日向街道 梓峠・梓嶺

2021.01.15(金) 日帰り
モラ2000
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活動詳細

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失われた峠シリーズ第2弾❗️(日付はこっちの方が前だけどw) っていうかシリーズだったの!?😅 豊後(大分県)から日向(宮崎県)に抜ける街道は現在、国道326号と10号、それに東九州自動車道があります。しかし、明治以前は326号と10号の間に梓峠というのがあり、そちらがメインでした。明治政府が、より東側の赤松峠〜宗太郎峠を軍道として指定したことにより、一気に廃れました。 今回はこの日向街道をトレースする形で、梓峠へ登ってみます!先人たちがネットに残してくれた登山記録を読んで情報収集しますが、情報古い上に乏しい…😖 YAMAPにもヤマレコにも登山レポが全然無いという💧 まずは豊後大野市三重町から国道326号を南下。改良が繰り返されただけあって、快走路です👍みんな70-80キロで爆走してます😅 宇目町小野市で左折し、重岡へ。このルートは古代官道としての日向街道をほぼ忠実になぞってます。宇目緑豊中学校を過ぎ、消防署分署前を右折して重岡地区へ入ります。水ヶ谷地区へ向かう市道に車を走らせ、緑資源幹線林道との交差点近くの空地に駐車しました。 この日の行程の2/3は舗装路歩きですが、予想通り全く人と出会いません。市道突き当りの水ヶ谷地区は5世帯6人の限界集落なので当然ですが。軽トラとは1回すれ違いましたが、運転手さんこっちを見て目をむいてましたw こんなところ歩く物好きはおらんのやろうなあ… 道沿いには中世の山城跡や古戦場跡が点在してますが、痕跡はほぼ不明です。あちこち寄り道しながら、水ヶ谷地区の手前でようやく梓峠への分岐へ入りました。 ここからは未舗装林道で、地形図の点線表示とは微妙に異なる軌跡を描きながら高度を上げていきます。現役の街道だった頃は当然徒歩道だった訳で、車の通行も考慮した林道とはルート異なるのはある意味当然ですが、現役当時も大雨とかで崩れて、頻繁にルートが細々と変わっていたでしょうから、ほぼトレースできているものと考えました。山仕事の作業道らしき分岐はいくつもありますが、事前情報と地形図のおかげで迷うことなく行けました。 道が不明瞭となってからはルートファインディングしながら登ることになりますが、忘れたころにまばらにテープが付いてますし、なんとなく道っぽい所を選んで尾根を目指せば大丈夫です。 最高点の梓嶺まではそれほど苦もなく行けたのですが、旧道の梓峠はどこだかわからず💧 大分県側はなんとなくここかな?ってな道っぽい所を見つけましたが、宮崎県側の下り口がわからず…山頂稜線近くをウロウロ歩き回りましたが、結局心折れて下山しました💦 でもまあ、戦国時代末期に大友軍と島津軍が激突したり、明治になって西南戦争で西郷軍と官軍が激戦を繰り広げた歴史ある街道と峠を満喫できたので、満足しています❗️ さて第3弾は何処へ!? (あるのか…?今のところ予定は未定😅

 歩き始めてすぐ右にあるのが、城ノ腰砦跡。写真正面の山です。脇に林道があり、大分県の登山者にはおなじみのオレンジプレートが付いてます
歩き始めてすぐ右にあるのが、城ノ腰砦跡。写真正面の山です。脇に林道があり、大分県の登山者にはおなじみのオレンジプレートが付いてます
 右が城ノ腰。鬱蒼とした森で、山城の遺構は全然わからず💦
右が城ノ腰。鬱蒼とした森で、山城の遺構は全然わからず💦
 市道との分岐にはお地蔵様が安置されてましたが、シダ類に埋もれそう…
市道との分岐にはお地蔵様が安置されてましたが、シダ類に埋もれそう…
 地上からだと何が何だか分からないので、ドローンで上空から撮影。手前の山が城ノ腰。見渡す限り山ばかりで山座同定できませんw
地上からだと何が何だか分からないので、ドローンで上空から撮影。手前の山が城ノ腰。見渡す限り山ばかりで山座同定できませんw
 そういえば山座同定アプリ持ってましたが、この時はすっかり失念してましたw
