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鳥海山はなぜ人気なのか?|東北屈指の名山の麓、山形県遊佐町で聞いたその理由
東北を代表する山「鳥海山」。変化に富んだ登山コースや美しい花々が人気の百名山です。今回はそんな鳥海山を知り尽くした「鳥海ローカル」の方々に、この山の魅力を語ってもらいました。読めばきっと登りたくなる、名山の魅力を発見できる記事です。
目次
鳥海山域の大部分を占める山形県遊佐町
ここは山形県遊佐町(ゆざまち)。奥に見えているのは、日本百名山のひとつであり、東北屈指の名山でもある鳥海山(2,236m)です。
鳥海山は山形県と秋田県の県境に位置する山ですが、よく地図を見てみると鳥海山の山頂は遊佐町に位置しています。それだけではありません。鳥海山にはいくつもの登山コースがありますが、そのほとんどが遊佐町を通っていることがわかります。
すなわち、遊佐町こそが、鳥海山の「地元」といっていいでしょう。
そしてこの遊佐町には、鳥海山をよく知る人がたくさん暮らしています。その山をいちばんよく知っているのは地元=ローカルの人であることは、鳥海山に限らず全国の道理。今回はそんな「鳥海ローカル」の方々に、日々、鳥海山に通い、見つめ続けているからこそわかる鳥海山の知られざる魅力を教えてもらいました。
【鳥海ローカル三人衆】
(左)髙橋 務さん
遊佐町生まれ、遊佐町育ち、地元「鳥海山岳会」所属の生粋ローカル。鳥海山の登山歴は40年以上におよぶ。現在は観光協会で情報発信や観光イベントの運営に携わる
(中)森 康彰さん
鳥海山をホームグラウンドとする登山ガイド。27年前に遊佐町に移住してきて以来、季節を問わず鳥海山に登り、ガイドしている
(右)𠮷田 実(みのり)さん
大学のワンダーフォーゲル部出身で、北アルプスの山小屋で勤務。たまたま登った鳥海山の魅力が忘れられず、地域おこし協力隊として2023年に遊佐町に移住
鳥海山の魅力ってなんですか?:鳥海ローカルに聞く①
森:鳥海山って、富士山みたいな火山性の独立峰なんですが、じつはけっこう地形が複雑なんです。その複雑な地形が変化に富んだ自然や登山コースを生む理由。それぞれに個性の異なる登山コースが9本ほどあって、僕も、いまだに登るたびに印象が変わるくらいです。
髙橋:変化に富んでいますよね。地形に変化があるから登っていて飽きないし、ガレ場は少なくて植物が豊かだし。
森:花が多いのも魅力です。日本百名山であるけれど、花の百名山でもありますからね。他の山なら標高2,000mを超えないと見られないような花が、ここでは1,000mちょっとの所で見られるんです。鳥海山の特徴は、針葉樹林帯がほぼないこと。海が近くて雪が多いことが、こういう特異な環境を生んでいるんですよね。
𠮷田:私は山の形自体が魅力的だと感じています。私にとって山は登るものだったんですが、遊佐町に住むようになって、山は見るものでもあるなと思うようになりました。鳥海山は町のどこからでも見えて、季節を知らせてくれるものでもあるんです。春ならば残雪のようすは日に日に変わりますしね。
髙橋:鳥海山は季節がはっきりしているから、四季折々の景色や楽しみ方がありますよね。6月ごろまでスキーができるし、夏は高山植物が豊富だし、秋の紅葉もきれいだし。
森:最近はバックカントリーを楽しむ方も増えましたね。眼下の日本海を目指して滑り降りていくのが鳥海山ならではの醍醐味になっています。
おすすめの登山コースを教えてください:鳥海ローカルに聞く②
髙橋:アプローチがちょっと長いですが、私は万助道というコースをおすすめしたいです。最初はブナ林のなかを歩いて、急なところを頑張って登ると、仙人平という大草原に飛び出るんです。途中には万助小屋という小屋があるんですが、そこのすぐ横に水が湧いていて、年間を通して水温は5.5℃。すごく冷たくておいしい水です。
𠮷田:私は、大平口(吹浦口)コースか鉾立口(象潟口)コース。登山口から海が見えて、ずーっと海を見ながら登っていける開放感は、ほかの山にはなかなかない、鳥海山ならではの魅力じゃないかなと思います。
髙橋:夏はそちらが気持ちいいよね。万助道はブナ林のなかを行く道なので、秋がいいんですよ。紅葉がものすごくきれいなんです。だから、季節によっておすすめコースは変わりますね。
森:大平口コースは僕もおすすめ。鉾立口コースのほうが人気があるけど、大平口は逆に静かだし、花が多いんですよね。
𠮷田:花、本当にきれいですよね!
