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丹沢登山人気コース【塔ノ岳・大倉尾根】通称「バカ尾根」を行く
神奈川県の西北部に位置し、静岡県や山梨県へも裾野を広げている丹沢山塊。首都圏からのアクセスもよく、日帰りから本格的な縦走登山まで幅広く楽しめる山域として多くの登山者に愛されています。そんな言わずと知れた人気エリアの丹沢の知られざる魅力を独自の視点で教えてくれるのは、丹沢・みやま山荘小屋番や登山ガイドを務める根本秀嗣さん。自らも丹沢麓の「寄(やどりぎ)」に住み、公私ともに丹沢山塊を歩き尽くした根本さんに、「これぞ丹沢!」と呼べるおすすめコースを教えていただきます。第4回目は塔ノ岳の大倉尾根。丹沢屈指の人気コースをご紹介します。
目次
丹沢屈指の人気コース、通称「バカ尾根」ってどんなところ?
登山をこれから始めてみよう、というあなた。首都圏に住んでいるなら、アクセスに至便なコースがある。丹沢エリアの中でも高い人気を誇る塔ノ岳(1,491m)の「大倉尾根コース」だ。登り=標準タイム3時間半、下り=標準タイム2時間10分(いずれも+休憩時間)で登って来られる ”まず1本登りたい” コースである。
当コースは標高差1,200mもの尾根登りだ。通称「バカ尾根」などとも呼ばれているが、愛着を感じる登山者が多く、人気は高い。憎めないものほど、憎らしい渾名で呼びたくなるということだろうか。
人気の高さゆえ、ベストシーズンとなる春秋の週末は入下山者がひっきりなしになる。ちょっとした駅のエスカレーターや階段のような具合だ。交わし合う「こんにちは!」の挨拶が絶えない。
キツイのに人気なのはなぜ?
1. アクセスのしやすさと、登山基地の整備がいいこと
小田急線渋沢駅から多くの便数が出ている神奈川中央交通バス大倉行きに15分乗車し、終点「大倉」で下車。公営・民間いずれもの駐車場がある。大倉自体は川沿いで、広びろとした自然公園の入り口に立地し、川遊び・散策目的のファミリーにも大人気。大倉登山口はとてものんびりとした場所である。また、各種の展示で丹沢の自然が学べ、山の最新情報が得られる「秦野ビジターセンター」や、隣りの休憩所も便利。綺麗なトイレ、靴に付いた土を洗い流せる場所もあり、何かと快適なのである。
2. 高低差1,200mが登山トレーニングにぴったり
北アルプスでさえ、1,200mを登る尾根コースは限られている。それが首都圏の山にあるのだ。しかも、なだらかな土道だけでなく、上のほうに行けば岩稜部分やヤセ尾根があり、それなりに変化がある。さらに、富士山や相模湾を望む絶景のビューポイントが待っている。こうした訳で、より本格的な山へ向かう前にまず当コースで山の感覚を戻す、というスタイルも好まれている。
3. 四季を通じた季節感。特に新緑と紅葉が見事!
