飛火山・塚原山・桂ケ崎山(歴史探訪)

2021.01.24(日) 日帰り

チェックポイント

DAY 1
合計時間
2 時間 8
休憩時間
11
距離
5.2 km
のぼり / くだり
104 / 104 m
2 8

活動詳細

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最近 「私が歩いた古代の筑紫」を読み、今の美和台に『飛火山』と呼ばれた山があったのを知りました。 その著者の黒田氏はこの山の麓で生まれ育ち、山を『飛山』ではなく『飛火山』と書き呼んでいました。 この方の地元では、そうだったんでしょうね。 【・地名の由来は、戦争の時、狼煙を上げる山であったことから、飛火山→飛山になったと考えられる。 ・呼び名や意味が同じでも字が違ったり、呼び名も複数ある山は多い 】 その山も今では、宅地造成され住宅山になっていると分かっていましたが、訪ねてみることにしました。 その後、同じく今では山と呼ばれなくなった近くの塚原山・桂ケ崎山を含め、少しだけ歴史探訪をしました。

立花山・三日月山・城ノ越山 庚申堂(1714年)
昔は殿様道を守ってこの街道筋に立っていましたが、今では裏道となっています。

殿様道とは、将軍が代わると、新将軍就任の御祝に『朝鮮通信使』が日本へ渡ってきた。そのお世話は通過する藩が全般的に行うこととなっていた。
福岡藩は『相ノ島』に接待殿を作り、そこで全般の世話をした。その為藩の重臣、学者、時には殿様もお出ましになった。
庚申堂(1714年) 昔は殿様道を守ってこの街道筋に立っていましたが、今では裏道となっています。 殿様道とは、将軍が代わると、新将軍就任の御祝に『朝鮮通信使』が日本へ渡ってきた。そのお世話は通過する藩が全般的に行うこととなっていた。 福岡藩は『相ノ島』に接待殿を作り、そこで全般の世話をした。その為藩の重臣、学者、時には殿様もお出ましになった。
立花山・三日月山・城ノ越山 まずは、飛山公園へ。
まずは、飛山公園へ。
立花山・三日月山・城ノ越山 『飛山公園』
字が付いた公園名です。(現住所:和白ヶ丘3丁目)
この辺りは飛山と呼ばれていました。
山頂を目指します。
『飛山公園』 字が付いた公園名です。(現住所:和白ヶ丘3丁目) この辺りは飛山と呼ばれていました。 山頂を目指します。
立花山・三日月山・城ノ越山 眺めがいい✨
(正面) 立花山、(左) 前岳・三城岳、(右) 和白ゴルフ場~高藤山
眺めがいい✨ (正面) 立花山、(左) 前岳・三城岳、(右) 和白ゴルフ場~高藤山
立花山・三日月山・城ノ越山 水仙 💕
水仙 💕
立花山・三日月山・城ノ越山 美和台東公園
美和台東公園
立花山・三日月山・城ノ越山 この公園の場所が一番高そう。
この公園の場所が一番高そう。
立花山・三日月山・城ノ越山 ⛰️ 飛火山《飛山》山頂。

(古地図の山頂とは、少しズレてますが…今の山頂ということで☺️)
⛰️ 飛火山《飛山》山頂。 (古地図の山頂とは、少しズレてますが…今の山頂ということで☺️)
立花山・三日月山・城ノ越山 飛山からは、古墳も発掘されていました。
今では住宅地になっていますが、寄ってみることにします。
飛山からは、古墳も発掘されていました。 今では住宅地になっていますが、寄ってみることにします。
立花山・三日月山・城ノ越山 あの小高い場所から、古墳が発見されました。
あの小高い場所から、古墳が発見されました。
立花山・三日月山・城ノ越山 古墳があった面影はありません。

→ 塚原へ向かいます。
古墳があった面影はありません。 → 塚原へ向かいます。
立花山・三日月山・城ノ越山 ここも眺めがいい✨
ここも眺めがいい✨
立花山・三日月山・城ノ越山 塚原古墳群。
今の中学校の敷地内からも、発見されました。
説明板は道路側を向いています。

