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上村愛子さんが癒された南伊豆ロングトレイル|海を見ながらの絶景山歩き
伊豆半島南端の海岸線に沿って山と集落をめぐる「南伊豆ロングトレイル」。ほのぼのとした温暖な気候で、山の上には海を臨む大眺望が広がる、ありのままの自然が魅力のトレイルです。そんなトレイルを、元フリースタイルスキー・モーグル日本代表の上村愛子さんが歩きました。「心が癒された」という、南伊豆ロングトレイルと静岡県松崎町の旅をご紹介します。
目次
南伊豆ロングトレイルって?
穏やかな空気、青く広がる海、水平線の先に見える富士山や南アルプスの峰々。
温暖な南伊豆の海岸線に沿って伸びるのが、南伊豆ロングトレイルです。静岡県松崎町から伊豆半島最南端の石廊崎(いろうざき)まで全長約50kmの道のり。標高が高い山はないものの山の上には見事な眺望が開け、町や集落をつないで旅のような山歩きを楽しめると最近人気が高まっています。
そんな南伊豆ロングトレイルを旅したのは、上村愛子さん。紹介するまでもなく、長野冬期オリンピックから5大会連続で入賞した元フリースタイルスキー・モーグル日本代表です。
いまは長野県白馬村を拠点に、雪山をバックカントリースキーで滑り、SUPで湖を漕ぎ、クライミングまで楽しんでいます。登山では、白馬三山や唐松岳などを登るアクティブさ。小さいころから自然に親しんで育った、生粋のアウトドア好きです。
「あぁ、癒される」
南伊豆ロングトレイルを歩いているとき、上村さんのつぶやきが漏れ聞こえてきました。たしかに、どこか心がほぐされるような感覚があります。
それでは、ここからは上村さんが歩いて、心と体で感じた南伊豆ロングトレイルの魅力を紹介しましょう。
南伊豆ロングトレイル|ありのままの自然を歩く
今回は南伊豆ロングトレイルの一部を日帰りで歩き、海岸沿いならではの展望や景勝地、そこに根付く文化を楽しむプラン。
雲見集落から南伊豆ロングトレイルの最高峰『高通山(たかとおりやま・標高518m)』に登って、『石部の棚田』を通って海岸に下り、石部集落から古道で雲見集落に戻る周回ルートです。
距離にしておよそ11km、6時間30分ほどのコースタイムになります。
スタートは雲見海岸から
『雲見海岸』は、富士山の雄姿を望める最高のスタート地点。しかし、この日は雲が邪魔してなかなか姿を拝めません。
せっかくなので少し待っていると、雲が引いて富士山の頭がのぞきました。富士山を背にして、海抜0mから始まる山歩きの旅はなんとも新鮮な気持ち。
まずは、雲見海岸のすぐ隣にそびえる『烏帽子山(えぼしやま・標高162m)』を目指します。
大パノラマが待つ烏帽子山山頂へ、約450段の道のり
『烏帽子山』の山頂には、雲見浅間神社の本殿が鎮座しています。入口の鳥居をくぐると、ずらりと並ぶ石灯籠や立派な夫婦松もあって、素敵な雰囲気。
そして、山頂へと伸びる約450段もの石段。趣のある石段を一歩一歩登った先の山道をたどると、やがて360度のパノラマが広がる展望台が待っています。
展望台からは水平線がどこまでも広がり、透明感が高い海は上から覗き込めるほどで、これから行く『千貫門(せんがんもん)』も『高通山』も見渡せます。
「普段は長野で山に囲まれて生活しているんですけど、伊豆もいいですね。標高が低くても豊かな山があって、その先にこんなすてきな景色が広がっているなんて…」
小さいけれど大きな達成感を味わっている上村さんの笑顔は、太陽の光できらきらしている海面と同じように輝いていました。
いつまでも眺めていたくなるような景色ですが、旅はまだ始まったばかり。
1.5億円の絶景!?自然の力を見せつけられる千貫門
『烏帽子山』を下りて次に向かうのは、『千貫門』。雲見集落をあとにします。
「いつもの登山だけなら山の中だけなのに、このロングトレイルは人が生活している道も歩けるので、なんだかわくわくしますね!」
早くもロングトレイルの旅を満喫しているようです。
『千貫門』は、まさに一見の価値あり。名前の由来は「見る価値が千貫文に値する」ということから。一貫は昔のお金の数え方で、現代では15万円ほどの価値。つまり、千貫で1.5億円。これはもう見るしかありません。
その姿は、中央が波で削られてトンネルのように貫通している巨大な岩。何年もの時が経ってこの姿になっているのを想像すると、自然の力にただ圧倒されるばかり。
目指すは最高峰、高通山!
