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YAMA LIFE CAMPUS 登山道整備編参加レポ|登山者が山を整備する未来に向けて
YAMAPが旅行代理店「クラブツーリズム」とコラボして、この春スタートさせた 新たな取り組み「YAMA LIFE CAMPUS」。山に関わる様々な分野で活躍するエキスパートを講師として迎え、オンラインとフィールド(登山)の講習を通して受講者に登山スキルを磨いてもらおうという取り組みです。
今回ご紹介するのは、「YAMA LIFE CAMPUS〜登山道整備編〜」の参加レポート。講師は、一般社団法人山守隊の代表として北海道・大雪山系を中心に登山道整備の活動を続ける岡崎哲三さん。「山を楽しむ」をモットーとし、登山文化と北海道の雄大な自然を日々守っています。参加したのは、イラストレーターの鈴木みきさん。4年前から北海道に拠点を移し、この夏は大雪山にある白雲岳避難小屋の管理人もしていた彼女が感じた、3ヶ月の体験レポートです。
目次
YAMA LIFE CAMPUSって、なに?
「みきさん、今度YAMAPで登山道整備のツアーをやるんだけど…あのぉ、そのレポートを書いてくれる人を探していて…」
なにやら恐縮して、うちの代表から相談を持ちかけられた私。
ーー「うちの」というのは、この夏のあいだ私がアルバイトをしていた「北海道山岳整備」のこと。「北海道山岳整備」は登山道整備を中心に行っている合同会社で、私がアルバイトした「白雲岳避難小屋」や「高原温泉ヒグマ情報センター」の委託運営もしている。 そこの代表である岡崎さんは、ボランティアを集めた登山道整備イベントなどを率いる「山守隊」の代表でもあり、その「ツアー」とやらのガイド兼、講師を務めるのだという。
私は長いこと登山専門誌の取材同行や寄稿、自分の登山経験を生かしたコミックエッセイの執筆しているので「そういうことならお任せあれ!」と、調子よくポンと胸を叩いた。
…ところで、「YAMAPの、登山道整備のツアー」ってなに?
それから数日後、YAMAPの担当者から連絡をいただき、その詳細が伝えられた。
「YAMA LIFE CAMPUS」。 山を一生の趣味にするために、YAMAPとクラブツーリズムが提携し始まった体験型の「山の学校」。登山のステップアップはもちろん、山の愉しみ方を広げる3か月間のプログラムを企画し提供していく、 らしい。岡崎さんは、そのなかのひとつ「登山道整備編」を担当するとか。
確かに、近年ますます山に登る目的は多様化している。登頂だけでなく、各々が自由に登山を楽しむようになったと私も感じている。その一方で多様になったがゆえに、知識や見聞を深めるためのお手本が見つからないということもあるだろう。そこに、こういった経験者や専門家を招いて学べるプログラムがあれば、藁をもつかむ気持ちで申し込む人も多いのではないかと感じた。
しかしながら「登山道整備」って…ニッチ過ぎやしませんか?
3か月間にオンライン講習が6回、フィールド講習が3回、しかも受講料が16万円⁉ …そこまでして登山道整備を学びたいなんて、一体どんな人が参加するのだろう…。
私もそして岡崎さんも、最後まで参加者が集まっているのか疑心暗鬼のまま講座が始まるのを待った。
【第1クール オンライン講習・守るを楽しむ】人が来るほどに美しくなる山を目指して
迎えた7月7日。ZOOMの画面には参加者7名、クラブツーリズムから進行役とツアー同行スタッフが各1名ずつ、同じくツアー同行するYAMAPスタッフ1名、そして講師の岡崎さんが出揃った。
当日までFacebookのグループ機能を利用し、スタッフの挨拶や連絡事項などを共有していたが、顔を合わせるのはこれが初めて。参加者は、男性5名、女性2名。20代2名、30代3名、40代2名という内訳だ。
主観になるが、思っていたより年齢層が高く、どなたもきっちりとして比較的おとなしそうな雰囲気…? それは開始時間が19:30~で、仕事帰りのスーツのまま参加されていた方もいたせいかもしれないが…もっと土木作業が好きそうな、いわゆるパワー系の人が集まるのかと思っていたので、なんとなく裏切られたような顔ぶれだった。
「以前歩いたときと山の様子が変わっていた」
