源平合戦に敗れ熊野の深山に隠れ住んだという平家によって生み出されたもので、身分の高低に関係なく愛用されたことから「貴賎笠(きせんぼ)」とも呼ばれる。まさにどんな人でも受け入れてくれるという蘇りの地・熊野で愛されるに相応しい、最良の山道具ではないか。
ぼくは聖山霊峰に入ることが多いので、そんな時に持参する。風が通るからとても涼しく、ちょっとした雨なら気にならない。素材のヒノキが放つ清々しい香りが、時おり鼻を抜けていく。そこがたとえ東京の山の杉木立だとしても、まるで熊野古道を歩いている気分になるのだ。そういうところも、ぼくの気に入っている。
伝統工芸品といえば「椀」だろう。京都で木工を営む友人から分けてもらったこの椀は、登山でお馴染のOD缶を意識して作られたもの。だから、一般的なクッカーにも収納できるところも洒落ている。
そういえば、ぼくの故郷・東北には漆器の名産地が多い。使い続けることで増していく艶とうっすら浮き立つ木目を楽しみ、傷んできたら漆を塗り直しながら繰り返し使う――。そんな風に道具を育むことは、山心・旅心を育むことにもつながっていく。
そんなわけで、山旅で訪れた地域に木工品のお店があったら、ぜひ覗かせてもらおう。そして、登山やキャンプなどで使えそうなものはないかと店内をじっくりと物色するのだ。これが実に楽しい。帰りに荷物が増えるパターンだけれど、まあ仕方ないと覚悟しよう。
心得その2 数値で自分のモノサシ(=基準)をつくっていく
まずはこれを見て欲しい。そう、われらがYAMAPのログだ。ある年の初夏に歩いた埼玉県の低山の山行記録である。この日の気温は最低23度、最高30.5度だった。歩き始めの気温が26度だったから、最初っから大汗をかきかき歩いたのは言うまでもない。
この山は起伏に富む岩稜と鬱蒼とした樹林が特徴の低山で、信仰と修行の山岳文化が色濃い。鎖場や固定ロープ、高度感のある岩尾根歩き、崩落した登山道(つまり崖)の登り返し、ヤブ漕ぎ、岩窟に石仏巡りなど、まあまあタフだが見どころも多く楽しい山だ。写真を撮りながらのんびり歩いて約5時間。持ってきた2Lの水分はほぼ飲み干した。下山後の体調はすこぶる良好で、体力的にはもう1ラウンドいける……と、当時のメモ帳にある。
なにが言いたいかというと、数値は自分の登山の力を把握するために役に立つ情報だ、ということ。なにかを想像したり判断することに有効な基準となるわけだ。
ぼくはある時期、さまざまな数値をメモしておき、自分の力の可視化に取り組んでいたことがある。特に小難しいルールを設けたわけではなく、メモ帳にざざっと記すだけの、完全なる我流の自己分析。しかしながら、その記録をとり続けたことによって、だいたいの「背負う重さ」「歩くペースと距離感」「体力が消耗するライン」などについて自分なりのモノサシ(=基準)を作ることができた。これ、人によってはすぐに役に立つから、ぜひ真似してほしい。
メモする内容=登山の可視化
①日付(ついでに天候や季節感も)
②山名(ついでに山域や山系もわかればベター)
③気温(その日の服装、持参した水分量と消費した量も)
④時間(一般のコースタイムと自分のコースタイム)
⑤距離(歩いた距離と、その道の状況や地形)
⑥標高(登りと下りの累積標高、または登山口の標高と山の標高)
⑦重量(荷物の重量と自分の体重)
①②③は、その時期その山域の服装や持参する水分量の目安になる。④⑤は、自分の登山の力を冷静に考察する場合に必要不可欠な情報。そこに⑥と⑦も加えるとなお良い。これがYAMAPを使えば①②④⑤⑥はすべて記録してくれるのだから便利このうえなしだ。あとは自分で③と⑦をメモすればOK。ひとまず自分なりのやり方でいいので、こういうことをメモしておこう。
③の気温は、こんな温度計で十分。コンパスとスケールが一体になっているタイプで、登山用品店に行けばだいたい置いている。正確に細かくとらなくても、だいたいの目安でよい。
⑦の重量は、こんな道具が便利だ。ホームセンターなどで2,000円もしないで手に入る。パッキングが完了したザックをフックにぶらさげて重さを量るだけだ。あとは当日にそれを背負い、どんな状態の登山道を、何時間かけて何キロ歩いたのか。そしてその結果、どんな風に疲れたのか、そういうことをメモしておく。
結果的に疲れたのなら、より軽くする工夫が必要だろうし、背負い方を変えたり、ザックを変えたりと、改善の打ち手がみえてくる。疲れずに歩けたのなら、次は距離を延ばしたり標高を上げたりすることで体力向上につながっていく。つまり、自分の力を数値で可視化することによって課題がわかり、その対策とか計画が立てやすくなるわけだ。これが定量的な数値化のメリット。個人的には定性的な情報も欲しいので、ひと言コメントを加えておく。
そうそう、いまなら体温も計っておくといいだろう。自分の体調管理のためでもあるし、新型コロナウイルスへの対策にもなる。仮に旅先で体調のことを質問されたとしても、毎日記録を付けておけば証明のひとつになる。自分の体調管理に対する姿勢を示すことにもなるだろう。
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これらの数値の計測は「よーし、やるぞ!」という強い意志がなければ、たぶん続かない。しかし、試しにノートに記してみてほしい。1座、5座、10座と記録し続けていくうちに、なんだか楽しくなってくる。さらにはエクセルなどで表組して集計しておくと、よりグラフィカルになって面白い。後から何かの役に立つかもしれない。まあ、単に見返すだけでも面白かったりするから、やってみて損はない。
