投稿日 2021.03.30 更新日 2021.03.31

特集・連載

大分県玖珠町伐株山|メサ台地絶景登山!太古の地殻変動を伝える不思議な民話を追う

大分県玖珠(くす)町にそびえる台形の不思議な山「伐株山(きりかぶさん 685.5m)」。大分自動車道を走りながら、その奇妙な形に興味を覚えた方も多いのではないでしょうか。それもそのはず。実はこの形状「メサ台地」「テーブルマウンテン」などと呼ばれ、日本国内では非常に珍しい地形なのです。そして、この山の麓には、”太古の昔にこの地で起こった地殻変動の事実を伝えているのでは?”と思われる謎の民話が今なお残っています。今回の山旅では日本屈指のメサ台地「伐株山」の絶景ハイクを不思議な民話とともに堪能します。

大分県西部、日田・玖珠・九重の絶景アウトドア。特設Webサイトはこちらから

目次

日本屈指のメサ台地「伐株山」

「メサ台地」と聞いて、ピンとくる方はそんなに多くないだろう。

メサ台地は別名「卓状台地」「テーブルマウンテン」とも呼ばれる地形のこと。世界的に見ると、南アメリカ大陸ベネズエラ周辺に位置する「ギアナ高地」が有名だ。

ギアナ高地にそびえるクケナン山(2,680m)。一帯には、数多くのメサ台地が点在する

国土地理院のWebサイトには『水平な硬岩層におおわれ、周囲の一部を急崖で囲まれたテーブル状の高地。メサはテーブルを意味するスペイン語に由来し、平らな頂面をもつ高地や丘の意』と説明されている。

平原に突如現れる断崖絶壁。そしてその上に広がる平坦な山頂。それは私たちが日頃見慣れた日本の山とは全く別物。その怪奇な山容に「機会があればぜひ登ってみたい…」と恋焦がれている方も多いのではないだろうか。

とはいえ、このギアナ高地があるのは、はるか遠く地球の裏側。旅費や長期にわたる休暇、南米まで旅する勇気…。恋焦がれつつも誰しもが行ける場所ではない。私もそんな「メサ台地遠距離失恋組」のひとりだったのだが、それは意外にも身近に存在していた。

日本国内にあって、メサ台地がひしめく魅惑のエリア。それこそが大分県玖珠(くす)郡玖珠町だ。その中でも町の象徴として愛されているのが、今回取り上げるメサ台地「伐株山(記事TOPの写真)」である。

玖珠町には伐株山以外にも万年山(はねやま 1,140m)、大岩扇山(おおがんせんざん 691m)、鏡山(675m)などのメサ台地が点在している。画像は大岩扇山

この玖珠町、「童話の里」としても知られており、数多くの民話が古来より伝わっている。しかも民話には、人類が文明を持つ遥か以前に起こった地殻変動の様子が記されているとおぼしき記載があるのだ。

日本国内では希少な「メサ台地」を堪能し、超古代に繰り広げられた地殻変動の痕跡が見え隠れする不思議な民話に触れることもできる。しかも、山頂から眺める玖珠盆地は絶景。

そんな不思議な山旅への期待に胸膨らませ、福岡市街から高速道路経由で約1時間半、大分県玖珠郡玖珠町にそびえる異形の台地「伐株山」を目指した。

福岡市内から伐株山までは、福岡都市高速・九州自動車道・大分自動車道を経由しておおよそ1時間半の道のり

数百万年前の地殻変動により生み出された玖珠町の「メサ台地」

山に向かう前に、まずは玖珠町周辺に広がる「メサ台地」について、情報を仕入れるべく、玖珠町役場に赴くことにした。

役場の駐車場は伐株山登山の際に利用可能。今回の登山もここをスタート地点とした

対応してくれたのは、企画商工観光課の平松崇さん。平松さん曰く、玖珠町一帯にある「メサ台地」は、長期間に渡る地殻変動と火山活動によって、硬い地盤だけが孤立、テーブルの様に残った日本でも稀な地形なのだという。

ちょうどこの春、伐株山山頂にある地殻変動に関する説明ボードを新調する予定があるそうで、その資料を見せていただいた。大まかに説明すると、玖珠町一帯の地殻の変遷は下記の様になるとのことだ。

