投稿日 2026.01.15 更新日 2026.02.05

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クマ研究者に生質問!山﨑教授とあなたの「クマ観」をアップデート【Think Inプロジェクト #01】

日本各地でクマによる人身被害が相次いだ2025年。多くの人が「これまでとは違う何か」を感じたのではないでしょうか。ニュースやSNSでは、集落や市街地に現れるクマの映像が繰り返し流れ、不安と戸惑いが一気に広がりました。

そんな中、国内クマ研究の第一人者である東京農業大学・山﨑晃司教授を招き、ヤマップはライブ配信 「山﨑教授とあなたの『クマ観』をアップデート」 を年末に開催。

今回のイベントで取り上げられたのは、登山者が知っておくべきクマの生態、集落と山での事故の違い、そして「遭遇したとき」だけではなく、そもそも「遭わないために何ができるのか」という、冷静で実践的な視点です。

本記事では、参加者から寄せられた質問に対する山﨑教授の解説をもとに、近年のクマ被害をどう捉え、そして登山者としてどのように自然と向き合うべきかを整理します。

これからも山を楽しみたい方に「正しいクマの畏れ方」をお伝えします。

目次

クマによる人身事故が起きたのは「山」ではない

環境省の速報値によると、人身被害件数は、過去最多の214件、死亡者は13人にのぼり、過去最悪の結果となりました。

しかし、山﨑先生は冷静に指摘します。

「事故の多くは、9月以降、集落や市街地で起きています。つまり、山での事故が急増したわけではないのです

登山中の事故と、生活圏での事故は、原因も構造もまったく異なります。登山中の事故は「本来クマの生活圏に人間が入っていくこと」で発生する遭遇リスクであるのに対し、生活圏での事故は「人間の生活圏にクマが降りてくること」で起きる、人間側の環境変化や土地利用と深く結びついた現象だからです。この二つを混同すると、対策を見誤るため、分けて考える視点が非常に重要です。

知床・羅臼岳での事故が示唆するもの

2025年8月には知床・羅臼岳で登山愛好家を震撼させる痛ましい事故も起きました。26歳の登山者がヒグマに襲われ、亡くなったのです。

ただ、実はこの事故には予兆がありました。事故の4日前(8月10日)に子グマを2頭連れた母グマの目撃情報が登山者から寄せられていたのです。

また、12日にも単独の成獣サイズのヒグマが登山者に接近しては離れるという行動を約5分間繰り返していました。そのため、知床の野生動物管理に携わる知床財団などでは12日午後、登山者に対して看板を設置して注意を呼びかけていましたが、登山道の閉鎖までには至っていませんでした。

さらに、羅臼岳の人身事故について、山﨑先生は慎重に言葉を選びながら振り返ります。

「事故当時、被害にあった登山者は、仲間とかなり離れた距離で、速いペースで歩いていました。もし2人が一緒にゆっくり歩いていれば、避けられた可能性はあったかもしれません」

現場で完璧な判断をすることは、誰にもできません。しかし、教訓として言えるのは「単独行よりも複数人で行動した方が、事故に遭う確率は下がる」という事実です。

クマの生態を正しく知る

現在、日本に生息しているクマはヒグマとツキノワグマの2種類のみ。ヒグマは北海道に、ツキノワグマは本州各地に生息しています。

山﨑先生によると、ヒグマは体が大きく、行動に「余裕」があり、好奇心から人に接近することもありますが、ツキノワグマには好奇心から行動することはほとんどないとのこと。

クマで注意が必要なのが「ブラフチャージ」という威嚇行動です。数十メートルを一気に走って接近し、急停止したり方向転換したりする行動ですが、人間には本当の攻撃との見分けがつきません。

だからこそ、ブラフチャージを受けた際でも、背中を見せて走って逃げることは避けるべきです。なぜなら、逃げるものを追いかけたくなる習性を刺激してしまうためです。

そしてクマは冬眠中、完全に眠っているわけではなく、外部からの刺激があればすぐに目覚めます。長い場合は、11月から3月くらいまで約5カ月冬眠しますが、筋肉は衰えないため、冬眠明け直後でもすぐに走れます。つまり「冬眠しているから安全」とは言い切れないのです

また、クマは学習動物です。人間を避けないメスがいれば、子グマは母グマの行動から学びます。餌場や移動ルートも「伝播」していくため、人間の存在や生活圏に対する警戒心が弱く、集落環境に適応できる新世代のクマが登場しています。

なぜクマの分布域は広がっているのか?