『千貫門』からは、いよいよ南伊豆ロングトレイルの最高峰『高通山』へ。海抜0mから一気に標高518mへと、標高だけでは想像できないほど登り応えがあります。
すれ違う集落の人に挨拶しながら進み、1時間ほどで登山口に到着。登山口からしばらく急な登りが続いているのに、スタスタと涼しい顔で登っていく上村さん。
あとから聞いてみると「登りはきつかったけど、登った先の景色を想像してがんばりました」のひと言にちょっとホッとしたスタッフでした。
登っていくと、だんだん変化する植生。生い茂っているのはナチシダです。
「白馬では冬の訪れを感じていたのに、南伊豆は春みたいな陽気ですね。静けさのなかに、力強い生命力をひしひしと感じます。」
生命力あふれる自然に目を輝かせている上村さんは、なんだかうれしそう。
山頂まであと一歩のところで、まず最初のごほうび。
北側が開けた展望ポイントからは、スタート地点の雲見集落が見下ろせます。その先には伊豆半島の海岸線が続いています。
遠くには、富士山の頭や南アルプスの峰々がうっすらと見えます。見通しがよければ、もっとはっきりと見えるそうですが、それは次回のお楽しみにとっておくことに。
「人間てすごいんだなぁ。さっきまであんなに下の海岸にいたのに、一歩一歩進むとこんな高いところまで登ってこられるなんて」
駿河湾を見下ろしながら、来た道のりを振り返る。そんな時間も登山の楽しみのひとつですが、海から登ってきたという達成感は南伊豆ロングトレイルならではかもしれません。
もうすでに南伊豆ロングトレイルの醍醐味を満喫しましたが、旅はまだ続きます。次の目的地、『石部(いしぶ)の棚田』に向けて歩みを進めましょう。
風情ある石部の棚田
『石部の棚田』は、標高120mから250mにかけて約370枚もの水田が広がっています。
昔から良質な石が産出していたことから、関東では珍しい石積みの強固な棚田です。田植えの時期には田んぼの保水力を高める伝統的な畔塗りをするとのことで、江戸時代から変わらない姿が保存されています。
いまは石部棚田保存会の方々が伝統ある棚田を守りながら、灯りのイベントなども開催され、多くの人が訪れています。
脈々と受け継がれる棚田を通りながら、石部集落へと下り、古道の三浦歩道(さんぽほどう)を通って、雲見集落へと戻りました。
「心が癒される山歩きでした」
「烏帽子山、千貫門、高通山、石部の棚田と歩いてきましたが、距離は短いのに植生や景色がどんどん変わって、とてもおもしろかったです。
歩いて次のポイントに到着するたびに、達成感を積み重ねられるロングトレイルの歩き方は、どんどんポジティブになって心が軽くなります。
気候も穏やかで、吹き抜ける風は気持ちよく、自然のなかで少しずつ癒されていく自分がいました」
松崎町散策|あたたかい人情と伝統文化に触れる
歩くだけでは、ロングトレイルのおもしろさは半分だけ。その土地にしかない食べ物や文化に触れると、思い出や楽しさが何倍にもなります。
今回の旅の入口になったのは、静岡県賀茂郡の松崎町。伊豆急下田駅からバスに乗り、1時間ほどでアクセスできる伊豆半島南部の町です。
「松崎町は見どころがギュッと集まっていて、歩いて回れるのがいいですね。お話しした町の方みんなの笑顔がやわらかくて、和やかな町の雰囲気に思わず羽を伸ばしちゃいました。」
それでは、南伊豆ロングトレイルを歩く前日に上村さんが散策した、松崎町のおすすめスポットをご紹介しましょう。
まずはアサイミートの『川のりコロッケ』で小腹を満たそう
「川のりの香りが、口のなかで爆発してます!」
ひと口食べた瞬間に上村さんが目を見開くほど、アサイミートの川のりコロッケは絶品です。注文をしてから揚げてくれるため、ほくほくを味わえます。
『川のり(一般的にはアオノリとして知られる)』は松崎の特産のひとつ。河口部でしか採れない特殊なのりで、環境に繊細なため、国内の川でも限られた地域でしか採れません。散策前のおやつに、ぜひご賞味を。
アサイミート
営業時間:9:00~18:00
揚げものタイム:9:30~14:00、15:00~17:30
定休日:火曜日、水曜日
https://www.ponshukan.com
散策前に『伊豆の長八美術館』で、伝統文化に触れる
松崎は『漆喰鏝絵(しっくいこてえ)』と『なまこ壁』という、日本の伝統文化に触れられる町。
『漆喰鏝絵』は左官職人が壁を塗る鏝と漆喰を使って絵を描いた、繊細でダイナミックな芸術。左官の名工といわれ、鏝絵の第一人者である入江長八(いりえちょうはち)は、松崎町出身の左官職人です。
『なまこ壁』は壁面に並べた平瓦の継ぎ目を、漆喰でなまこのように盛り上げて防火性や防風性を高める外壁工法のひとつ。
『伊豆の長八美術館』には長八の『漆喰鏝絵』が多く展示され、『なまこ壁』の工法を詳しく見ることができます。
散策する前に知識をつけておくと、町でみかけたときの発見のよろこびが大きくなりますよ。
伊豆の長八美術館(ちょうはちびじゅつかん)
営業時間: 9:00~17:00
定休日:木曜日
入館料:大人500円(中学生以下無料)
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『麺屋 井むら』で、地魚の海鮮に舌つづみ