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溶岩噴出による沈降

約300万年前、玖珠町・九重町(玖珠町の南隣)一帯は、火山が連なる山地であった。約264万年前に大量の溶岩噴出により、一帯が沈降し始めた。
※写真はイメージ

巨大湖沼の誕生と消失

約250万年、断層運動によって、玖珠町・九重町・天瀬町(玖珠町の西隣)一帯の沈降が進んだ。そこに水が溜まり湖沼になった。それから100万年以上の間、一帯は沈降を続け湖沼の状態を保っていた。砂泥や火山灰・軽石などが湖沼の底に堆積していった。最終的に湖沼は消失。
※写真はイメージ

台地の誕生

約110万年前、玖珠町・天瀬町一帯には溶岩が流出して広い台地ができた。約100万年前には、現在の玖珠盆地にあたる地域で噴火が発生し、玖珠カルデラが誕生。約9万年前、阿蘇山で発生した大噴火により、一帯には堆積物が降り積もった。
※写真はイメージ

玖珠盆地の誕生

その後、風雨の侵食等によって現在の玖珠盆地の姿に至る。

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300万年前にこの大地を揺るがしていた火山群、そして地殻変動によって発生した巨大湖沼、更にはそれに続くカルデラの誕生! 躍動的な地形の変化に興奮すら覚える。

湖沼が存在した頃は人類が今よりもずっと猿に近かった時代。ホモサピエンスやネアンデルタール人は誕生しておらず、文明と呼ばれるものは発生していなかったはず…なのだが。

伐株山山頂には、上記の地殻変動を分かりやすくまとめたプレートが展示されている。2021年春にはリニューアルの予定

異形の山に伝わる不思議な伝説

しかし、この地には、太古の地殻変動に符合する不思議な伝説が残っている。それは、西暦700年代前半に記された「豊後国風土記」にも書かれていた。

豊後国風土記に書かれた玖珠町の名の由来(右ページ最後の2行)。『球珠(クス)郡。郷ハ参(サン)所。里ハ九。驛(エキ)ハ壹(イチ)所ナリ。昔者(ムカシ)。此村(コノムラ)ニ。洪(オホキナル)樟(クス)ノ樹(キ)有リ。因リテ球珠郡ト日(イ)ヒキ』とある(写真は国会図書館所蔵の「豊後国風土記」、訳文は玖珠町Webサイトより引用)。

土地に残る伝承の要約は下記の通り。分かりやすく絵本仕立てにされたものも「くすまち観光協会」のWebサイトで公開されている。興味がある方は読んでみるといい。

大昔、この地には天にも届くほどの大きなクスノキがそびえており、その影は有明海や四国にまでも届いていた。影になった地域では日の光が届かないために作物が生育せず、人々は頭を抱えていた。

困った人々は身の丈900尺(約270m)の大男を雇い、その大木を切り倒してもらった。その結果、この地には日の光が降り注ぎ、豊かな土地となった。その大樹の切り株こそが「伐株山」である。町名にもなっている「玖珠」の名も、この地に大きなクスノキが生えていた事に由来する。

さらに、この話には続きがある。

倒れた大木の幹が、玖珠町〜日田市周辺に広がっていた大きな湖の土手を崩して、水が流れ出してしまった。

ちなみに、流れ出た水に”ひたってしまった”場所が「日田」、長く伸びたクスノキの枝の先端(サキ)が届いた場所が「長崎」、落ちた葉の形が地面についた場所が「博多」、”ここまでは来るめ〜”と住人がつぶやいた場所が「久留米」と呼ばれるようになったなど、各地の地名がこの民話に由来するとも伝わっている。このくだりについては恐らく後世に話が盛られたのであろう。ユーモアに富んだ往時の人々の発想も面白い。

話を戻そう。地形の変遷に登場した「火山の噴火」や「巨大な湖」と、上記に引用した民話の間に不思議な符号を感じるのは私だけであろうか。火山の噴火による巨大な噴煙の発生がすなわち民話中の「天まで届く大きなクスノキ」に変じ、地殻変動により発生した湖沼が、民話中に「巨大な湖」として記されているとも読める。

これは偶然の一致かも知れない。または元々あった民話に、誰かが着色した可能性も大いにあるだろう。しかしながら、空想豊かに民話と地質学的な情報を掛け合わせて遊んでみれば、そこには、人智を超えた何者かの存在すら見え隠れする。民話を紡いだ人々は、如何にして太古の地形の変遷を知り得たのだろうか。