そういえば山座同定アプリ持ってましたが、この時はすっかり失念してましたw
 林道をてくてく歩くと視界が開けます。写ってませんが、下はかなりの急斜面😱
現代は土木技術が発達してるので、小さな谷はいくつかまとめて跨いだり、山腹ぶち抜くトンネル掘って、なるべくまっすぐ道を通したりできますが、地形に沿うしかなかった昔は相当な難路だったことは、想像に難くないですね
林道をてくてく歩くと視界が開けます。写ってませんが、下はかなりの急斜面😱 現代は土木技術が発達してるので、小さな谷はいくつかまとめて跨いだり、山腹ぶち抜くトンネル掘って、なるべくまっすぐ道を通したりできますが、地形に沿うしかなかった昔は相当な難路だったことは、想像に難くないですね
 いにしえの日向街道は車道のやや上を通っていたそうですが、街道の直上に砦があるので、ここを押さえたら味方にとって圧倒的に有利ですよね。軍事上の要衝というやつ?おそらく熾烈な争奪戦が繰りひろげられたのでしょう
いにしえの日向街道は車道のやや上を通っていたそうですが、街道の直上に砦があるので、ここを押さえたら味方にとって圧倒的に有利ですよね。軍事上の要衝というやつ?おそらく熾烈な争奪戦が繰りひろげられたのでしょう
 長峰の三角点へはほとんど平坦なので、この辺で引き返しルートへ復帰します
長峰の三角点へはほとんど平坦なので、この辺で引き返しルートへ復帰します
 この辺に古道や竪堀があるはず…うーんわからん!
この辺に古道や竪堀があるはず…うーんわからん!
 市道に復帰。分岐はいくつかあるも迷うことはないはず。林間の道はとても気持ちが良いです。新緑の季節に歩くと最高かも❓
市道に復帰。分岐はいくつかあるも迷うことはないはず。林間の道はとても気持ちが良いです。新緑の季節に歩くと最高かも❓
 傾山かな?
傾山かな?
 市道最高点、黒土峠。
市道最高点、黒土峠。
 古戦場跡です。
古戦場跡です。
 「天正の頃 豊薩戦」「西南戦争」古戦場とあります。
峠の左右には、西郷軍が南下してくる官軍を防ぐために構築した堡塁の跡が数十ヶ所残ってるはずなのですが…
「天正の頃 豊薩戦」「西南戦争」古戦場とあります。 峠の左右には、西郷軍が南下してくる官軍を防ぐために構築した堡塁の跡が数十ヶ所残ってるはずなのですが…
 植林地とヤブになってて、どこにあるのかわからずw
ドローンで上空から探してみることにしました。これは峠から南を向いたところ。道が通ってますが、ほぼ山💦
目指す梓嶺や板戸山、桑原山が見えます。
植林地とヤブになってて、どこにあるのかわからずw ドローンで上空から探してみることにしました。これは峠から南を向いたところ。道が通ってますが、ほぼ山💦 目指す梓嶺や板戸山、桑原山が見えます。
 北、つまり宇目町中心部を望む。日向街道は左側から
北、つまり宇目町中心部を望む。日向街道は左側から
 植林地
植林地
 真上から見てもさっぱりわかりませんな😣
真上から見てもさっぱりわかりませんな😣
 3月並みの気温で、暑くてジャケット脱ぎましたw
3月並みの気温で、暑くてジャケット脱ぎましたw
 寄り道したりドローン飛ばしたりしたので、スタートから1時間半もかかってようやく梓峠への分岐。直行すればここまで40分ぐらいだと思います。
寄り道したりドローン飛ばしたりしたので、スタートから1時間半もかかってようやく梓峠への分岐。直行すればここまで40分ぐらいだと思います。
 小川にかかる橋を渡って未舗装林道へ
小川にかかる橋を渡って未舗装林道へ
 古代官道跡の表記が気分を高めてくれます!
古代官道跡の表記が気分を高めてくれます!
 さっそく三叉路。ここは事前の情報収集で知ってたので、直進!
さっそく三叉路。ここは事前の情報収集で知ってたので、直進!
 あちこち分岐がありますが、基本的に直進です。徒歩道らしき分岐もありましたが、ヤブがすごいことになってたので、おとなしく林道通りました😅
あちこち分岐がありますが、基本的に直進です。徒歩道らしき分岐もありましたが、ヤブがすごいことになってたので、おとなしく林道通りました😅
 炭焼き窯の跡が
炭焼き窯の跡が
 この辺ぐらいまでは4駆で来れるかな?