森:じゃあ、僕はちょっと変わったところで笙ヶ岳(しょうがたけ)を通るコースを推しますね。鳥海山の前衛峰的な山で、標高1,635m。山形百名山にも選ばれているんですが、「ミニ朝日連峰」という感じで山並みが連なっていて、「縦走してる!」という雰囲気が味わえるんです。あと、笙ヶ岳の頂から見る庄内平野の田園風景は最高の景色ですよ!
絶対見ておきたい風景は?:鳥海ローカルに聞く③
髙橋:私は万助道中間部の尾根道です。ブナのトンネルになっているんですよ。
𠮷田:万助道、お好きなんですね。
髙橋:高校山岳部で初めて登ったのがここだったので、どうしても思い入れがあって…。でもね、ここは本当にきれいなんですよ。万助道の隣を行く二ノ滝コースもいいです。このコースの上のほうに千畳ヶ原という草原地帯があるんですが、あの風景を見るといつも心が洗われるような感覚を覚えるんですよ。それくらい素晴らしい。夏の緑の草原もいいし、秋の草紅葉も素晴らしい。
森:あそこはいいですよね~。田んぼの稲穂が風にそよいでいる様子に似ていて、山のなかにいるとは思えない開放感があります。大平口などから往復する方も、1〜2時間寄り道すれば行けるので、ぜひ行ってみてほしいですね。
𠮷田:私は鳥海湖の上の御田ケ原付近(扇子森~七五三掛)が好きです。奥に山がドーンと見えて、すごく鳥海山らしい雄大な風景が広がっているんです。ここは花も多いところで、花の季節に行くととても素晴らしいです。ぜひ天気のいい日をねらって行ってみてほしいです。
森:僕はやっぱり「影鳥海」(朝日を浴びた鳥海山の影が日本海に映る現象)。鉾立口か大平口コースの途中からも見えるんですけど、ベストの形は山頂からです。日の出後5〜10分くらいの間が見頃なんですが、きれいに見えるかどうかは気象条件次第。日本海にきれいに投影された影鳥海が見られるのは年に何日もないので、見られたらラッキーです。その価値はあるので、ぜひ一度見てほしいですね。
下山後に寄りたい遊佐町の温泉と食:鳥海ローカルに聞く④
岩ガキを食べるならここ!|道の駅 鳥海 ふらっと
山形県飽海郡遊佐町菅里字菅野308-1
「この道の駅は、岩ガキが有名。それ以外にも焼きたての魚が食べられたり、地元野菜の販売コーナーが充実していたりしてとても楽しいです。全国の道の駅を巡っている知人が『ここがベストかも!』とまで言っていました」(𠮷田さん)
「ここの岩ガキは絶対食べてみてほしい。大きくて食べ応えがあってすごくおいしいです。カキの旬は通常は冬ですが、ここの岩ガキは夏が旬なので、夏に鳥海山に登りに来たら、食べてみることをぜひおすすめします」(森さん)
下山後に立ち寄りたい日帰り温泉|あぽん西浜
山形県飽海郡遊佐町吹浦字西浜2-70
「『道の駅 鳥海ふらっと』からも近くて利用しやすい日帰り温泉。下山後に汗を流していく場所として、登山者の方におすすめです。泉質がすごくいいですよ」(𠮷田さん)
「地元の言葉でお風呂のことを『あぽん』というんですよ。施設名はそこからきています」(髙橋さん)
色とりどりのフルーツサンドは見もの|グリーンストア
山形県飽海郡遊佐町遊佐字京田90-1
「地元のスーパーなんですが、ここのフルーツサンドはすごいんですよ! 絶対食べてみてほしいです。美味しさに驚くと思います」(𠮷田さん)
「いまや遊佐町の名物のひとつになっていて、休日には県外からもお客さんがたくさん来ています」(髙橋さん)
お座敷でいただく「おやき」に舌鼓|古民家カフェ わだや
山形県飽海郡遊佐町吉出字和田3-5
「古民家を改装したカフェで、昭和の雰囲気を存分に味わえる建物がすごくいいです。地元食材を使ったオリジナルスタイルのおやきはぜひ食べてみてほしいです。営業時間的に下山後では少し利用しにくいかもしれないけれど、間に合えばぜひ」(𠮷田さん)
地元食材を多数使った料理が人気|清水森食堂
山形県飽海郡遊佐町吹浦宿町17
元地域おこし協力隊の女性がお母様とやっている食堂です。料理がすごくおいしくてボリュームもあるので、登山者の方にもおすすめです。オープンしてまだ3年くらいですが、すでに地元の人気店になっています」(𠮷田さん)
遊佐町 時田町長が教えてくれた鳥海の魅力
鳥海山とはどんな山ですか?