山﨑先生によると、クマの分布域が広がっているのには以下の理由があります。

バッファゾーン(緩衝地帯)の消滅

バッファゾーンとは、人の生活圏とクマの生息域の間に存在している里山・農地などの「緩衝地帯」のことです。かつて1940年代ごろまで、里山は炭や薪、鉱山開発などではげ山になっていました。しかし、いまではそうした里山も森に戻り、クマにとっても住みやすい環境が増えています。

山﨑先生は「バッファゾーンがクマと人の棲み分けに役立っていたことは確かだとしても、これから新たに創設することは簡単ではありません。それに代わる境界線を策定する必要がある」と指摘します。

生態系の変化(シカの増加)

ニホンオオカミの絶滅による、シカの異常繁殖も影響しています。シカは森の下草を食べつくしてしまうため、クマが食用とする植物もなくなってしまいます。結果として、クマの分布域が集落へと広がった可能性があるのです。

狩猟圧の低下

かつては「巻き狩り」や4月~5月に行われる「春狩り」により、クマには狩猟圧がかかっていました。しかし、猟師の高齢化により、狩猟圧が低下し、クマが人を恐れなくなってきていることが考えられます。母グマが人間を恐れなければ、それを見た子グマも学習するため、その傾向はますます強くなります。

山﨑先生によると、登山者がどれだけたくさん山を歩いていても「クマが嫌な思いをする」ことにはならないため、クマたちにプレッシャーをかけることにはならないそうです。

クマに遭遇したユーザーの活動日記より

YAMAPの活動日記から山でクマに遭遇した場面を山﨑先生に検証してもらいました。

立山

展望台から浄土山に向かう分岐でクマに遭いました。山﨑先生によると、森林限界の上は柔らかい草本があるため、クマが雪が溶けた雪渓の際などに山菜やハイマツの実などを求めて上がってくることがあるとのこと。このように、北アルプスのクマは夏は3000mくらいまで上がり、秋になると下におりる「垂直移動」をします。

人に接近してくるクマでなければそこまで過度に警戒する必要はないですが、引き返したのは正解だと思います。

爺ケ岳

コメントによると、テント場内でクマがうろうろ、テントを引っかくなどしたらしいですが、テント内に侵入することはありませんでした。

山﨑先生によると、クマの嗅覚は人間の数万倍、テント内の微量なにおいもかぎ分けた可能性が高いそうです。そのため、クマの生息地でテント内に食物を残すのは危険であり、アメリカではテントから100mくらい離れたところに食料を置き、さらに100m話したところで調理するのが一般的。

日本でも今後、公園管理者がフードコンテナを導入したり、登山者が携帯コンテナや密閉容器にいれるなどの対策も必要になってくるでしょう。また、こうした情報をそのままにしておくと人身事故につながりかねないので、関係機関に通報することが重要です。

赤ぼっこ

奥多摩の赤ぼっこ山で遭遇したクマは藪の中からじっと見ていて鈴を鳴らしても逃げませんでした。登山をあきらめ、下山後、近くの自治体(青梅市)にクマとの遭遇を連絡したそうです。

山﨑先生によると、さらにチェックしたいポイントとして、クマが異常行動をしているかどうかも確認が必要とのこと。威嚇行動をするときには「キャッシング」といい、鹿の死体などを自分のものとして土や枯れ葉をかけて守っていることがあるため、その場合は絶対近づいてはいけません

山でクマと遭った場合にどうするのが最善なのか?

ライブ配信中、多くのユーザーから「山でクマに遭った場合の対処法」について質問が寄せられました。

クマ鈴は有効なのか

中でも多かったのは、伝統的に正しいとされてきた「クマ鈴」に「効果がない」あるいは「クマを惹き付けることになる」のでは?という不安でした。実際に遭遇した際に「クマ鈴」や「ホイッスル」を使ったものの、クマは無反応だったという声もあります。

山﨑先生によると、「クマ鈴」そのものがクマを惹き付ける事例は国内では今のところないとのことですが、クマが登山者の荷物の中の食べ物を認識し「人=食物」と学習している場合には、効き目がない可能性もあるようです。

また、近年、多くの登山者が「クマ鈴」を付けているため、クマがすでに慣れてしまっていることも考えられます。だとしても、山﨑先生の最終解は「持たないよりは持っていた方が良い」でした。

ちなみにこれまで幾多の困難を切り抜けてきたと思われる山﨑先生は「クマ鈴」は持っておらず、クマがいそうなところに行くと手をたたいたり、声を出して対応しているそうです。

クマにやさしく話しかける方法は?

