投稿日 2026.10.19 更新日 2026.10.19

楽しむ

エベレスト山頂手前での勇気ある撤退|YAMAP AWARDS よくぞ帰ってきてくれました部門・mmさん

YAMAPユーザーの中から、山の環境整備や活動日記で個性が光ったユーザーを表彰するYAMAP AWARDS特別推薦賞。

「よくぞ帰ってきてくれました」部門を受賞したのは、埼玉県在住のmmさん。エベレストの山頂まであと1時間というところで自分の身体と向き合い、撤退を決断した勇気がたたえられました。mmさんに、世界最高峰での体験と自分の限界と向き合ったときの様子を聞きました。

目次

YAMAPユーザーの中から、山の環境整備や活動日記で個性が光ったユーザーを表彰するYAMAP AWARDS特別推薦賞。

「よくぞ帰ってきてくれました」部門を受賞したのは、埼玉県在住のmmさん。エベレストの山頂まであと1時間というところで自分の身体と向き合い、撤退を決断した勇気がたたえられました。mmさんに、世界最高峰での体験と自分の限界と向き合ったときの様子を聞きました。

山仲間に触発されエベレストへ

埼玉県在住のmmさん(62)、登山歴35年。2024年マナスル山頂にて

── まずはエベレストにいたるまでの登山歴を教えてください。

mmさん 会社に入ったときに登山を始めたので、登山歴は20代半ばからで現時点で35年ぐらいになります。学生時代は、ワンダーフォーゲル部が練習しているのを見ても、あんなに辛そうなことのどこが楽しいんだろうと全く興味はありませんでした。会社に入ったとき、山に登っている先輩から誘われ、先輩の誘いを断るわけにもいかず、大雨の丹沢に登ったのがきっかけです。

どこまで行ったのか全く覚えていないのですが、嫌になることはなく、その後も先輩に誘われたら行くという感じで登るようになりました。それからは会社で、「山やるんだって?」と、他の部署の人やいろんな人に誘われるようになって、けっこう行くようになりました。

── 山に登る人が多い会社だったんですね。

mmさん 最初に配属になったのが開発部だったんですが、そこに山岳部があったんです。それで山をやってる人が多かったですね。テニス部や将棋部もあって、みんないろいろやっていました。ただ、部には入らなかったんです。基本的に積極的にやるタイプじゃなかったんで、誘われたら行く程度でした。

── 誘われて行く程度だったのが、自主的に行くようになったきっかけは?

mmさん 最初に誘ってくれた先輩と何度か行くうちに、「今度は1人で行ってごらん」と言われて、ひとりで八ヶ岳でテント泊をしたんです。すごく達成感があって、ひとりで登るのもいいなと思いました。

先輩に連れられて登った山が日本百名山だったのでチェックをつけていたんですが、それからはひとりで百名山を目指して登り始めて、どハマりした感じです。

ナムチェバザールでお世話になった人に会いに北アルプスの燕山荘へ

── そこからエベレストへつながったきっかけは?

mmさん 登山の最終目標はエベレスト、といった感じで頑張っている人もいると思うんですが、私がエベレストに行くことになったのは、山仲間との飲み会がきっかけでした。

年に何回か、山小屋や温泉宿に集合する山仲間がいるんです。そこで集まって飲むわけなんですが、その中に前からエベレストを目指しているBさんがいて、秋に一緒に飲んだとき、次の春にエベレストに登ると聞いたんです。

Bさんと飲んでいたとき、酒を飲んで気が大きくなっていたのか、「僕も来年の春、一緒にエベレスト行く!」と言ったみたいなんです。翌日には覚えていなかったんですが、けっこう熱く語っていたみたいで、がっつり握手している写真も見せられました。

「しまったなー」と思って、1ヶ月ぐらいは、どうしようかと考えていました。

── Bさんから、本気かどうか念押しが入ったんですか?

mmさん それが「言ってたよ」というだけで、エベレストに登る1ヶ月前まで何も聞いてこなかったんですよ。「申し込んだの?」とかも全く聞いてこなかったんです。

催促しちゃいけないなと思い、選択は本人に任せようとしていたみたいです。ただ考えているうちに、そのときに語っていたことを少しずつ思い出してきました。

「行けるチャンスが今あるのに、体力が落ちて行けなくなって後で後悔するのは嫌だな」と熱く語ってたみたいなんです。やっぱり申し込もうと思い、エベレスト行きを決めたのは出発の数ヶ月前でした。

プロペラ機でルクラへ向かう

ルクラの街並み

── その山仲間は、会社とは別の方達なのですか?