「私にとって鳥海山は心の山。物心ついたときから目の前にあったし、そこにあることが当たり前という存在です。若いころは自宅から全部歩いて登って、歩いて帰ってきたりもしていました。私だけでなくて、ここで育った人は一度は登ったことがあるはずです。そんな山ですね」
町長おすすめの登山コースは?
「私がおすすめしたいのは、湯ノ台口から鳥海湖方面に抜ける道なんです。山頂に行くわけではないので、通る人がそれほど多くはないんですが、これは本当にいい道なのでおすすめしたいです。特に、途中の千畳ヶ原はまさに絶景。紅葉の時期にぜひ一度行ってみてほしいです。きっと来てよかったと思っていただけると思います」
鳥海山のいいところは?
「私が思う鳥海山最大の魅力は『水』です。町中の至る所に湧き水が出ていて、それがとてもおいしい。遊佐町では水道水も100%この地下水を利用しているんです。水に恵まれているところは、ここで暮らしてきていちばんよかったことと思えるほどです。伯耆大山や阿蘇山もそうですが、火山の独立峰の麓はたいてい天然水の名所になっていますよね。鳥海山もそうなんです。山腹の地下を通ってきた冷たくておいしい水は鳥海の財産ですね」
時田町長おすすめのスポット①釜磯の湧水
「海岸の砂浜に湧き水がぼこぼこ湧き出しているんです。こんな風景、ここ以外では見たことがないとよくいわれます。湧き出しているのはすべて鳥海山から流れてきた地下水なので、夏でも冷たくて、真水なので塩っぱくもない。これは地下水が豊かな遊佐町ならではのスポットかと思います」
時田町長おすすめのスポット②胴腹滝
「鳥海山の山腹から湧き出して、またすぐに地下に消えていく珍しい滝なんです。滝は二条に流れていて、左右の滝で水の味が違うともいわれています。名水として知られていて、多くの方が汲みに来ています。水源がどこにあるのかもわからなくて、いろいろ不思議な滝なんですが、右の滝はコーヒー、左の滝はお茶に合うなんて、地元では言われていますね」
時田町長おすすめのスポット③チョウカイフスマ
「鳥海山の固有種で、遊佐町の町花にもなっています。小さな花なんですけど、群落を作るので見応えがありますよ。鳥海山の高山帯に咲いていて、これを目当てに登ってこられる方もたくさんいらっしゃいます」
【取材後記】
全国の山好きに「好きな山はどこか」と聞くと、必ずトップクラスにその名前があがってくる鳥海山。その魅力は、雄大な風景であり、変化に富んだ自然であり、独特の瑞々しさにあります。多くの人にとっては行きにくい場所にありながら、全国から登山者を集める理由がよくわかる取材になりました。
日本百名山コンプリートをねらう人は多くの場合、月山とセットで短期間で登っていくと思うのですが、それでは鳥海山の魅力の多くを味わい残すことになりそうで、ちょっともったいない。山頂を目指すだけではなく、行きたい所、いい場所の情報をよく調べて、複数日時間をとって、じっくり登るべき山だと感じます。それだけの価値はあります。
取材班は、次に来たときは万助道から登ろうと決めました。千畳ヶ原もマストです。あと、岩ガキとフルーツサンドと湧き水の美味しさは衝撃的でした。これは、次に来たときも必ず抑えるポイントになるはずです。
これからは紅葉が始まり、初夏と並んで、鳥海山が一年で最も美しくなる季節を迎えます。読者の方も、今年こそ鳥海山と遊佐町に出かけてみてください。
原稿:森山憲一
撮影:小関一成
協力:遊佐町
山岳ライター/編集者
森山 憲一
1967年神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学教育学部(地理歴史専修)卒。大学時代に探検部に在籍し、在学中4回計10カ月アフリカに通う。大学卒業後、山と溪谷社に入社。2年間スキー・スノーボードビデオの制作に携わった後、1996年から雑誌編集部へ。「山と渓谷」編集部、「ROCK&SNOW」編集部を経て、2008年に枻出版社へ移籍。雑誌『PEAKS』の創刊に携わる。2013年からフリーランスとなり、登山とクライミングをメインテーマに様々なアウトドア系雑誌などに寄稿し、写真撮影も手がける。ブログ「森山編集所」(moriyamakenichi.com)には根強い読者がいる。
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