ロマンあふれる空想は、尽きるところを知らない。せっかく童話の里「玖珠」に行くのなら、これくらいの想像力を持って心を自由に、山の美しさと文化を楽しみたいものだ。

玖珠ICを降りてすぐの場所には童話の里らしく、ユーモラスな表情の鬼が出迎えてくれる。玖珠町は「日本のアンデルセン」とも呼ばれる童話作家、久留島武彦氏の出身地でもある

メサ台地を堪能! 絶景登山

ここからは、実際に伐株山を歩いた様子をレポートしたい。

今回は、玖珠町役場の駐車場に車を止め、約30分ほど歩いて伐株山登山口を目指す。そこから入山し約40分程度、平坦な山頂に至るルートをとった。山頂に広がる広大な公園「伐株山園地」がゴールにして、最大の見どころだ。

登山口に駐車せず、敢えて町役場から歩くのにはふたつの理由がある。ひとつは、そもそも登山口付近に整備された駐車場がないこと。そしてふたつめは、玖珠盆地から眺めるメサ台地群を堪能するため。車移動では気づけない景観や小さな民話の痕跡を見つけながら歩くのもまた、面白い。

YAMAPの該当地図はこちらから

役場を出てしばらく歩くと、美しい玖珠川の流れが目に入る。民話によると、クスノキが倒れて湖から流れ出た水が玖珠川になったと伝わっている。

盆地を歩きながら見上げるメサ台地の山容も見どころだ。まさにテーブルマウンテン。春には周囲の田園に桜や菜の花が咲き、牧歌的な雰囲気。

登山道手前から北東方向を望む。目の前に広がるのはのどかな里の風景とメサ台地だ

山麓の林に入り、舗装路をしばらく歩くと登山道入口が見えてくる。

ここからは杉木立の中の登山道を40分程度登っていく。傾斜が急なつづら折りの道ではあるが、この斜面もメサ台地の特徴。倒木などは処理されており、登りやすい。

山頂手前には、巨石が点在しており、そのそばには里を見守るように石仏が安置されている。かつてこの山には「高勝寺」という山岳寺院があったという。その遺構だろうか。

いくつかの石仏を横目に登山道を登ると、いよいよ山頂は目前。突如視界が開け、目の前には美しい草原が広がっていた。のどかな風が登山で火照った体を優しくなでていく。

そして、草原の端に歩を進めれば、足下には美しい田畑を擁する玖珠の街並みが広がっていた。

絶景と言えば、果てしなく続く山並みや美しい湖沼などの雄大な自然を思い浮かべるが、人の手によって作られた里山の風景もまた、まごうことなき絶景である。たおやかに稜線を伸ばすメサ台地と里の人々によって丁寧に作られてきた田園。その中を滔々と流れる玖珠川。それはまるで、美しい箱庭のような不思議な風景だ。

牧歌的な景色を眺めていると、この地に数多くの民話が残されていることにも納得がいく。豊かに閉ざされたこの盆地で、人々はかつて自然とともに遊び暮らし、おおらかにその生涯を送っていたのだろう。

田圃に水が張られる時期には、夕日が水面に写り、幻想的な風景となる

早朝には幻想的な雲海が広がることも

伐株山の絶景を堪能できる3つの方法

ちなみに伐株山では、この絶景をさまざまな方法で楽しむことができる。ゆっくりとお茶やコーヒーを飲みながら楽しみたいのなら、「伐株山園地」の端に作られた「KIRIKABU HOUSE」がおすすめだ。無垢材で作られた清潔な建物が無料休憩所として解放されている。窓の外に広がるのは、もちろん玖珠盆地の絶景。


また、KIRIKABU HOUSEそばには、「ハイジのブランコ」と呼ばれる大きなブランコがある。目の前に広がる絶景を楽しみながら、まるで天空を浮遊しているような体験ができると子供はもとより、大人にも人気だ。近年はインスタスポットとしても好評を博している。

さらに極め付けは、この絶景を空からパラグライダーで堪能できることだ。伐株山は地理的・気象的な条件に恵まれており、実は九州屈指のパラグライダースポット。休日ともなれば、パラグライダー愛好家が集い、絶景のフライトを堪能している。