この辺ぐらいまでは4駆で来れるかな?
 この先はジムニーでも無理かも?
この先はジムニーでも無理かも?
 道はまだ明瞭ですが、落石が目立つように
道はまだ明瞭ですが、落石が目立つように
 いきなり行き止まり😱
ピークハントが目的なら、この木を突っ切って尾根を直登です。かなりの急登らしいですがw
いきなり行き止まり😱 ピークハントが目的なら、この木を突っ切って尾根を直登です。かなりの急登らしいですがw
 右に目を向けると、荒れまくってますが道があるので、今回はそちらをたどってみました
右に目を向けると、荒れまくってますが道があるので、今回はそちらをたどってみました
 …がすぐ道が無くなる😂
なんとなく道っぽい所を探して登っていくと、右下にピンクテープがありました✌️
…がすぐ道が無くなる😂 なんとなく道っぽい所を探して登っていくと、右下にピンクテープがありました✌️
 すごーくまばらですがテープが付いてるので、探しながら登ると、また道が復活❗️
すごーくまばらですがテープが付いてるので、探しながら登ると、また道が復活❗️
 二重ピンクテープ現る!
先の尾根直登コースと合流しました。稜線まではもうスグです
二重ピンクテープ現る! 先の尾根直登コースと合流しました。稜線まではもうスグです
 ですが、コレ登るんかい!?
ほとんどガケ💧
ですが、コレ登るんかい!? ほとんどガケ💧
 でも上にテープが続いてますから、登るしかない!
マジか…😖
でも上にテープが続いてますから、登るしかない! マジか…😖
 意外とあっさり登れましたがw
登り切るとテープ消滅しますが、てっぺん見えてますから
意外とあっさり登れましたがw 登り切るとテープ消滅しますが、てっぺん見えてますから
 偽ピークをいくつか越えると、梓嶺三角点です
偽ピークをいくつか越えると、梓嶺三角点です
 正式名称ではないようで、梓峠の近くにあるピークということで、梓嶺なのかな
正式名称ではないようで、梓峠の近くにあるピークということで、梓嶺なのかな
 さて地形図見ると、宮崎側から上がってきた点線道が山頂の東側で途切れてますので、梓峠の宮崎側下り口はそこらへんかな?と推測して探してみました
さて地形図見ると、宮崎側から上がってきた点線道が山頂の東側で途切れてますので、梓峠の宮崎側下り口はそこらへんかな?と推測して探してみました
 山頂稜線にある大岩。左右はスッパリ切れ落ちてます😱
どっちから攻略しようか迷いましたが、意を決して右側からアプローチ。落葉で滑りやすく、この山行でいちばん神経使いました😖
山頂稜線にある大岩。左右はスッパリ切れ落ちてます😱 どっちから攻略しようか迷いましたが、意を決して右側からアプローチ。落葉で滑りやすく、この山行でいちばん神経使いました😖
 なんとか通過して稜線上をウロウロしてみましたが、宮崎県側の下り口は見つからず💧
ていうか、南側はけっこうな急斜面です…
諦めて樹間から写真撮りました。山地ですねぇ
なんとか通過して稜線上をウロウロしてみましたが、宮崎県側の下り口は見つからず💧 ていうか、南側はけっこうな急斜面です… 諦めて樹間から写真撮りました。山地ですねぇ
 帰ろうかと来た道を引き返してたら、右側に何やら道らしい溝が。写真左側が稜線です
帰ろうかと来た道を引き返してたら、右側に何やら道らしい溝が。写真左側が稜線です
 道かどうか半信半疑でしたが、歩いていくうちに確信しました。これは古代の日向街道ではないかな?今では通る人ほとんどいないだろうに、明確に道だとわかります。
考えてみれば、梓峠を越える昔の旅人にはピークハントなんていう意識はなかったでしょうし、稜線下の道のほうが歩きやすかったはず。
道かどうか半信半疑でしたが、歩いていくうちに確信しました。これは古代の日向街道ではないかな?今では通る人ほとんどいないだろうに、明確に道だとわかります。 考えてみれば、梓峠を越える昔の旅人にはピークハントなんていう意識はなかったでしょうし、稜線下の道のほうが歩きやすかったはず。
 で、歩いていくと、先ほどの二重テープの所に出ました。なるほど〜☺️
で、歩いていくと、先ほどの二重テープの所に出ました。なるほど〜☺️
 振り返る。左側が帰りに通ってきた街道跡(たぶん)、右が尾根直登コース
振り返る。左側が帰りに通ってきた街道跡(たぶん)、右が尾根直登コース
 来た道そのまま帰るのも芸がないので、往路で通らなかった直登コースを下ることにしました。…が、写真じゃ伝わらないでしょうが、とっても急斜面❗️❗️
登りで使わなくてよかった😅
来た道そのまま帰るのも芸がないので、往路で通らなかった直登コースを下ることにしました。…が、写真じゃ伝わらないでしょうが、とっても急斜面❗️❗️ 登りで使わなくてよかった😅
 上から見下ろすのでまばらなテープもよく見え、迷う心配はなさそうですが、表土にどっさり積もった落葉で滑る滑る!