4〜5月の爽やかな新緑や、10〜11月の鮮やかな紅葉は、街に暮らす人の心を癒やしてくれる。また、冬山入門コースとしてもおすすめ。小屋が点在していて意外と人通りも多いため、比較的安心感をもって踏み出せることだろう。
木道の背景を知っておこう
大倉尾根に通うようになると、知り合いや山友が増えたり、山小屋ごとの個性が楽しめたり、色々といい面があるが、逆に悪い面も出てくる。最大の短所は「無数の階段を登り降りさせられること」だろう。
昭和中頃の登山ブームや、国体の登山競技コースに利用されたことにより、丹沢にはどっと人がつめかけるようになった。そのために荒廃した登山道を保全し、さらなる山の疲弊を防ぐ目的で、どんどん木段が増設されて今に至る。大倉尾根の階段は、登山の大衆化がもたらした負の結末であり、一つのシンボルでもある。自分たちが関わる環境に対しても意識を向けつつ、遊ばせてもらおう。
「初めての大倉尾根」は、紅葉の時期がおすすめ
初めての大倉尾根でお勧めしたいのは、やはり紅葉ハイクだろう。朝夕の冷え込みが増してきた9月下旬ごろからスタートする葉の色づき。稜線部など高いところからチラホラと紅葉が始まる。丹沢の紅葉はブナやカエデ類の高木ほか、中ぐらいの木でも黄色が多い。10月中旬ごろに高標高の樹々の黄葉が盛りをむかえ、標高1,000〜1,200m位の中間ゾーンにおけるブナの黄葉は11月上旬くらい。11月中旬以降は、当コース下部の標高600〜800m付近のイロハモミジが赤く染まり出す。赤やピンクなどの熟した木の実も艶やかに見られるようになる。そして、降雪もありうる12月始めごろまで紅葉狩りのシーズンは続く。
新緑は4月頃からスタートとなる。こうしたベストシーズンの春や秋は、汗をかきにくく爽やかだが、朝晩の冷え込み対策が必須。フリース・ダウン等の防寒具、ニットキャップ・グローブ・ネックウォーマー類は、必ず持ち物に加えること。降雨・降雪の対策も同じく大事。動きやすいレインウェアを携行しよう。
見晴茶屋まではウォーミングアップ
さて、持ち物確認が完璧なら大倉を出発だ。
登りの車道を歩き始めて約10分で道は二股となる。ここが登山口。左を行こう。「丹沢大山国定公園」の柱の隣りに大きな地図。山域内の主要地点ごとに設けられた概念図だ。丹沢山塊の概念を読み取れるようになっている。
登山開始してから約30分後に、早くも最初の「観音茶屋」が現れる。ここと、そこからやはり30分後に出てくる「見晴茶屋」の2地点は、スタート後の調子を見つつ、いづれかで休んでいきたい休憩適所だ。ウェアの量が多い少ないなどの調整が必要なこともあろう。まだ傾斜は緩めだが、足下に敷き詰められた石ころで転ばないよう、足運びに意識を向ける。また、両茶屋の間にある分岐は、左右どちらを取っても支障無く、右を行けば相模湾方面の展望が楽しめ、左を行けば山域唯一テントが張れるキャンプサイト広場を通っていく。いずれも「大倉高原山の家」という名前の中間小屋が営業し賑わいを見せていたが、2017年11月に営業終了となっている。2本の道が合流する地点は「雑事場平」。テーブルが2基あり、小広い。ここを休憩ポイントとしてもいい。休憩適地に恵まれたコースである。
雑事場平~見晴茶屋間は、植林の下を行くストレートな道。杉並木街道のようである。
見晴茶屋の前からは、名前の通りに江ノ島方面の海や平塚、茅ヶ崎の方を見渡せる「見晴らし」がある。晴れていたらぜひ堪能して行こう。
駒止茶屋へ向けて急登を進む
この後、いよいよ急登が始まる。足下は乱雑に散らばった岩礫の道だが、整備されてステップが拾いやすくなっている。みずみずしい新緑の頃は、木漏れ日がキラキラして心地よい。いよいよ木段道が増えてくる。見上げると根負けしそうになるが、これに慣れていくしかない。
急登に次ぐ急登を終えると、平坦で2列の木道を心地よく歩ける道になる。その後しばらくで、道標に「一本松」と書かれた地点に着く。急登から一本松の前までは、11月下旬~12月上旬にイロハモミジの紅葉が見事な場所が続く。地面に降り積もった落ち葉の絨毯も赤い。有志の手で植えられた、モミジ並木である。ここまでで3km歩いてきた。塔ノ岳へはあと4km。
緩やかさを取り戻した登り。その後、テーブルが3基置かれた心地よい広場に出て、そのまま幅の広い真っすぐ道を歩く。カラダに抵抗感が無く、山の中を散歩してるような気軽さ。周囲が雑木林なので爽やかだ。その後もゆるゆるとした散歩道。これまでのご褒美にあずかっているようなセクションである。
