活動データ
タイム
00:43
距離
1.3km
のぼり
86m
くだり
80m
活動詳細
すべて見る立戸山・大河原山の帰り、ついでに登れる山はないかと探してたら、ありましたよ!愛してやまない超低山!しかも城跡! でも山頂ランドマークは登録なし・・・ せっかく登っても記録に残らないんじゃつまらないので、これを機に新規登録申請してみます。幸い、調べたら山名もあるようだし。 【亀居城について】 1591年ごろ、広島城の出城(本城防衛のための支城)として毛利輝元が毛利元清(穂井田元清)に命じて築かせたのが原型。当時は「小方城」もしくは「小方円通寺城」と呼ばれていたようです。なお、円通寺は江戸時代初頭まで桜山南麓にあったお寺です。 関ヶ原の戦い後の1601年、新たに広島城主となったのは、賤ヶ岳の七本槍としても知られる東軍の福島正則。長門国・周防国(どちらも現在の山口県)へ減封された西軍総大将の毛利氏に睨みを利かせるため、国境近くにある小方城に甥の福島正宣を配備し、1603年から改めて築城を開始。1608年に「亀居城」として完成しました。 しかし、完成間もない1611年に廃城となり、天守や石垣などが破壊される憂き目に。東軍ではあるものの豊臣方の重臣だった福島正則が徳川氏には都合が悪かったからとか、支城の割には規模が大きく徳川氏の不信感を募らせたとか、その理由はいろいろ考えられるものの定説はないようです。なお、一国一城令は1615年なので、それが理由とは考えにくいです。 廃城後は自然に還っていましたが、1970年代後半、公園整備に伴う発掘調査がなされ、徐々に修復が進みました。現在は亀居公園となっています。立派な石垣がそそり立ち、往時を偲ばせますが、その多くは公園整備時に積み直されたもの。しかし、妙見丸・詰の丸などの石垣は修復跡が少なく、本来の姿を留めているとのことです。 【ランドマーク申請について】 新規登録依頼:桜山(城山)(80m/位置は亀居城本丸) 山名は、大竹市HPにも記載があることから「桜山」が正式名称だと思われますが、大竹市歴史研究会には「亀居城は破却された後、永い眠りに入り、その跡地は『城山』と村人に親しく呼ばれていました。」とあるため、「桜山(城山)」と併記することにします。 ランドマーク位置は、現地確認し、本丸が最高地点だと判断。地理院地図でもそのあたりです。 標高は、大竹市歴史研究会や城郭放浪記、Wikipediaでは88mと書かれてありますが、その数字に関して出典不明で根拠に乏しく、地理院地図の標高検索機能で調べる限り79.5mが最も高いため、四捨五入して80mとします。 ■参考サイト 大竹市「おおたけ歴史探訪~西国街道を訪ねて~4(苦の坂を下り 御園より小方に入る)」 広島城「しろうや!広島城 令和2年度 第64号」 大竹市歴史研究会「亀居城」 城郭放浪記「安芸 亀居城」 Wikipedia「亀居城」 地理院地図(電子国土Web) 〔追記 2021.3.11〕 運営に追加してもらえました。ありがとうございます。 【本日のBGM】 石本美由起の作詞で好きな曲をつらつらと。 岡晴夫『憧れのハワイ航路』(1948年) 小畑実『長崎のザボン売り』(1948年) 美空ひばり『港町十三番地』(1957年) 吉田よしみ『大ちゃん数え歌』(1970年) 事崎正司、コロムビアゆりかご会『燃える赤ヘル僕らのカープ』(1978年)
動画
もしも不適切なコンテンツをお見かけした場合はお知らせください。