長八美術館の隣にあって、おいしい魚がリーズナブルに食べられると、地元の人も通うのが 『麺屋 井むら』です。
漬け丼の魚はプリプリで、ボリューム満点。お腹を満たしたあと「こういうお店が白馬にあったらなぁ」と、うらやましがる上村さん。
井村さんに、松崎のいいところを聞いてみました。
「なにもないところがいいんです。誰もが訪れるような有名な観光地ではありませんが、訪れた人は松崎のいいところをそれぞれ見つけてくれます。きっとそういうのを好きな人が来てくれているんでしょうね。」
なにもない、それは自分で楽しみを見つけられる贅沢なことかもしれません。
麺屋 井むら(いむら)
営業時間: 11:15~13:30、17:30~22:30
定休日:木曜日
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松崎町のシンボル『なまこ壁通り』へ
「ここら辺りは西風が強くて火事の心配もあったので、『なまこ壁』が競って建てられたんです。小さい頃は、なまこの部分によく落書きをしましたよ。戦時中は目立たないように黒塗りしたものです。この家ももう古いですが、100年以上ももつ職人技はすごいですよ。誇らしいですね」
近藤さんは懐かしむように『なまこ壁』を見ながら、そうお話ししてくれました。
なまこ壁通り
料金:無料
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『であい村 蔵ら(くらら)』で、ひと休み
パワフルな昭和の乙女たちが集まって、和カフェを営業しているのが『であい村 蔵ら』です。カレーやあんみつが人気で、コーヒーも飲めます。大学いもとお茶をいただきながら休憩していると、どんどん地元の方が集まってきて、まさに「みんなの居場所」。その元気のよさに上村さんも圧倒されていました。
カフェだけではなく、それぞれの得意を生かした手作り雑貨は、どれもかわいい一品。
であい村 蔵ら(くらら)
営業時間: 10:00~16:00
定休日:木曜日
https://www.ponshukan.com
甘じょっぱさに歩き疲れも吹き飛ぶ『永楽堂』のさくらもち
さくらもちに使われている桜葉は松崎町の名産品。なんと全国シェアの7割を占めているんだとか。
その桜葉をぜいたくに2枚使ったのが、永楽堂の『長八さくらもち』です。あんこは、小豆の味をしっかり感じられるつぶあんを使用。桜葉の塩気と甘めのあんこが絶妙なおいしさ。
「松崎は電車も通ってないし、食事ができるところも多くないですが、ありのままの自然があります。海に沈む夕日は美しくて、春のサクラはきれいで、雲見集落から眺められる富士山はまるで絵画のようです」
馬場さんのステキな笑顔は、松崎の自然からくるのかもしれません。
永楽堂(えいらくどう)
営業時間: 7:30~15:00
定休日:木曜日
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雲見集落へ移動して、民宿『吉右衛門(きちえもん)』に宿泊
雲見に来てくれた人を楽しませたいという、おもてなし心があふれるお宿。
刺身は姿作りが当たり前、素材の良さを最大限に生かして調理するという料理はどれも美味しく、見ているだけでお腹がいっぱいになるほどズラリと並びます。
温泉の泉質は、ミネラル豊富な塩化物温泉。塩分濃度が高くて、体がいつまでもポカポカします。外傷やお肌にもいいようです。
民宿 吉右衛門(きちえもん)
宿泊料:1泊2食付き:11,000円~
https://www.ponshukan.com
かけがえのない南伊豆の自然で、心ほぐす旅を
今回、トレイルも町も案内してくれたのは、松崎町企画観光課の八木保久さん。20年以上前からボランティアで、草刈りやゴミ拾いなどをしてトレイルを整備。いまは「松崎古道守り隊」を結成して、整備や情報発信を行っています。
そんな八木さんに、南伊豆ロングトレイルの魅力を聞きました。
「海、山、川、すべての自然が残っています。近くにあり過ぎて気づいていない地元の方もいますが、ここにある自然はかけがえのないもの。それに、食べ物もおいしいんです。
たくさんの登山者に歩いてもらって、南伊豆ロングトレイルや松崎の良さを知る人が増えたら、こんなにうれしいことはありません」
南伊豆ロングトレイルは秋から冬が歩きやすく、遠くまで見晴らしがきくようです。
寒いシーズンは、心をほぐす旅に出かけてみませんか?南伊豆には、ありのままの自然、お腹が幸せになる食べ物、あたたかな松崎町の人たちが待っています。
原稿:大堀 啓太
写真:西條聡
モデル:上村愛子
協力:松崎町
ライター・編集
大堀 啓太
1984年東京都生まれ札幌育ち。東海大学の探検会に入部したことで、アウトドアで遊び始める。学業はほどほどに、毎週のように丹沢や奥多摩などで遊んで山の世界にのめり込んでいき、気づけば東京・上野にあるアウトドアショップに入社。4年ほど店頭に立ったのちに、アウトドアブランドに転職してマーケティングを10年ほど担当。現在は、仕事と遊びで培った山の知識を生かして、デザイン会社「ハタケスタジオ」にてライターを担当。
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