投稿日 2023.05.03 更新日 2024.02.27

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生命誌研究の中村桂子さんに聞く、日本の息苦しさの正体|「生きもの目線」の哲学①

人間は生きものである──。この考えをもとに、生命約40億年の歴史を研究してきたのが、中村桂子さんです。その「生きもの目線」によって、日本社会にある息苦しさの正体や、昨今の気候変動の取り組みで、抜け落ちている視点について語ってもらいました。

目次

効率・競争社会のツケ

YAMAP 春山慶彦(以下、春山)
今日はお時間をいただきありがとうございます。直接お話をお伺いできるのを楽しみにしていました。よろしくお願いいたします。

生命誌研究者 中村桂子(以下、中村)
こちらこそ、ありがとうございます。

春山
最初に自己紹介と、私たちが行っている事業の紹介をさせていただければと思います。私は1980年、福岡県で生まれました。今、42歳です。

中村
あらまぁ、私の半分以下ね(笑)。

春山
YAMAPを起業しようと思った一番の理由は、日本社会の最大の課題は、身体を使ってないことにあるのではと思ったからなんです。別の言葉で言うと、私を含め現代人は土から離れた生活をしてしまっている。

生きる原点。先生の言葉だと、「人間も自然の一部である」ということですが、これは生きものとして大前提であり、当たり前のことだと思うんです。それを知識として分かっていたとしても、自分のいのちとしてそれを理解していたり、実感していたり、あるいは環境や風土が自分のいのちそのものであるという、この身体感覚がすごく鈍くなっている。

だからエネルギーや食に対してあまり考えずにきてしまった。そうしたツケが3・11の原発事故で表出したと思っています。

ただ、「農業したほうがいい」とか「漁業したほうがいい」とか、そういうべき論では人の気持ちは動かない。「楽しい」とか「ワクワクする」というような、ポジティブな回路で都市と自然をつなぐということができたら、社会によいインパクトを届けることができるのではないか。現代において、登山やキャンプなど自然の中で時間を過ごすアウトドアは社会的意義があるし、可能性もあると思ってYAMAPを始めました。そして今年で10年目(2023年4月時点)になります。

中村
その10年で社会に変化はあったとお思いですか?

春山
むしろ悪くなってきているのではないかと思います。

中村
私もそう思います。このところ急速に悪くなっていますね。

春山
その変化について、先生はどのようにお考えですか。

中村
3・11を経験して、私は『科学者が人間であること』(岩波新書)という本を書きました。誰だってあの福島の原発事故はショックだったと思いますが、科学者としては本当に衝撃を受けました。

あの事故はなぜ起きたのかと考えたとき、原発を海の近くに建てたからでしょう。しかも、もともとあった崖を削って低いところに施設をつくった。あれを上につくっていたら……。

春山
そうですよね。

中村
それは後知恵ではありますけれど、崖を削ったのは、効率を求めたからですよね。

春山
そうですね、人間の効率のためです。

中村
効率は必要ですが、短期間のお金もうけにつながることだけを効率の良さと考え、それがやるべきことだという社会になっていたところが問題ですよね。つまり、原発事故はそれゆえに起きてしまったということです。その原点を考えなくてはいけない。

これには、競争で効率化を図ろうとする新自由主義が影響していると思います。新自由主義は、私の言う「生命誌」、人間は「生きもの」であるという考え方と対極にあります。新自由主義の考え方がなかなかなくならない。ずっとそのままですよね。

今はその影響がますます大きくなっています。全てを個の責任にして、とにかく競争させる。競争させればよい社会ができるという考え方は間違いだとは、誰の目にも明らかでしょう。

春山
おっしゃるとおりです。

アリとライオンの比較

中村
私は新自由主義が大嫌いです。とにかく「競争しろ」と言うでしょう。しかも、1つの価値観に従って、その中で1番、2番、3番……と順位をつける。

人間は生きものであり、生きものにはアリもいれば、ライオンもいる。そこで、「アリとライオン、どっちが上?」と言って比べることなど、決してできない。

春山
そういう発想にすらならないですね。

中村
アリはアリですばらしい、ライオンはライオンですばらしい。アリとライオンのどちらが優れているかと比べるのは無意味ですよね。

同じように、1つの価値観の中で人間を1番、2番と比較するのは無意味だと思いませんか。ほかのところでいいことがあったら、それでいいでしょう。駆けっこが遅い人もいるでしょう。でも、その人が絵が上手だったらそれでいいと思うんです。

ライオン、アリ、タンポポ、バラ……。生きものには、本当にたくさんの種類があります。それぞれ全く異なる特徴があるけれど、トータルで見ると全部同じだと思います。人間もそれぞれ個性はあるけれど、トータルで見たら同じ。

春山
まさに、それが先生のおっしゃる「生命誌」であり、「生命誌絵巻」(写真参照)ですね。

40億年の時間の重みと生命の全体性がわかる「生命誌絵巻」

中村
そうなんです。人間も他の動物や植物と同じように生きものと考えれば、みんな同じ。でも、見た目や特徴はバラバラ。それを1つの物差しだけで測るという社会をつくったら、とても生きにくいに決まっている。

でも、新自由主義はそれをやってしまったから、今、どんどん生きものとしての人間の能力が失われて、価値観もがらっと変わってしまいましたよね。人と人とを競争させて、ギスギスしています。それをやめない限り、よい社会にはならないでしょう。

春山
そうですね。

すべての生きものにある40億年の歴史

中村
繰り返し言うように、私にしみついているのは「人間は生きものだ」ということ。これが私の原点であり、ほとんどすべてのことをこれに当てはめて考えています。この言葉にはいろいろな思いを込めているのですが、大きく分けると4つあります。