心得その3 靴を磨く習慣がもたらすもの
自分の足を守ってくれる相棒、登山靴。ぼくは登山歴で言えば15年程度だけれど、その間、だいたい2~3回の山行ごとに相棒の手入れを怠っていない(たぶん)。とはいえ、特別なレクチャーを受けたわけでもないし、道具だってある意味で適当だ。会社員時代は毎週末ともなると革靴を磨いていた。その名残で、いまも使っているのはコロニルのクリーム。あとは温泉で購入したタオルと、汚れや埃を落とすブラシ。それだけ。
これらを用意して、傍らにコーヒーを置く。シュッシュと汚れを落としたら、クリームを塗りこんで、じっくりと磨き上げていく。たまにコーヒーを飲む。そうして30分くらいかけてツヤツヤに仕上げると、次なる山旅が楽しみで仕方なくなる。コーヒーの香りが山の時間を思い出させてくれもする。コーヒーをビールに変えるのもいいだろう。
静かに物事に集中するこの時間は宝物だ。ぼくの場合は、登山靴を磨きながらふと新しい気づきを授かったりもする。そんなところが、まるで登山と似ている。誰もいない山道をソロハイクしている時と似たような感覚になるのだ。いささか強引なこじつけかもしれないけれど、つまり、山に行けないときほど集中して登山靴を磨いてみようぜって話。そうすることで、山歩きをしているのと等しい時間を自宅に居ながら得られるというわけだ。
さあ、騙されたと思って、今週末にでも登山靴を磨いてみよう。いつも身体を張って守ってくれるあなたの相棒を愛おしむ時間だ。コロナの影響で山に行けない日々を過ごす人ほど、なにか感じるものが、きっとある。
心得その4 通える山=マイホームマウンテンをもつ
自分なりのモノサシ(=基準)を作るにあたって、もうひとつオススメしたいことがある。それは、何度も通える山をもつということ。マイホームマウンテンである。自分を知るべく何度も何度も歩いて、季節を変えて歩いて、慣れてきたら時間帯やコースを変えて歩いて。極端なようだが、目をつぶっていても迷わないくらいのコースを、2つ3つ持っておくことは、精神衛生上もいい。
どういうことかと言うと、マイホームマウンテンは最高のチューニング&トレーニングの場になるということ。同じ道を何度も歩くことで昨日までの自分と比較することができるので、いまの力量や身心の状態がわかるし、久しぶりに入山する場合はリハビリ登山にだって最適なのだから。
毎回同じコースを、いつもの装備で早く歩いてみる。時には荷物を重くしてみる。山での過ごし方を変えてみる。季節や、一緒に行く人が変われば、感じ方も違うだろう。そうやって山に慣れていく過程で、時間帯を変えてみる。もちろん、その山行はすべて数値で可視化、記録しておくのだ。
すると、自分なりのモノサシがどんどん精度を上げていくのがわかるだろう。こうなってくると記録も楽しくなる。体力と経験則が自分の中にゆっくり時間をかけながら定着していく。つまり、実力がついていくのだ。
もちろん、講座などで知識や技術のレクチャーを受けるのもいい。しかし、こういうことを“自分で考えてやる”人が歩む道は強いし、きっと明るい。いいか悪いかではなく、自分はどうありたいのか、ということでもある。
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さて、今回の偏愛論は道具を活かすために日々やっておきたいことや、定着させていくための心得などを書き出してみた。最新のギアだけではなく日本の文化から生まれた身近な日用品にも目を向けたり、憧れの高峰に行くばかりでなく身近な山で経験値を上げる自己鍛錬も織り交ぜたり。いずれも、よりよい明日の登山を描くための基礎力になると、ぼくは信じている。
ああ、それにしても全6回。まだまだ語りたいことはあるけれど、ひとまずここで第一章の役割を終えようと思う。みなさんの偏愛で、未来の登山がよりよいものになりますように。
さあさあ、次からの旅する道具偏愛論は、“第二章”として抽象から具体にシフトする。毎回ひとつの偏愛道具を取り上げて、その道具への愛やエピソードなんかを綴っていく予定。ということで、道具偏愛論者のみなさま、また近々、YAMAP MAGAZINEでお会いしましょう!
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文・写真
大内征(おおうち・せい) 低山トラベラー/山旅文筆家
低山トラベラー/山旅文筆家
大内 征
歴史や文化を辿って日本各地の低山をたずね、自然の営み・人の営みに触れる歩き旅の魅力を探究。ピークハントだけではない“知的好奇心をくすぐる山旅”の楽しみ方について、文筆・写真・講演などで伝えている。
NHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」コーナー担当、LuckyFM茨城放送「LUCKY OUTDOOR STYLE~ローカルハイクを楽しもう~」番組パーソナリティ。NHKBSP「にっぽん百名山」では雲取山、王岳・鬼ヶ岳、筑波山の案内人として出演した。著書に『低山トラベル』(二見書房)シリーズ、『低山手帖』(日東書院本社)などがある。宮城県出身。
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