幻想的な風景の中、大空に舞うパラグライダー

一般の方でも、あらかじめ申し込んでおけば、ふたり乗りのパラグライダーで空からの絶景を満喫することができる。料金も保険料込みで10,000円とリーズナブルなので、ぜひとも体験してみてはどうだろうか。

山頂からの絶景を様々な方法で楽しめる設備やアトラクション。これもまた、平坦な山頂を有するメサ台地の山ならではの魅力だろう。日本屈指のメサ台地に自分の足で登り、足下に広がる美しい景色を見ながら、太古の地殻変動や不思議な民話に空想を馳せる。そんな登山もまた、日頃の山旅とは一風変わっていて楽しい。

ちなみに伐株山山頂からは、今回登った登山道以外にもうひとつ、登山道が伸びている。高勝寺の修行僧たちが往来に用いていた「針の耳」と呼ばれる祈りの道だ。ルート上には、往時の修行僧たちが彫ったと思われる小さな磨崖仏があちこちに点在しており、それを探して歩くのも一興である。

伐株山が持つ別の一面を垣間見れるので、興味があれば足を伸ばしてみてもいいだろう。ただし、鎖場や急峻な斜面などが連続するため、経験者向けのコースとなる。くれぐれもスニーカーなどの滑りやすい靴で立ち入らないようにしよう。

玖珠と阿蘇に伝わる巨人伝説

空想はまだ終わらない。玖珠町の隣に位置する日田市は「進撃の巨人」作者である諫山創氏の出身地として現在、「進撃の日田」キャンペーンを実施しているが、先の民話に登場した身の丈900尺(270m)のきこりは、明らかに巨人である。

270mといえば、身長60mの超大型巨人をはるかに凌駕する大きさだ。民話によると、この巨人がクスノキを切り倒した際に跳ね上がった土が積もってできたのが「万年山」なのだという。

この話を聞いた時、私は日本各地に残る「巨人伝説」を思い出した。日本各地には実に多くの巨人伝説が残っている。関東から近畿地方における「ダイダラボッジ伝説」、長崎県島原半島に伝わる「みそ五郎伝説」など、挙げればキリがない。

多くの巨人譚に共通しているのは、巨人が「山」や「川」「湖」「島」といった地形を作っていることである。先ほど紹介した「クスノキの伐採による湖の破壊」に似た伝説も、玖珠町から意外と近い場所にある。阿蘇開拓の神「健磐龍命(たけいわたつのみこと)」の物語だ。

外輪山大観峰から望む阿蘇の田園風景

かつて、阿蘇のカルデラには大きな火山湖があった。健磐龍命は、この地に溜まった水を抜き、人々が暮らせる土地を作ろうと外輪山の一部を蹴破って水を抜こうとした。その際に、山が重なり、なかなか蹴破ることができなかった場所が「二重の峠」、転んで尻餅をつき、「立てぬ」といった場所が「立野」と呼ばれるようになったのだという。

そして阿蘇外輪山には、その中に大きな火山湖が形成されていた時代が確かにあったのだ。

国土地理院Webサイトより立体図。阿蘇五岳を中心とした阿蘇エリア周辺を外輪山が取り囲んでいることがよくわかる。画像は高低差が分かりやすい様、高度スケールを5倍に設定している

玖珠や阿蘇に伝わる不思議な民話伝承。両地ともに湖沼が存在したのは、有史のはるか前の話である。にも関わらず両地に伝わる民話には、その地形の変遷が色濃く練り込まれている。

これが偶然の一致なのか、それとも古代の人々が何かしらの方法で文明発生以前の地形の変遷を知り得たのか? その真実は分からない。

しかしながら、民話と地質学的な視点を踏まえて山を歩けば、そこには数々のミステリーと不可思議な符合が散見される。

一見すると、のどかな田園風景が広がり変わった形の山がそびえるだけの地方都市、玖珠町。しかし、その地質学的ダイナミズムと地域に脈々と伝わる民話を紐解けば、世にも奇妙な絶景ハイクを満喫することができるのである。

次の週末には、民話集を片手に玖珠町の山を登ってみてはいかがだろうか。きっと自分だけの新たな発見がそこにはあるはずだ。


大分県西部、日田・玖珠・九重の絶景アウトドア。特設Webサイトはこちらから

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