御神楽岳日記⑦ 背泳ぎ: た、隊長、そ、その通信機器を、元の位置に、も、戻せ… そうしないと、こ、この女の命は、な、無い… 隊長: 背泳ぎ! なぜお前が過激派グループの仲間なんかになっているんだっ!? 嘘だろ!嘘だと言ってくれっ! 極度の緊張感を保ったまま対面していた2人の間に、割って入る声があった。背泳ぎの背後から、もう一人の男が、ゆっくりと近づき、ハコちゃんの顔を覗き込みながら立ち止まった。男は黒い山高帽に、金ボタンの付いた黒い登山シャツ、そして黒いパンツを履いていた。その細くて長い身体をゆっくりと動かしながら、猛禽類のような鋭い目でハコちゃんを見つめ、そして隊長へと向き直った。 「隊長、抵抗はやめた方が良いと思うよ。あんたのお仲間は、おっと、失礼、元お仲間は、今や、殺人マシンになり果ててるからね。ここにいる女は確実に殺されると思うよ。」 男は薄笑いを浮かべ、神経を逆なでするような、ゆっくりとした口調で喋った。 羽交い絞めをされたままのハコちゃんの顔が青ざめていた。その眼には、恐怖と憎しみと悲しみが混じった複雑な感情が浮かんでいた。小刻みに、身体も震え出していた。 (こいつだ! あたしのお父さんとお母さんを騙して、死に追いやったのはこいつだ!) ヅラ坊主: 隊長、どうやら背泳ぎは、あいつらによって、マインドコントロールされているみたいですね。 隊長: うん、おそらくその通りだろう。だが、私には分かる。背泳ぎの精神は、今、必死に抵抗し続けているハズだ。あいつのぎこちない喋り方を聞いただろう? マインドコントロールされてから、まだそんなに時間が経っていないんだよ。 男: おい、おい、私の話を無視して、2人でお喋りかい? そんなに悠長にしている時間は無いと思うけどねぇ。そこに転がっている男も、かなりの重症じゃないのかい? そのままじゃぁ、放っておいても死んでしまうだろうなぁ。ふっふっふ。さあ、早くその通信機器を元の位置に戻すんだ。それとも、こっちの女がどうなっても構わないと言うのかな? ふっふっふっふっふ、ふっふっふっふっふ。 男は、神経質な表情で無理矢理に笑っているようにも見えた。そうして、隊長の反応を待つためか、しばらくの間、黙り込み、隊長を鋭い目で威圧するように見つめた。ふと、携帯電話の呼び出し音が聞こえてきた。男は、腕時計をチラリと見た後で、ポケットに入っていた衛星電話を取り出し、隊長達に聞こえない小声で、仲間と何やら話をし始めた。 ヅラ坊主: 隊長、どうしますかっ!? 青魚の状態がどんどん酷くなっていますっ! 恐らく、かなりの出血をしていて、輸血をしなければ本当に死んでしまいます! 時間がない! 一体どうするんですかっ!! 隊長: ...ヅラ坊主、私は、今、心を決めたぞ。私は、背泳ぎを信じることにしたっ! あいつの精神がマインドコントロールを打ち破り、我々の助けになってくれることを信じるっ! 隊長は大股で一歩前に踏み出し、仁王立ちのような恰好で、正面から背泳ぎに向かって話し始めた。その声には、力強さと、優しさと、そして悲しみが溢れていた。 隊長: 背泳ぎっ! 分かるか!? 私だ、隊長だ! この隊の創設以来、お前はずーっと、私の背中を追いかけて来てくれた! 隊長になって間もない頃、私は自分に自信が持てないでいた! そんな私に勇気を与え続けてくれたお前に、私はとても感謝していたんだ! あの頃の私には、特別な能力なんて無かったに違いない。にも関わらず、お前は組織の皆に、私の良さを公表し続けてくれた。こんな私を信じて、褒めたたえてくれるお前の行為が、正直、恥ずかしいと思ったこともあった。けれども、お前のその期待に沿うよう努力をした結果が、今の隊長としての私を作り上げてくれたんだ。なぁ、背泳ぎ、マインドコントロールなんかに負けないでくれ。私達が鍛え培った精神力で、そんなもの、打ち砕いて見せてくれ! 背泳ぎっ! 戻って来いっ! それは、慟哭といってもいい、心の底からの叫びだった。隊長は、訴えかけながら、背泳ぎとの過去に思いをはせていた。そして、やがて確実に来る悲しい結末を、はっきりと意識した上での、切ない魂の共鳴を、隊長は求めていたのであった。 青魚が、隊長に向かって、何かを伝えようとしていた。ヅラ坊主が青魚の口元に耳を寄せて、それを聞き取ろうとした。 「た、隊長...せ、背中らて、背中を見せてやってくれて....」 その青魚の掠れた声は、側に居なければ聞こえないほど小さい声だった。だが、なぜかその声は隊長に届いていた。隊長は、勢いよく身体をターンさせ、ザックを背負ったその大きな背中を背泳ぎに向けてみせた。 「背泳ぎ! これを見ろっ! これが、お前がその目 に焼き続けてきた、隊長の背中だぁっ!!」 その響き渡る大きな声に相応しい、凛々しく、大らかな隊長の背中が、雲の間から射し込む太陽の光に照らされた。 背泳ぎの表情が、苦痛に歪み始めていた。 つづく💦💦

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