(昭和 9~10年) 雁ノ巣飛行場建設の際、この土を崩し持ち出したため古墳群は消失しました。
塚原古墳群。 今の中学校の敷地内からも、発見されました。 説明板は道路側を向いています。 (昭和 9~10年) 雁ノ巣飛行場建設の際、この土を崩し持ち出したため古墳群は消失しました。
立花山・三日月山・城ノ越山 この説明板以外にも、
古文書によると、1568年の夏、桂ケ崎山に立て籠り打ち出た毛利勢と立花勢の合戦あり。 その時の塚(墓)が多かったことから、塚原山と云うと考えられたそうです。
この説明板以外にも、 古文書によると、1568年の夏、桂ケ崎山に立て籠り打ち出た毛利勢と立花勢の合戦あり。 その時の塚(墓)が多かったことから、塚原山と云うと考えられたそうです。
立花山・三日月山・城ノ越山 玄界灘が見える✨
玄界灘が見える✨
立花山・三日月山・城ノ越山  『塚原公園』
(現住所:和白ヶ丘2丁目)
『塚原公園』 (現住所:和白ヶ丘2丁目)
立花山・三日月山・城ノ越山 一番高い場所は、和白無線基地局でした。
ここが 今の ⛰️ 塚原山 山頂 ですね。

この辺も宅地造成で山が削られ、地形が変わっているようです。

(もしかしたら、塚原山は隣の高台かも😅)
一番高い場所は、和白無線基地局でした。 ここが 今の ⛰️ 塚原山 山頂 ですね。 この辺も宅地造成で山が削られ、地形が変わっているようです。 (もしかしたら、塚原山は隣の高台かも😅)
立花山・三日月山・城ノ越山 相ノ浦香椎神社

相ノ浦八戸産神なりとある。
相ノ浦香椎神社 相ノ浦八戸産神なりとある。
立花山・三日月山・城ノ越山 相ノ浦観音堂(裏糟屋郡千人参り77番札所)

相ノ浦へ応誉和尚が布教に船で通われ、小さな寺を建て住まわれるようになったと伝えられている。
相ノ浦観音堂(裏糟屋郡千人参り77番札所) 相ノ浦へ応誉和尚が布教に船で通われ、小さな寺を建て住まわれるようになったと伝えられている。
立花山・三日月山・城ノ越山 神功皇后御繋船記念碑。
神功皇后が征韓の際に船が香椎の浦を離れた時、海が時化ることが予想されたため博多湾を出ることを見合せ、勝ケ崎を廻ってこの相ノ浦に船を繋いだ。

相ノ浦は、良港だったそうです。
神功皇后御繋船記念碑。 神功皇后が征韓の際に船が香椎の浦を離れた時、海が時化ることが予想されたため博多湾を出ることを見合せ、勝ケ崎を廻ってこの相ノ浦に船を繋いだ。 相ノ浦は、良港だったそうです。
立花山・三日月山・城ノ越山 神功皇后ゆかりの八角壁の井戸。
神功皇后ゆかりの八角壁の井戸。
立花山・三日月山・城ノ越山 (左) 字 勝ケ崎  (右) 字 飛松
(左) 字 勝ケ崎 (右) 字 飛松
立花山・三日月山・城ノ越山 轡納山 方面かな。
轡納山 方面かな。
立花山・三日月山・城ノ越山 若宮様
牛の守り神。

場所は飛松にあり、和白平野が海だった頃は唯一の下和白↔️塩浜↔️相ノ浦↔️新宮への道だった。
若宮様 牛の守り神。 場所は飛松にあり、和白平野が海だった頃は唯一の下和白↔️塩浜↔️相ノ浦↔️新宮への道だった。
立花山・三日月山・城ノ越山 勝ケ崎を歩いて廻って行きます。
この上が、桂ケ崎山です。
勝ケ崎を歩いて廻って行きます。 この上が、桂ケ崎山です。
立花山・三日月山・城ノ越山 昔は、この辺は海岸線でした。
昔は、この辺は海岸線でした。
立花山・三日月山・城ノ越山 『勝ケ崎公園』(現住所:和白5丁目)の先を上がって行くと、
『勝ケ崎公園』(現住所:和白5丁目)の先を上がって行くと、
立花山・三日月山・城ノ越山 丁度、校舎が建っている辺りが ⛰️ 桂ケ崎山 山頂でしょうか。
これから先は、関係者以外は入れません。

・終わりに・
変わり行く和白の一端を垣間見たような気がした1日でした。
丁度、校舎が建っている辺りが ⛰️ 桂ケ崎山 山頂でしょうか。 これから先は、関係者以外は入れません。 ・終わりに・ 変わり行く和白の一端を垣間見たような気がした1日でした。

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