「駒止茶屋」手前は、一変して手ひどい階段地獄だ。周囲もヒノキ植林で遮られる。観念して地道にこなそう。駒止茶屋の上、少し登ったところから右側の展望が開ける。木の間から窓越しに見えているのは表尾根。ヤビツ峠から塔ノ岳へ続くギザギザとしたシルエットだ。三ノ塔や烏尾山、行者ヶ岳などが分かるだろうか。こちらを向いた山肌は急峻。沢登りの各コース、その中間尾根などがあって結構いかつい。
堀山の家までは平坦な道
駒止茶屋から次の「堀山の家」までは、当コース中でもっとも心休まる平坦なセクション。実はここ、毎年力自慢の男たち(女性も)が熱い戦いを繰り広げる「丹沢ボッカ駅伝競走大会(略して”ボッカ駅伝”)」の第3区に指定された区間だ。”ボッカ”とは、重い荷物を人力で運ぶ仕事のこと。平坦かつ短距離ゆえのスピード区間なので、40kgを背負いながら時速5~6キロを出す場所だ!! 6月あたまに開催されているので、観戦してみてはいかがだろう。大倉尾根にちなんだイベントとしては他に、山開きが行われる「秦野丹沢まつり」などがあり、人気の山域らしく大小さまざまに開催され、話題となっている。
左手の植生が開き、富士山が望めるビューポイントを過ぎると、堀山の家。昔の山の家のような佇まいで、落ち着いた風情である。ここでは甘酒、おしるこ、ココアなど寒い時期に飲みたいものを販売。手前の小広場「小草平」で、ここから激しさを増す登りに備えて休憩を取ろう。標高は960mで残りの高度差は約550m。まだまだ登らなければならない。
ガレ場と長い階段を越えて花立山荘へ
堀山の家を過ぎるとガレ場が始まる。そして長い階段。そしてまたガレ場…。トドメに300段を超える階段地獄が襲いかかる。ガレ場の浮石は「落とさない、つまづかない」注意しよう。地獄も上部になってくると、周囲の木が低くなってきて展望が得られるようになる。ただ、体力精神面でかなり蝕まれる区間なので、ひたすら辛抱。
階段地獄の果てに「花立山荘」が建つ広場に飛び出す。標高は1,300m。もう、冬場なら雪が積もることの多い高度だ。塔ノ岳までの高度差は200mを切った。山荘は紅白のかわいいカラーリング。夏はかき氷が、冬はおしるこ・豚汁などが人気。さあ、振り返ってみよう。広がる相模湾の海。伊豆大島や伊豆七島も見える。富士山は言わずもがな…晴れていれば大パノラマだ。
塔ノ岳山頂へ
十分休憩し、ここからラストの頑張りだ。山荘の横から、足場の良くない階段とガレの急坂に取り付く。登り終えて、360度パノラマが得られる「花立」へ。木道を快適に歩く。
花立の後、道の整備が行き届いたヤセ尾根箇所を通過。鍋割山への道「鍋割山稜」を分ける「金冷シ」の道標には、ゴールまで距離あと600mと示されている。最後は重い足を引き上げて最後の階段登り。
飛び出した塔ノ岳山頂は、円形の大きな広場である。奥に尊仏山荘。初めての大倉尾根はキツかっただろう。いや、何度来てもキツさに変わりはない。今夜は山荘に泊まって夜景の大パノラマを堪能するのはいかがだろう。東京湾方面から上がってくる日の出も格別だ。やはりこの尾根、憎めない存在である。
山の仕事人/GHT project リーダー
根本 秀嗣
20代から山登りを始め、2007年まで丹沢山みやま山荘に勤務。その前後の海外遠征でマッキンリー、未踏峰チャコなど6千メートル峰の登頂。ヨセミテのビッグウォール『The Nose』登攀。2007年から登山ガイドとして独立。丹沢エリアはもちろん、中部山岳地帯や、関西・東北の一部など全国各地にて登山ガイド業務を経験。また、ボッカ、自然環境調査員、ロープアクセス、特殊伐採も経験。2014年5月には、ヒマラヤを貫くロングトレイル「Great Himaraya Trail (GHT) 」を踏査する日本初のプロジェクト「GHT project」を立ち上げ、以降リーダーを務める。プライベートでは2016年、丹沢山塊の麓「寄地区」に家族3人で移り住み、2019年3月に炭焼きの再生を目指すグループ「仂」を立ち上げた。丹沢山みやま山荘小屋番にも復帰。 自らの好奇心を活かした生業を営む。時々、旅に出掛けながら、自然・文化・民俗に基づく暮らしを志している。
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