「登山道を管理する自治体と仕事をする機会があって違和感を持った」
「好きな登山と関連した社会貢献できるかも」
「仕事に生かせるかもと思った」
「登山道って誰が整備してくれているのかな?」
ほとんどの方が、何気ないキッカケから登山道を意識するようになって、このプログラムに興味を持ったのだという。山を歩いていて感じた「ちょっとした疑問」。でも正解をもとめようとすると引っかかる、何か「モヤっとしたもの」。
参加者の大半がその答えを探したいと思っているようだった。それを受けて岡崎さんも「山が好きで山に来ているんだけど、それが山を崩しているんではないか」そう思ったことが登山道整備を始めたキッカケだったという話をされた。
崩したくなければ「山を歩かなければいい」という極論もある。でも、もし利用と保全のバランスが取れたら、もし人が来るほどに山が美しくなる管理ができたら…。もし、利用はするが保全はしないという、「使い捨て」の発想を変えることができたら…。
そうなれば、「登山道整備」はただの「整備」ではなく、「登山」はただの「アクティビティ」ではなく、「自然を守り維持する行為」になりえる。
そういった可能性がオンライン講習の随所に示され、参加者もこれは単に体を動かすだけのプログラムではないなと感じたはずだ。それが皆の期待していた内容であったかは分からないが、初回にして「登山道整備」を取り巻く簡単ではなさそうな実情を知り、その大きく強いうねりに飛び込んでみたいという熱量が上がったのを、画面越しに感じることができた。
【第1クール フィールド講習@大雪山・湯の沼】メンバーと初? 対面
その熱が冷めやらぬまま翌週末、さっそくフィールド講習の初回が訪れた。
講習の舞台は北海道、大雪山。表大雪の東側に位置する高根ヶ原のお膝元「高原温泉」には北海道山岳整備が管理を委託されている「高原沼巡り登山コース」があり、今回はそのコース内を整備することになった。
プログラムには1泊2日のフィールド講習が全3回予定されている。どれも現地集合・解散で行われるが、アクセスについてもクラブツーリズムのスタッフが事前にちゃんと相談に乗ってくれるから安心だ。
当日も電波の届かない辺鄙な場所にもかかわらず、道内外からマイカー、公共交通機関などを使い、無事に全員到着することができた。一度オンライン上で会っているのもあって、不思議と初対面という気がせず、緊張せずにすんなりツアーがはじまった。これまで登山ツアーや講習に人見知りで参加しにくかったという人でも、これならハードルが低くなるのではないだろうか。
【いよいよ登山道整備を初体験】 近自然工法とは
初回の整備は2か所。歩き出して1時間強ほどの「湯の沼」周辺で行われた。
ひとつめの現場は、登山道が水の浸食で下へ下へ掘られてしまい、そこを横断していた複数の木の根が宙に浮いた状態になっている箇所。ふたつめは沢沿いの大きな木の周りの土が痩せてしまい、根っこがまるで数段のハシゴ状になっている箇所だった。
どちらも登山者にとっては歩きにくく、危険を回避するために根を足がかりにしたくなる。しかしこれを放置すれば、土はますます削られ、つねに踏み台になっている根、つまりは木への影響が出ることだろう。
そこで、前者は根の高さまで石組みで嵩上げする施工、後者は根の高低差を利用した木柵階段を施工することになった。
岡崎さんが登山道整備に採用している「近自然工法」は、元々 スイス、ドイツが発祥の河川工法。特徴的なのは、河川工事の”マニュアル”ではなく「浸食を止め、生態系を復元させる”考え方”」だということ。土木工法としては、概念的で分かりにくいといえば分かりにくいが、ベースはシンプル。「壊れた自然を、自然に近づける」。そのためのキッカケを作る施工をする。
この工法では、資材はできる限り現地調達。周囲にある石や倒木を使えば、ヘリや重機を使った大規模な運搬や費用も時間も必要ない。景観への馴染みがいいのもポイントだ。
ということで、記念すべき初整備は資材調達からスタート。ふたつの班に分かれて、担当する施工箇所に見合う石を沢から探してくることが命じられた。大きな岩ばかりを運んでくる人、何度も行き来し数を稼ぐ人、サポート役に徹する人、黙々と集中して作業する人…さっそく参加者の個性が見えてきた。その後の作業も、その個性そのままに進んでいくが、着実にひとつのものが出来上がっていく。それを岡崎さんがニコニコと笑いながら眺める。