北米などで推奨されている「クマにやさしく話しかける」方法はどうなのでしょうか?

山﨑先生は言います。

「私は話しかけたことがないので分かりません。ただ、推奨されている理由の一つは自分を落ち着かせる点にあるようです。クマに『私はあなたの敵ではない』ということを話しかけながら、ゆっくりと後ろに下がっていく、あるいは手をゆっくり振って自分を大きく見せる方法です。ただ、実際はそんな余裕はないのではないでしょうか。

クマ被害は匂いや色に関係あるのか

クマに遭遇しないように身に着けるものの「におい」や「色」についての質問もありました。

海外の研究ですが、クマは刺激臭を好み、道標などのペンキに寄ってきてかじることもあるそうです。また、クマが忌避するにおいや周波数の研究もなされていますが、決定的なものは見つかっていません。

ただ、化粧・香水・食べ物のにおいとクマ被害の因果関係はいまだ証明されていないようで、そこまで気にする必要はなさそうです。

さらにクマは以前から色を認識できないとされてきましたが、最近の研究でクマは色盲ではないことが明らかに。ただ、登山者がクマ除けに派手な色、キラキラした色を身に着けたからといって目立った効果はないようです。

お面の効果はあるのか

さらに参加者からは「クマに後ろから襲われないようにお面を付けているのですが効果がありますか?」という質問もありました。

山﨑先生によると、クマが人を怖いと思う理由の一つは正面から見たときに目の位置が高いため、人を大きな動物と認識するからだそうです。であるなら、お面を身に着けておくのも効果があるかもしれません。

うわさなどに惑わされず正しい情報収集を

「遭った時の対策」について多くの不安な声が寄せられましたが、大切なのはクマに「遭わないためにどうするか」を一人ひとりが考えることです。

そのためにはSNSなどで拡散されているうわさなどに惑わされず、正しい情報収集が欠かせません

例えば、集落でのクマによる人身事故が急増した背景には、リゾート開発やメガソーラーの設置が関係しているといわれることがあります。

しかし、クマ被害が急増した東北地方ではそのような事実は今のところありません。事実を正しく認識すれば、原因は別のところにあると考えるべきなのです。

ヒグマ、ツキノワグマの混雑は有り得るのか

また、秋田県のクマはツキノワグマとヒグマの「ハイブリッド種」なのでは、という噂もまことしやかに流れました。山﨑先生によると、ヒグマとツキノワグマは種が明確に分岐しており、体の大きさも異なるため、交雑はあり得ないとのことです。

さらに「クマたちが集落にやってくるのは、山でのエサ争いに負けて楽に食物を見つけることを学んだから」という見方もあります。科学的には証明されていないものの、確かにそう考えることも可能です。

2026年は備える年

山﨑先生はいいます。

「東北に関していえば、2025年の状況は2023年と類似していました。翌年の2024年のクマ被害は落ち着いたことから、2026年はクマ被害はそこまで多くないでしょう。しかし、2025年にまた急増したことを考えると、今の私たちも2027年に備えなければなりません。つまり、2026年はきちんと対策を進めるべき年なのです。

対策として、集落周辺で人馴れしているクマを一度『リセット』する必要があるでしょう。それに加えて、クマが集落に出てくる理由、つまり農地や果樹、ゴミなどを管理することが大切です。

もちろん、登山者が山にゴミなどを残してきて、クマが『学習』する機会を与えないようにすることも重要です。こうした対策をとれば山の中でクマによる人身被害が多発することは考えられないと思います」

リスクゼロの登山はありない

何といっても、登山することは、クマの住処にでかけていくこと。ですから、クマとの遭遇をゼロにすることはできません。これは山で蜂に刺されたり、マムシに噛まれたりするリスクがあるのと同じです。

登山者であるわたしたちひとり一人がクマを正しく「畏れ」、さまざまなリスクに備えるなら、山はこれまでと同じように登山者にたくさんの喜びをもたらしてくれるはずです。

フィールドメモで最新のクマ情報を確認して登山しよう

ユーザー同士が情報を共有できるようにフィールドメモに「クマ情報」を追加しました。入山前にはぜひ最新情報を確認しましょう。

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