投稿日 2026.08.18 更新日 2026.08.18

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女性世界初のエベレスト登頂・田部井淳子さんが残した言葉と生き方|晩年を寄り添ったディレクターが振り返る

女性で世界で初めてエベレスト(8848m)に登頂した登山家・田部井淳子さん(1939〜2016)。前向きで力強い生き方と言葉は、亡くなって10年たった今でも、多くの人々を勇気づけています。

今回は、晩年を追ったNHKのドキュメンタリー番組『田部井淳子 人生のしまいかた』(2017年)を担当したディレクター、川崎彰子さんに、取材した当時の思い出について触れていただきました。

目次

まだ見たことのない景色を見たい

写真提供:一般社団法人 田部井淳子基金

今から50年以上前に「女たちだけでヒマラヤに行こう」と目標をかかげ、世間からは「女性には登れない」と言われながらも、世界最高峰エベレストへの登頂を成し遂げた日本女性がいたのをご存知でしょうか。

その名は、田部井淳子さん(1939〜2016)。

福島県出身の田部井さんは、小学4年の夏休みに先生に連れて行ってもらった那須岳がきっかけで山の魅力に目覚めました。大学卒業後、社会人山岳会に所属。谷川岳などでロッククライミングの技術を磨きました。

1969年、女子登攀クラブを仲間とともに立ち上げ、翌年7,000m峰のアンナプルナⅢ峰を登頂後、エベレスト日本女子登山隊を結成し、田部井さんは副隊長兼登攀隊長を担います。

4年の準備期間を経て、1975年、女性で初めてエベレストの頂に立ったのです。さらに1992年には、女性世界初の七大陸最高峰の登頂を果たしました。

1975年5月16日 女性世界初のエベレスト登頂を成し遂げた(写真提供:一般社団法人 田部井淳子基金)

「まだ見たことのない景色を見たい」

飽くなき好奇心と、やりたいことを実現するんだという強い意志を持ち、世界各地の山々に登り続けました。

2012年12月 バングラデシュ最高峰ケオクラドンの山頂で、夫政伸さんと日の出を見る

晩年は、がんを患い、抗癌剤の副作用にも苦しめられます。

しかし、田部井さんは、「病気になっても病人にはならない」と宣言し、山への歩みを止めません。闘病と並行して、大震災で被災した高校生と富士山に登る活動にも力を注ぎ、最期まで前を向き、自分らしく生きることを選びつづけた人生でした。

田部井さんを取材した5年間

私は、フリーのテレビディレクターとして、2010年からNHKで放送された山岳番組「世界の名峰 グレートサミッツ」の制作に携わりました。この番組は、世界各地の名峰を紹介し、頂を目指すというもの。

私はアラスカのマッキンリー、キリマンジャロ、台湾の玉山などの山々を取材しました。

田部井さんと知り合うきっかけとなったのは、エベレストの特別番組を制作した際、スタジオゲストとしてご出演頂いた時でした。2011年、東日本大震災が起きた直後です。

田部井淳子さんと川崎彰子ディレクター

福島県出身の田部井さんから、被災した方とハイキングを計画していると聞き、体力だけはあった私は「何か手伝わせてください」と申し出て、翌月から時折、被災者とのハイキングに同行するなど個人的なお付き合いが始まりました。

その翌春、田部井さんが周囲には知らせずにがんの治療をしていると聞き、すぐに私は田部井さんを記録しておきたいと思い立ち、「まだ発表の場は決まっていないのですが、田部井さんの活動を闘病も含めて記録させてください」と申し出たところ、田部井さんは快く受け入れてくれました。

こうして、闘病の様子、被災者とのハイキング、「東北の高校生の富士登山」プロジェクト、個人的な登山など、小型のビデオカメラを持って同行するようになり、2016年、亡くなる1か月前まで撮影を続けました。

緩和ケアを選び入院していた田部井さんとの最後の面会は、亡くなる10日前。当時、長期間のヒマラヤ取材が入っていた私は、出発前にどうしても田部井さんに会っておきたいと夜の病院を訪れ、これが最期の別れとなりました。

体力が衰えていたにも関わらず、帰りの電車で田部井さんから届いた「来てくれてありがとう」のメールを読み、その気遣いと優しさに涙したことを今でも忘れません。

田部井淳子さんを取材して

田部井淳子さんと出会えたことは、私の人生において今も大きな宝です。

田部井さんがエベレストに登った年に生まれた私との年齢差は親子程。でも私が学生の頃から山に登っていたからなのか、田部井さんとの感覚は不思議と一致しました。

バングラデシュ山旅でのトラブルへの対処、富士登山への寄付金わずか500円でも無駄にしない徹底ぶり、ビニール袋の結び方へのこだわり、などなど。何が好きで何が好ましくないか、細かいことだけど大事にしたい、こだわりたいところが似ていたように思います。

そして、山で振る舞われた、お手製のシソの葉巻き干し柿、笹団子、牛乳パックに盛られたグレープフルーツ、ヒマラヤで作ってくれた甘じょっぱい稲荷寿司など、美味しいだけでなく食べ終わったあとのことまで配慮されたご馳走の数々。

田部井さんを記録した日々はわずか5年でしたが、濃厚で、心地よく、ともに食べ、大いに笑いあった、幸せな時間でした。

田部井さんは、周囲を笑顔にする、気遣いの人でした。また、私のように撮りたい、やりたいと、人が申し出ると、否定せずに受け入れ、応援する人でした。

それはきっと、田部井さんたちエベレスト日本女子登山隊が、周囲から無理と言われていたにも関わらず、成し遂げたエベレスト登頂のように、「意志こそ力」という思いが強くあるのだと思います。