整備には色んな人がいていい。画一的にならなくてもいい。正解はひとつではないのが面白いのだそうだ。
出来上がった道を、皆で何度も往復した。歩きやすくなったことを、自分の足で味わう。それが尚且つ、植生の復元を助けることにも繋がっている。逆の言い方にすると、植生の保全をすれば、登山者も歩きやすい道になるということ。この相乗効果というか、一石二鳥感というか、体も頭も使って、整備って深くて面白いじゃないか…。
2日間のフィールド講習を終えるころ、すでに何かを一緒に作り上げたという一体感が参加者の間に生まれていた。「また来月もがんばりましょう!」満足気に帰っていく皆の笑顔に、今回のテーマであった「守るを楽しむ」が腑に落ちた気がした。
【第2クール オンライン講習 整備という自然観察】登山道維持管理の現状
翌月、第2クールのオンライン講習には、第1クールのフィールド講習で参加者から挙がった疑問に答えるために、山守隊の理事でもある、環境コンサルタントの山口氏をゲストに招いて話を伺うことができた。
その疑問というのは「公共工事との差」。質問者は実際に整備をしてみて「近自然工法がこんなにも 環境に適した整備であるのに、 なぜ、公共工事として採用されないのだろう?」と思ったという。既にこの段階で、単に整備作業をしただけでなく、一歩二歩突っ込んだ関係者目線になっているといえるだろう。
その質問に対しての山口氏の回答を簡単に要約すれば、「近自然工法は、費用や施工の見積もりが出しにくく、予算や書類を重んじるお役所としては扱いにくい」となるか。つまりは、個人では動かし難い仕組みが、登山道整備を遅らせている。しかし、氏は「この壁はいつか壊せる」と付け加えた。
これに関連する「管理体制」や「行政との関係」といった質問や議論は、第1クールのフィールド講習中にもよく聞かれ、これを知ることが参加者が受講前に感じた「モヤっとしたもの」を解決する根源にあるものなんだと思った。
大雪山を含む、日本の名だたる山域は国立公園に認定されている。国立公園内の整備は、個人や民間が勝手にできるものではない。様々な手続きを踏んで行政から許可を得た者、もしくは行政が行う。
登山道の”あり方”について多くの「? 」が出たのは、一般登山者が望むものと、行政がハンコを押すものにギャップがあることが浮き彫りになったということではないだろうか。
【第2クール フィールド講習@大雪山・ヤンベ温泉】自然の成り立ちを知り、現場に合わせた施工を
「近自然工法」は、自然観察からすべて始まる。その山、その場所の地理的条件、気候、植生…そこにある自然の特性を利用し、特徴に合わせた施工を考える。整備するのは自然が壊れている、もしくは壊れる見込みのある箇所だ。健やかな箇所に、登山者の歩きやすさだけを目的とした整備はしない。
これを聞いたり読んだりするだけでは頭で分かるだけだが、実際に手がけたものを目の前にすれば、山が好きな人なら五感で納得できるだろう。
今回のフィールド講習も前回同様「高原沼巡り登山コース」で行われたが、ロープや滑車を使って前回より大きな資材を運搬するような施工となった。この際、なんと参加者から「この運搬作業で植生を壊しているのでは?」と、岡崎さんが突っ込まれる場面も! 実際には影響がない場所であったが、岡崎さんのほうも初心に返るような刺激になったようだ。初回では目の前の作業だけに一所懸命だった参加者が、周囲の自然を見て想像できるようになっていることは本当に素晴らしい成長だと思った。
【第3クール オンライン講習 近自然の発想と応用】10年後も残る山作り
最終第3クールが始まろうというとき、残念なニュースが舞い込んだ。北海道に緊急事態宣言が発令されたのだ。オンライン講習の冒頭、ツアー規約に沿いフィールド講習の中止が告げられた。コロナ禍での3か月間、こういうことも起きるかもしれないと思っていたものの、何ともやるせない。
しかし、この日の講習は実に希望に満ちたものとなった。「これで終わりではない」 参加者、講師、主催者が自分の言葉で口を揃えた。
「山を楽しむのに”登山道整備”という分野が増えた」
「自然の見方が変わった」
「3か月で身に付くものではなかった。整備は深い」