mmさん 2019年に南米のアコンカグアに登ったんですが、そのツアーで一緒だった人たちです。年に1回集まっていたのですが、エベレストのときは年3回集まりました。

── 行くと決めたときの周りの人たちの反応はどうでした?

mmさん 特に心配はされなかったです。山仲間は壮行会をしてくれました。ただ、別の趣味で将棋もやっているんですが、その仲間には何も伝えずに行ったので、「2ヶ月もどこに行ってたの?」という話しになりました。「山登りをやってて、エベレストに行ってたんだ」と言うと、まさかそんなところまで行く人だと思わなかったと驚いていました。

今回、エベレストに行った3人のうちの1人も将棋ができるんですよ。現地にも将棋の駒を持っていって、キャンプ2(C2)で将棋をしていました。最後のサウスコルのキャンプ4(C4)では暴風で停滞を余儀なくされて暇だったので、酸素ボンベを装着して将棋を指していました。8000mで将棋対局をやった人はほかにいないかもしれないです。

キャンプ4での将棋対局

仲間と強力なサポートに支えられ

── エベレストではどこかの隊に入られたのでしょうか?

mmさん アドベンチャーガイズという山岳ガイドの近藤謙司さんの隊です。近藤さんは一般の人をエベレストに登らせることを生きがいにしているような人です。ただ、我々が行ったエベレスト隊では、近藤さんはC2までしか行かないと言われていて、我々がC3に上がるときはベースキャンプに下がって見守ってるから、と言われました。

── 半年で準備は万全にできたのでしょうか?

mmさん 春に出発する半年前の9月にマナスルに登ったんです。装備はエベレストとほぼ一緒で、新たに買うものはそんなになかったので大丈夫でした。

── マナスルはそのお仲間と一緒だったんですか。

mmさん エベレストに一緒に登ったのは3人だったんですが、ひとりはさっきのBさんで、もうひとりはマナスルのときに一緒だった人です。

── 気心が知れた仲間でいいですね。ベースキャンプの様子からお伺いできますか?

mmさん 1000人ぐらいの人たちがテントを張って住んでいて、1つの村のような感じでした。標高が高いだけで人がたくさんいるので、安心感はありました。

賑やかで、のんびり過ごしていた感じです。登山家の倉岡裕之さんが何人か連れてエベレストに登りに来ていたので、そのテントに遊びに行ったりとか、野口健さんの親子も高度順応のためにベースキャンプに来ていて、近藤さんのテントを訪ねてきてくれたのでお話しできたりしました。

エベレストのベースキャンプ

── 活動日記に、シェルパが叱咤激励してくれたような部分がありました。

mmさん けっこうSなんですよ(笑)。体力もあるし慣れてるからどんどん登って行っちゃって、上から「早く来いよ」とか、「待ってるの寒いよ」とか言って、モタモタ歩いてるところを叱咤されながら上がっていた感じでした。

── やっぱり彼らの身体能力はすごかったですか?

mmさん 酸素ボンベは途中で中の酸素が無くなってしまうので予備を持っていかないといけません。それはシェルパが持ってくれるので、多分ザックの中に自分と僕の予備を2つ持っているのですが、それでもサクサク上がって行っちゃう。僕がちょっと苦労していると上から引っ張り上げてくれるし、力持ちだし、経験が豊富なのでかなり頼りになります。

── 会って間もない、言葉もそこまで通じない相手に自分の命を預けるような場面もあるわけですよね。シェルパとの関係はどんな感じなのでしょう?

mmさん アドベンチャーガイズが現地で雇っているグレイシャー・ヒマラヤという会社のシェルパさんは、けっこう日本語を話せるんです。そういう人をアドベンチャーガイズがピックアップして雇ってるのかもしれないんですが。ひとりずつシェルパが付くのですが、みんな日本語を話せます。

── それは安心ですね。

mmさん 今回、私に付いてくれたシェルパはマナスルでも一緒だったんです。あのマナスルに登れたから、やっぱり彼を付けようとなったんだと思います。

マナスルにて急斜面を懸垂下降する。C2からC1へ高度順応中

マナスルとエベレスト

── マナスルのときとの違いはどんなところで感じられましたか?

mmさん 基本的にマナスルもクレバスや氷壁はあって大変だったり怖かったりはしたんですが、エベレストの方が、例えばアイスフォールなんかはスケールが違って迫力があるというか、圧倒される感じでした。

マナスルのときは、アルミのハシゴをかけているところは1か所しかなかったんです。しかもひとつのハシゴだけでした。エベレストは何箇所もハシゴがかかっているし、3段連結したハシゴだったりするんです。そうすると、ちょっとしなるんですよね。