1つは、生きものはとても多様だということです。多様とは、いろいろなものがいるということで、これは子どもだってわかりますね。動物、鳥、魚、昆虫、それから植物もいれば、目に見えないバクテリアもいる。数千万種類もの生きものが地球上には存在しています。

そんなふうに生きものは非常に多様なのに、すべてに共通性がある。それが2つめです。これは、現代生物学の成果として、一番大事なことです。すべての生き物は細胞でできていて、その中には必ずDNAがある。それぞれの生きもののゲノムが入っているということです 。

そして、さっき春山さんがおっしゃってくださったように、その元は皆、40億年ぐらい前の祖先細胞です。昔は「バクテリアなんて単細胞でたいしたことない」とか、「昆虫は虫ケラだ」とか言って、一番上に人間がいると、生きものにすら序列をつけていたでしょう?

でも、今の生物学には下等生物、高等生物という言葉はありません。なぜなら、生きものは全員、40億年の時間を持っていて、その意味ではタンポポもアリも人間も皆、同じ位置にいます。生命誌絵巻で見れば、扇の要から天までの距離はどこも等しく、 そこに高等、下等はありません。

中村
命の重みにはいろんな意味があるけれど、40億年という時間の重みもかなり大事な重みでしょう? そうすると、アリ1匹だって、いいかげんに潰してはいけないということになります。それが3つ目ですね。

4つ目が現代社会にとって一番大事なことで、それは人間は生命誌絵巻の中で、ほかの生きものたちと同じところにいるということです。新自由主義を推し進める方々は、この生命絵巻から外れて、人間は扇の外に出た上にいると思っている。

だから、「人間」という言葉を使っていても、それは本当の意味で人間ではない。仮想の存在なんです。この頃は生物多様性やSDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)などと言って、環境のことも考えなくてはいけないと言い始めていますが、皆さん生命絵巻の上から言っているでしょう。

春山
そうですね。

中村
これを私は、「上から目線」と言うのです。本当は生命絵巻の中にいるんですよ。だから、「中から目線」。私はいつも中からものを見ています。生命絵巻の中、ほかの生きものたちと同じようにみんな一緒。そうでなくては人間ではないんですよね。

それを勘違いして、人間だけを特別な存在と考えてはいけません。「人間のために」というけど、中からものを考えなければ、人間のためにもならないんですね。

春山
そうですね、本当にそう思います。

中村
今、気になるのはSDGsですね。2015年に行われた国連の会議で「持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現」を目指して、2030年までに達成すべき17のゴールが定められました。

SDGsが目指すゴールはいいと思うし、それに向けてみんなが一生懸命努力することも、もちろん否定しません。でも、SDGsで、「誰一人取り残さない」って言葉があるでしょう?

私はこれが好きじゃなくて、「誰が言っているの、まるで神様がおっしゃっているみたい」と思います。完璧、「上から目線」になっていますね。

春山
人間がすべての生きものの頂点にいるという考え方が根底にありますね。

中村
でも、人間は生きものなんですから、本来は、「他の生きものも一緒に、みんなで生きましょうね」ということでしょう?

今、SDGsというスローガンの下で、企業も国も動き始めたのはチャンスですし、この動きをうまく活かしていかなければいけないと思います。

特にゴールの13番目、気候変動の問題については、温暖化の原因となっている、石炭や石油を燃やして出る二酸化炭素を減らそうということになって、世界中の国や企業が「脱炭素」の取り組みを始めています。日本政府も、2050年には二酸化炭素を出さない社会にするという目標を掲げました。

でも、「脱炭素」というのはおかしな言葉ですね。そもそも、私たち生きものはすべて炭素化合物でできています。DNAもたんぱく質も糖も脂肪も、全部炭素の化合物で、それが体の中で筋肉や脂肪としてはたらき、私たちの体を動かすエネルギーの素にもなります。

そして、私たちの吐く息は、呼吸で吸い込んだ酸素と炭素が結合してできた二酸化炭素です。「脱炭素だ」なんて言ったら、私たちはこの世界にいてはいけないし、呼吸もしてはいけないことになってしまうじゃないですか。「二酸化炭素排出抑制」と正確に言わなければ。

こういう言葉遣いひとつとっても、環境に関心があるように見えながら、実のところは自然と向き合っていないな、と気づかされます。 むしろ、自然を征服しよう、新しい技術でなんでも解決しようとしているから、ここを変えないといけないですね。

今のままのSDGsでは、思想が間違っているので成功は難しいでしょう。たぶん、やっている方たちが動いているうちに、「これではうまくいかない」と気づいていくのではないかしら。

春山
SDGsという指標は、ないよりはあった方がいいと思うんです。でも、中村先生の『生る 宮沢賢治で生命誌を読む』(藤原書店)の中で、「神話では人間を特別視しない」と書かれてありました。本当に必要なのは、私たち人類が生命誌という全体性の中で生きていることを理解し、実感することにあると思います。

生命誌の全体性が、いのちで実感できていると、そもそも競争したりしないし、存在すること、生きていること自体によろこびを感じられる。

中村
そうそう、何かね、自分自身がとてもおおらかになれるんです。「みんな同じよね、アリも仲間よね」と思っていると、何が嫌だとか、あいつがどうしたとか、お金がどうとか、そういうことがあんまり気にならなくなります。「のんびり暮らすのもいいな」みたいにね。

春山
たしかに、そう考えるとおおらかになれますね。

(後編に続く)

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