登る
ここはどこ? パスポートなしで出かけ、「ヒマラヤ」に登る!
圧倒的な山行日数を誇る人気山岳/アウトドアライター、高橋庄太郎さんによる連載「いつかは行きたい! 山の 名 (珍) スポット」。 毎回1ケ所「え、こんなところにこんなものが?!」と驚く、知られざる名(珍)スポットを紹介します。
高橋庄太郎の「いつかは行きたい!」山の名スポット、珍スポット #03/連載一覧はこちら
目次
あの「ヒマラヤ」が日本にあった! だけどエベレストは、ない。
アジア大陸の巨大な背骨、ヒマラヤ山脈。標高8,848m、世界最高峰のエベレスト(チョモランマ、サガルマータ)がそびえ、山好きではなくても知らない人はいないだろう。
僕もネパール側につけられた通称エベレスト街道を歩き、エベレストベースキャンプや標高5,545mのカラパタールへ行ったり、チベット側を旅したりしたこともある。だが、それらの次のヒマラヤ体験の舞台が、まさか日本になろうとは……。
では、わが国のヒマラヤをご紹介していこう。
ヒマラヤがどこにあるのか、この記事の最後まで秘密にしておこうかと思ったが、それでは話が進みにくいので、「地域」だけはお伝えしよう。
それはズバリ、北海道。ヒマラヤの場所は、上の写真の緑色の山の形をした場所(少しズレているかもしれない)である。
あの有名山域の間近なのに? 人が少ない登山道
じつはヒマラヤは北海道の超人気山域の近くにある。だが、足を向ける人は少ないようだ。このとき僕が登ったのは登山適期の9月だったが、出会ったのは2~3人だけ。さすがヒマラヤ、人間を簡単には寄せ付けないようである。周囲には人間よりもヒグマのほうが多いに違いない。
2時間もせずにヒマラヤが位置する標線には上がることができ、すぐに分岐が現れる。そこで登山道は南北に分かれるが、僕はこのときすぐにはヒマラヤに向かわず、まずは南の「平山」に向かった。少し遠いところから、ヒマラヤを見てみようと考えたのだ。
平山の山頂にはあっという間に到着した。だがそこから北側を眺めてみても、ヒマラヤがどこにあるのかわからない。その代わりに目立つのは、日本300名山のニセイカウシュッペ山。僕は前に登ったことがあるが、静かな雰囲気でお勧めだ。
ヒマラヤの姿を求めて歩く、北の大地の広い稜線
平山から歩いてきた道を折り返し、再び分岐に戻った。改めて先ほどの標識を見ると、「平山頂上」の上には別の木板も置かれていたことに気付いた。しかしまあ、ここまで道標が壊れていると、なにがなんだかわからない。
分岐を挟んで南北に延びる縦走路は、じつに解放感がある。天気はあいにく曇り空だったが、それでも気持ちが非常によいのだから、晴れているときに歩いたら最高に違いない。
それにしても、ヒマラヤはどこなのか? 行けばわかると思って舐めていたが、ぜんぜんダメ。分岐にあった標識以外にはほとんど目印もなく、僕はただただ北上を続けていった。
ここか? いや違う。ならば、ここか? いや違う……。どうにもわからない。
日帰り登山、しかも無酸素で、ヒマラヤ登頂を達成!
少しすると目の前に三角点があった。これは絶対に地図上に記載されているはずだ。僕はスマートフォンを取り出し、登山口から稼働させていた「YAMAP」を確認した(本当の話)。すると……。
地図上に示されたルートによれば、僕の目の前にある三角点は「比麻良山」。なんと、ここだったのか!
もうお気づきだろう。勘のよい人ならば、もっと前からわかっていたとも思う。
「比麻良山」をカタカナにすれば、「ヒマラヤマ」。日本のヒマラヤは、山脈ではなく、ひとつの山頂なのであった。しかも正確に言えば「ヒマラ」ヤマ。厳密に言えば、ヒマラヤではないと誰かに怒られそうな気もする。すみません……。
じつは分岐から比麻良山へ向かうまでに通ってきた稜線には「比麻奈山」もあり、こちらは「ヒマナヤマ」。なんとなく失礼な感じがする山名だ。ちなみに、先に登った平山もカタカナで書けば「ヒラヤマ」で、どの山も発音はかなり似ている。
これらの山がそびえているのは「北大雪」。北海道の最高峰、旭岳を擁する大雪山の北側にある山々だ。最高峰は標高1,811mの比麻奈山。だが、展望台としてよく登られているのは平山のほうで、実際に山頂付近からは大雪山系の山々が非常にきれいだ。冒頭の雪山の写真は、平山の対面にある大雪山の黒岳ロープウェイ付近から撮影したもので、平山からはその黒岳方面がよく眺められるというわけだ。有名な観光地である層雲峡は、平山と黒岳に挟まれていることになる。
アイヌ語に語源を持つ、エキゾチックな山名
比麻良山はアイヌ語の「ヒム・オマ・ヌプリ」に語源があるらしい。もう少し詳しく説明すると「ヒマラ≒ヒム・オマ」で「山=ヌプリ」。合わせて“崖がある山”という意味になる。比麻奈山や平山の語源は不明だが、アイヌ民読がつけた名前ではなく、比麻良山から派生して、あとから和人がつけたものかもしれない。
ともあれ、これで僕は「ヒマラヤ(マ)」登山を達成した。僕のように自分の登山歴に「箔」をつけたい人は、ぜひ登っていただきたい! 誰かに自慢するときは、最後の「マ」だけ発音を明確にしないことをお勧めしておこう。
ヒマラヤマを含むこの山域を歩いて思うのは、北大雪の山々のポテンシャルの高さだ。人影が少なくてワイルドな雰囲気がたまらない。このときは曇り空でイマイチだったが、本来は周囲の景色もバツグンなのである。個人的には人が多い大雪山中央部よりも、北大雪のほうが好みかもしれない。テントを張って眠れるスペースもあるので、次はバリエーション的なルートをたどって、ニセイカウシュッペ山へ縦走してみようかな。
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文・写真:高橋庄太郎
山岳/アウトドアライター
高橋 庄太郎
出版社勤務後、国内外を2年間ほど放浪し、その後にフリーライターに。テント泊にこだわった人力での旅を愛し、そのフィールドはもっぱら山。現在は日本の山を丹念に歩いている。著書に『トレッキング実践学 改訂版』(ADDIX)、『テント泊登山の基本テクニック』(山と渓谷社)など多数。イベントやテレビへの出演も多い。
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