── ハシゴが3つ連結してあるんですね。

mmさん 鉄のハシゴと違ってアルミなので柔らかいからしなるし、真ん中でひねりが入ったりするんです。勘弁してよって感じでした。

── そこをアイゼンで歩くんですよね?

mmさん そうですね。滑らないように歩くのが緊張したし大変でした。マナスルも急斜面はあったんですが、そこまで長くはないんです。エベレストは、最大斜度が70度ぐらいあるローツェフェイスという斜面をずっと登っていくので、体力的にもかなり疲労しました。

高さもマナスルより700メートルぐらい高いので、近藤さんからは、「マナスル登ってもうひと山登る覚悟で行け!」と最後に送り出されました。その通り、体力的にも精神的にもかなり消耗する場所でした。

── マナスルに登っていたことで、自信であったり安心材料というのはあったのでしょうか?

mmさん 基本的にアドベンチャーガイズでは、エベレストは8000メートル峰に登った人じゃないと参加できないんです。8000メートル峰に登ることでアッセンダー(登はん器具)を実践で使っているし、酸素ボンベも使っているので、その経験がある安心感はありました。

三段連結のアルミのハシゴを登る

死の恐怖と向き合った決断

── 撤退を決めたときの状況や気持ちを伺えますか?

mmさん 最終アタックは、サウスコルとよばれる7900m地点のキャンプ4(C4)のテントを夜の8時に出発しました。真っ暗でしかも曇っていたので、星も見えません。それまでは5本指のグローブでしたが、そこからはミトンに変えて、さらにゴーグルも付けるぞ、となって、新たに2つの装備が加わりました。

風がすごく強かったため、前日に20人ほどいたロシア隊は全員下りてしまい、その日の8時に出発するのは我々3人だけだったのですごく心細かったです。

真っ暗な中をひたすら急斜面を登っていくので不安もあったのと、それが延々と続くため、だんだん息が上がって休んでも息が整わなくなってきたんです。ずっと深呼吸をしていないと落ち着かなくて、30分ぐらい休みたいような疲れでした。

息が上がる中、無理をして登っていったんですが、ちょっと無理かなと思い出したところでシェルパに、「あと2割登ればいったんピークに着くから」と言われて、とりあえずそこに行って考えようと話しました。

南峰というピークまで登ったところでシェルパに、「ちょっと待って。ここから先に行くかどうか考えさせて」と伝えました。

シェルパは、あと1時間だから行けると言っていたんですが、私はこの南峰まで上がってくるのにも最後の力を振り絞って登っていました。このまま先に進んでいいものかとかなり考えていたんですが、シェルパはヒラリーステップに向かって先に進み始めてしまったんです。それを追いかけていって、「もうちょっと待って。考えさせて」と言いました。

頂上まではあと1時間だから行けるかもしれないけれど、下りで力尽きてしまいそうだと考えてしまったんです。行けるけど帰りに力尽きて死んでしまうかもと。

キャンプ4(C4)から望むエベレスト南峰(8749m)

── そこまで考えてしまうくらいだったんですね。

mmさん 活動日記にも書いたんですが、C4に上がってくる途中のロープに、ぶら下がって死んでいる人がいたんです。こっち側を向いて倒れていたので、おそらく下りで力尽きたんだと思います。

自分もああなってしまうかもと頭に浮かんでしまい、「ここまでにしておきます」とシェルパに伝えました。彼もちょっと残念そうでした。

ほかの2人は、私が考えている間に登って降りてきたんですが、私が待っていた場所の少し先にも2体ほど遺体がぶら下がっていたそうです。残念でしたが死の恐怖があったので諦めました。

── その遺体を見ていなかったら無理して登っていたかもしれないですか?

mmさん 突っ込んでいたかもしれないですね。ただ、行きたいという気力よりも体力的にどうかなというところが大きかったです。実際に下り始めたときにも、途中で滑ってこけたりを繰り返しながらヘロヘロになって下りてきたような感じでした。

氷壁の際を歩く

── エベレストに登るのに必要なのは、もちろん体力も強いメンタルも必要だとは思いますが、mmさんからすると人間の要素で何が一番必要だと思われますか?

mmさん 事前のトレーニングでは、あまりたいしたことをしなかったんです。筋トレとか、せいぜい丹沢を登るぐらいで。だからもう少し体力をつけて、もう少し激しい運動をして心肺機能を高めるようなことをしていれば登れたかもしれないですね。最後のサミットプッシュのとき、私がモタモタしてる間にほかの2人はサクサク行っちゃいましたからね。

── 他の2人はmmさんから見て、通常の登山でも体力や技術がある感じでしたか?