晩年に打ち込んだ「東北の高校生の富士登山」

番組の主軸となっている「東北の高校生の富士登山」は、2011年の東日本大震災で被災した東北の高校生が富士山に登るプロジェクト。震災の翌年、2012年から田部井さんの発案で始まりました。

日本一の富士山に登って、高校生たちを勇気づけたい。登山の経験から自信や力を得て、将来、復興の力になってくれればと、田部井さんは願っていました。

2013年7月 「東北の高校生の富士登山」山頂にて

高校生が応募しやすいように参加費もお小遣い程度に抑え、寄付や助成で賄っています。

「一歩一歩登れば、必ず頂上に着ける」。毎年、田部井さんは高校生にエールを贈り続けました。

印象深かったのは、2015年の富士登山です。
毎年、富士山の混雑を避けるため、夏休み早々に登山日程が組まれます。しかし、この時期は梅雨明けタイミングと重なり、天候は不安定になりがち。2015年もそんな年でした。登山口ですでに、大雨と強風に見舞われたのです。

一日目は6合目の山小屋まで。翌日、山頂を目指せるかどうか、かなり微妙なところでした。せっかく東北から何時間もかけてやってきたのに…

外は嵐のそんな夜に、田部井さんが高校生たちに語りかけます。

「どんなに頑張っても自然に抗うことはできない」
「これから進む人生でうまくいかないときもある」
「すり足でも一歩一歩前へ進む」
「日本一の山の中にいる。これはうんと幸せなこと」
「私のモットーは、苦しいときこそ楽しく!」
「明日どんな天気になっても楽しみましょう!」

2015年7月 「東北の高校生の富士登山」にて山小屋で高校生に語る

ハリのある声で語られた、山登りと人生を重ね合わせた、あたたかく、かつ、強い応援メッセージ。当時、田部井さんは抗癌剤の副作用の影響で身体を思うように動かすことが出来ない自分自身にも、言い聞かせていたのではないかと思います。

「東北の高校生の富士登山」は、田部井さん亡きあと、長男の進也さんを中心に続いており、これまで931人もの高校生が参加しています。田部井さんが目標とした1000人を見届けるまで、取材を続けたいと思っています。

人生のしまいかた

2012年7月 がん摘出手術翌日の田部井さん夫婦

心に残る出来事があります。2014年にがんが再発し、脳腫瘍の治療を始めるときに撮影して欲しいと、田部井さんから連絡を受けました。

入院先のベッド上で夕食を食べながら、笑顔を絶やさずに田部井さんは言いました。
「アタマにきた!頭ですか!って感じですよね(笑)」

「はっきり言って『来月でもう終わりです』と言われても、『(やりたいことは)やらせてもらいました!』と言う気持ちでね、『みなさん本当にお陰様でした、楽しかったです』って、ちゃんと言えたらね、あとはあんまり言うことないと思っています」

田部井さんのあまりの明るさに、すぐには気づけませんでしたが、このとき田部井さんは死を覚悟したのだと思います。

そして翌2015年。この年は、田部井さんがエベレストに登って40年となる節目の年。田部井さんはこれまでお世話になった方々を招待し、「感謝の集い」と称した盛大なパーティーを行います。

パーティー終わりのインタビューで、こっそりと「これで私の生前葬、終了!」と指をOKマークにして、カメラに向かってニッコリ微笑みました。なんともお茶目な姿…

これが、田部井さん流の「人生のしまいかた」。私はとんでもないものを見せられてしまったと、思わずにはいられませんでした。

その2ヶ月後、かつて歩いたヒマラヤのエベレスト街道を訪れた田部井さん。天候が安定せず、雲がかかってなかなか見えないエベレストの頂が一瞬顔を出した時のことです。

「見えた!見えたねー!」という歓びの声とともに、マフラーで何度も涙を拭いながら、「ありがとう!」とエベレストの頂に感謝の思いを伝える姿が、今も目に焼きついています。

2015年9月 エベレスト街道を歩く

田部井さんが見たエベレスト

田部井さんのドキュメンタリー番組、今夏DVDに

田部井さんが亡くなった翌年、私は5年間の取材をまとめた番組「田部井淳子 人生のしまいかた」を制作、NHKで放送されました。

番組では、東北の高校生の富士登山を軸に、前向きで力強い田部井さんの生き方と言葉が紹介され、人生の向き合い方へのメッセージとして、多くの人々を勇気づけました。この番組が、今夏、DVDとして発売されました。

田部井さんはこれまで何冊も本を書き、彼女の生き様や力強い言葉に触れることができます。ただ、田部井さんの笑顔や言葉を映像で観る機会はあまりありません。ぜひこのDVD映像を通して彼女の魅力に触れていただけたら、嬉しく思います。

▼PR動画はこちら|YouTubeを見る

■田部井淳子 人生のしまいかた DVD
【収録内容】
・本編49分(2017年12月16日 NHK総合テレビで放送)
・特典映像11分(未放送)
『東北の高校生に語る』、『40年目のエベレスト』

【出演】
田部井淳子
市毛良枝(語り) ほか

【封入特典】
特製リーフレット

価格:4,730円(税込)
発行・販売元:NHKエンタープライズ
©2026NHK

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