「資材を探しながら歩くようになった」
「勇気を出して飛び込んでよかった。新しい世界を知れた」
「山が楽しいからこそ、自然を守りたいと思うもの」
「世の中にもっと広めたい! 」
今回のプログラムを通じて、メンバーがもっとも学んだのは「登山道整備という”視点”」だったようだ。理由はそれぞれあるが、「登山道整備を続けたい」という気持ちも皆の心に同じく宿っていた。そして全員が、このプログラムの修了を「スタート」だと捉えていた。
これには岡崎さんも心強く、頼もしく思ったのではないだろうか。「登山道整備を楽しく」が岡崎さんのモットー。しかし近年、どこの山域の登山道整備も大きな問題に直面している。荒廃の深刻さ、人員や費用の不足、管理体制の不透明さ、地域や行政との連携の脆弱さ…。挙げればきりがないが、これらを抜きに今の登山道整備を理解することはできない。それを隠さずに、敢えてプログラムのテーマのひとつとした。
それでも登山道整備は「楽しい」。それが伝わった。
フィールド講習は1回減ってしまったが、逆に参加者の結束は強くなったようだった。来年は今年施工した箇所の経過を見に行こうだとか、本州の登山道も見に行きたいだとか、「次」の話で盛り上がっていた。その会話は、いわゆる「山友」というよりも、「同志」「戦友」に呼びかけているようだった。必ず、またこの仲間で集まる日がくるだろう。
来年、5年、10年…皆さんが手がけた登山道をたくさんの登山者が歩く。そこに名前が刻まれているわけでもないし、近自然すぎて整備してあることに気づかれないかもしれない。だからこそ、誇らしく思ってほしい。私はそんなことを思った。
【これからの登山道】「なんのために」「誰が」整備するのか
今回、私自身も大雪山で登山道整備をするのが初めてだったが、素人だけで整備をしても、短い時間で施工できたことに大変驚いた。少ない道具でも、お金をかけなくても、技術と知識を持つリーダーがいれば、こんなことまでできるのか! と、毎回のフィールド講習では目からうろこの連続だった。
今後、全国で登山道の荒廃がさらに広がり、それに伴い整備の必要性が急激に高まると私は予感している。そこで「どういう整備をするか」「なんのために整備するか」を考えられる人材がいるかいないかで、山の未来は変わってしまうのではないかとも案じている。
今回の「YAMA LIFE CAMPUS 登山道整備編」は、登山のステップアッププログラムとは一味違う。技術そのものをフィールド講習で学び、施工もする。その施工物が山に残るという愉しみや達成感もあるだろう。だが、真のキーワードは「視点」だったように思う。
回を追うごとに新しい視点を増やしていく参加者はキラキラと眩しく、問題意識を持って登山道の未来を考える姿には感動すらおぼえた。
月に2回あったオンライン講習の内容はクタクタになるほど充実していて、そこで共有した知識や疑問点をフィールド講習にぶつける。「心技体」が循環したような3か月間だった。
「登山道整備」を学ぶ。ニッチには違いない。だがしかし、だからこそ、学んだことがある人が日本で、いや世界にもどれだけいるだろうか。唯一無二のプログラム。振り返ってみれば、高くはない受講料だったと思う。
いくつになっても、学びは人を、人生を変えられる。きっとこのプログラムから、全国の登山道整備に出向くようなリーダーが生まれるのではないか。そんな希望と推測を勝手に持ってワクワクしている。
登山道整備を「知らない誰かがやる」時代はもうおしまい。自分たちが好きで楽しんでいるフィールドを生かすも殺すも自分次第。その”視点”持ってますか?
(了)
※第3クールのフィールド講習中止分の費用については、参加者に返金対応をしております。
イラストレーター
鈴木みき
1972年東京生まれ。若かりしころに訪れたカナダで山旅に目覚めて以来、山を主軸に生きている。山小屋、スキー場、雑誌、テレビ、ラジオ、登山ツアー添乗、講演、コミックエッセイ執筆…もう何屋なんだか分からない。確かなのは、著書が多めの山好きの山や。
代表作「悩んだときは山に行け!」(平凡社)、最新刊「登山式 DE 防災習慣」(講談社)など。
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