mmさん Bさんは高いところに強いんですよ。アコンカグアのときもそうだったし、今回のエベレストのときもそうなんですが、ベースキャンプに着いたときは青い顔をして息が辛いとか言って寝込んじゃったりしているんですが、上のC1やC2行くとスイッチが入っちゃって、俄然元気になってるんです。

僕は食欲がなくなっているのに、バクバク食事をしておかわりまでしてたりして。体質なのかもしれないですが、高所に強い人ですね。

もうひとりは、国内でもしょっちゅう山に行っていて、山慣れしている感じです。アッセンダーなんかサクサク使って登っちゃうし、下る時も、僕はエイト環を使ってゆっくりゆっくり降りるんですが、彼はエイト環を使わずにそのままサクッと降りてました。

キャンプ3(C3)からキャンプ2(C2)へ。ローツェフェースでの懸垂下降

自分の限界を知る

── 高度順応はどうでしたか?

mmさん C2より上に行ってから食欲がなくなってきて、固形物があまり食べられなくなりました。ゼリー飲料やスープのようなものしか受け付けなくなってしまったんです。

ちゃんと食べていればまだ体力が続いていたかもしれないですね。ラーメンもガンガンは食べられないんですが、何回も噛んで柔らかくしたらなんとか飲み込める感じでした。

食欲自体もないけれど、固いものを受け付けないお腹になってしまっていて、無理をするとプッと吹き出しちゃうんですよ。そのぐらい入らなくなっていました。

ベースキャンプで記念撮影をする人々

── 戻ろうと思えたのは、そのときに思い浮かんだ、例えば家の様子であるとか、mmさんを引き戻してくれたものが何かあったのでしょうか?

mmさん とにかく息が整わないので、ちょっとこれ以上進めないなっていうところがありましたね。もう疲れたっていうのかな。

── 自分の限界を感じたということでしょうか?

mmさん 感じたのかもしれないですね。ギリギリまで頑張って南峰まで行ったので。これ以上はちょっと頑張れないかなというところがありました。ただ、そこで1時間ぐらい休めたらちょっと考えたかもしれない。

── それは時間的に無理だったんですね。

mmさん 後から考えると、そのぐらい休んでもよかったような気もしました。よくヒラリーステップで渋滞している写真とか見るじゃないですか。あんな状況になっていれば休めたから行けたかもしれないなと。今回は我々しかいなかったため、どんどん行けちゃう状態だったので。

キャンプ1(C1)まではクレバスを何度も越える

空気のありがたみを感じる体験

ナムチェの街並み

── 実際にエベレストに行ってみて何が一番違うというか、良かったのはどんなところですか?

mmさん やっぱり空気が薄いという経験ができたのは非常に良かったですね。空気のありがたみをすごく感じました。最初に登ったアコンカグアのときもそうなんですが、5000mを過ぎると深く息をしていないとすぐにハアハアして息が上がって大変なことになってしまいます。

7000mぐらいまでは酸素ボンベをつけない状態で歩くのですが、1歩ずつゆっくりゆっくり歩いて深く息をしながら行かないといけません。写真を撮るときに一瞬呼吸を止めただけでもハアハアしてしまいました。空気のありがたさが分かったのはいい経験になりました。

アコンカグアに行ったときも、本当に自分で行けるのかなみたいなところがあったのですが、そこからマナスルに行って、エベレストへ行ったりすると、アコンカグアぐらいだったら軽い気持ちで行けるような感じがします。今回のエベレストのときみたいな緊張感は、経験でなんとか克服できるような感じになってきました。

ナムチェに向かう最後の吊り橋「ヒラリーブリッジ」。エベレスト遠征の後にも妹さんとエベレスト街道を歩いたmmさん

── 最後に、いつかはエベレストに登ってみたいと思っている人に一言いただけますか?

mmさん 頂上に立てるかどうかはともあれ、とりあえず健康でありさえすれば、近藤さんのように一般の人をエベレストへ連れていってくれる人もいますので、きっと登れます。年齢を重ねて体力がなくなってから後悔するよりは、絶対に前に進めて行くことを目指した方がいいかなと思います。

標高6050m付近の地点にあるC1

***

先輩の誘いで山の世界に入り、友達に背中を押されエベレストへ。自分ひとりでは到達できなかった世界は、自分と真剣に向き合わなければ危険な世界でした。登山では、自分を知ることも大切なバックアップなのだと感じたお話でした。撤退する勇気はどんな山でも忘れずに持っていたいですね。

mmさんのアカウント
YAMAP:mm

YAMAPが運営する登山・アウトドア用品の
セレクトオンラインストア

すべての商品を見る

記事が見つかりませんでした。

すべての商品を見る