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クマ研究者の取材で分かった襲撃3パターン|意外と少ない登山中の遭遇事故【クマとの共存。vol.2】
なぜクマは人を襲うのでしょうか。新聞社のクマ担当記者として取材に応じてくれた研究者たちは「結果的に殺してしまって遺体を食べてしまうケースはあるものの、餌と思って人が食害される例はまれ」と捉えています。さまざまな調査によって、人を襲うのにはいくつかパターンがあり、クマが暮らす山に人がお邪魔する登山での事故は意外と少ないことも分かっています。クマの生態を正しく知り、正しく恐れて山を楽しむため、今回はそこから話を進めましょう。
連載シリーズ「クマとの共存。」:登山者の最大のクマ対策は遭わないこと|熊鈴の有効性と知っておくべき前提
目次
ヒグマ襲撃の主な3パターンを知る
大前提として、野生のトラやライオンがほかの動物を襲って食べるように、クマがお腹を空かせ、人を餌だとみなして襲うケースはほとんどありません。
北海道を中心としたヒグマ研究者らでつくる「ヒグマの会」が編纂した『ヒグマノート~ヒグマを知ろう』によると、山中では大きく分けて、以下の3パターンが考えられています。
①バッタリ遭遇して襲ってしまった
②子連れの母グマが子を守るために襲った
③興味本位、もしくは積極的に人に近づき襲撃した
近年はない、食べるために襲う事例
本州のツキノワグマも北海道のヒグマも同じ雑食性で、アリなどの昆虫も食べますが、主にはフキやドングリなど植物性の食べ物を中心に食べています。
臆病で慎重な性格とされ、山中では人と遭わないように、人を避けながらひっそりと暮らしてきたのがクマの実情です。
そのため、人に積極的に近づき、食べるために襲うケースはほとんどありませんでした。襲った人間を、その後食べてしまったとしても、それは結果的に食べただけで、「食べるために襲った」という例は、近年ほぼないと言えます。
鈴の音や声で人の存在を知らせるのは、①のバッタリ遭遇と、②の子連れの母グマとの遭遇を避けるのが主な狙いです。
襲われた人の特徴を知る
ヒグマ研究者らでつくる「ヒグマの会」がまとめた人身事故の分析によると、1989~2019年の狩猟者を除く44件の人身被害のヒグマの攻撃原因は、
①のバッタリ遭遇が最も多い17件(38%)
②の子グマを守るための7件(16%)
①と②を足すと24件で、過半数を占めます。
③の積極的な攻撃が6件と④好奇心による接近は2件で、計18%です。
音で自分の存在を知らせる方が、確率的にクマとの遭遇が減らせることはデータからも言えます。
全国的に少ない登山中の事故
一方、襲われた人が何をしていたかというと、狩猟・有害駆除が41%、山菜・キノコ採りが次いで38%と圧倒的に多く、山林作業が8%、釣りと登山はそれぞれ3%。
登山は意外と多くないことがわかります。登山者は存在を知らせる熊鈴をつけ、見通しのいい登山道を歩くことが多いので、バッタリ遭遇が避けられていると考えられます。
これは北海道のヒグマにおける分析ですが、日本クマネットワークが全国の人身事故をまとめた報告書(2011年)でも、山菜・キノコ採りが50%を占め、登山などのレジャー中は7%に留まり、同じ傾向でした。
山菜、キノコ採りは登山道から外れた見通しのあまり良くない場所で行う上、黙って作業するため、クマが人の存在に気付きにくく、特に注意が必要です。
伊豆半島のクマ確認が示すこと
また、過去何十年もクマがいなかった山にも、クマが入って来ている可能性があります。絶滅した静岡・伊豆半島にも100年ぶりにクマが確認されています。ベテラン登山者ほど「ここにはいない」と思い込みがちです。
これまでの経験に頼らず、「いつ、どこに出てきてもおかしくない」との心構えで入山したほうが得策でしょう。
熊鈴の効果とその前提条件とは?|登山者の最大のクマ対策は遭わないこと|熊鈴の有効性と知っておくべき前提【クマとの共存。vol.1】
北海道新聞クマ担記者
内山岳志
北海道新聞東京報道センター記者。2004年から報道記者として、中標津支局で世界自然遺産に登録された知床など自然環境をテーマに取材。函館報道部などを経て、2018年から本社の報道センターでヒグマや新型コロナウイルスなど自然科学分野の取材に取り組む。国内でも珍しい新聞社のクマ担当記者。熊スプレーと鉈を腰に週末登山にいそしむ。
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