上から見下ろすのでまばらなテープもよく見え、迷う心配はなさそうですが、表土にどっさり積もった落葉で滑る滑る!
 山頂周辺はほとんど眺望なかったので、ちょっと下った地点からドローンで撮影。西側の板戸山。麓には水ヶ谷集落があります
山頂周辺はほとんど眺望なかったので、ちょっと下った地点からドローンで撮影。西側の板戸山。麓には水ヶ谷集落があります
 北側(宇目町方面)
北側(宇目町方面)
 南側(宮崎県延岡市北川町)
南側(宮崎県延岡市北川町)
 同じく南側。とても険しい山々で、昔の人はよくこんな所を越えたなあと感嘆してしまいます
同じく南側。とても険しい山々で、昔の人はよくこんな所を越えたなあと感嘆してしまいます
 山頂方向だと思います
山頂方向だと思います
 もっと上空から。さっきは見えなかった水ヶ谷集落が見えます。山の麓、太陽光発電パネルが目立つ所です。
もっと上空から。さっきは見えなかった水ヶ谷集落が見えます。山の麓、太陽光発電パネルが目立つ所です。
 傾山の勇姿
傾山の勇姿
 黒土峠を南側から見下ろす
黒土峠を南側から見下ろす
 市道に戻ってきました
市道に戻ってきました
 再び城ノ腰。ようやくゴール
再び城ノ腰。ようやくゴール
 オマケその1。
緑資源林道を下った蔵小野地区にある蔵小野砦
オマケその1。 緑資源林道を下った蔵小野地区にある蔵小野砦
 道のそばにある丘
道のそばにある丘
 下の道からの比高は20mくらいでしょうか?
砦の入口(虎口)
下の道からの比高は20mくらいでしょうか? 砦の入口(虎口)
 斜面を掘って空堀を作り、その土で頂部に土塁を築いてます。
斜面を掘って空堀を作り、その土で頂部に土塁を築いてます。
 干し草小屋がありますが、もちろん近世のもので、発掘調査では遺構は発見されなかったと。
戦国時代、豊後に侵入した島津軍に対し、大友方の蔵小野衆はこの小城に籠城して抵抗しましたが、大軍の猛攻の前にあっけなく落城したそうです。砦の規模から見ても100人程度しか籠もれなさそうですし
干し草小屋がありますが、もちろん近世のもので、発掘調査では遺構は発見されなかったと。 戦国時代、豊後に侵入した島津軍に対し、大友方の蔵小野衆はこの小城に籠城して抵抗しましたが、大軍の猛攻の前にあっけなく落城したそうです。砦の規模から見ても100人程度しか籠もれなさそうですし
 その後忘れられてましたが、明治に入り、西郷軍抜刀隊の拠点となって、政府軍と交戦したとのことです。
のどかな山村にもそんな歴史があったんですね
その後忘れられてましたが、明治に入り、西郷軍抜刀隊の拠点となって、政府軍と交戦したとのことです。 のどかな山村にもそんな歴史があったんですね
 オマケその2
佐伯市宇目町ととろ地区バス停。ととろは元々この地にあった地名のようです。看板は完全に便乗でしょうがw
オマケその2 佐伯市宇目町ととろ地区バス停。ととろは元々この地にあった地名のようです。看板は完全に便乗でしょうがw
 ぽつんとあります。記念写真を撮りに来る人は多いみたいです
ぽつんとあります。記念写真を撮りに来る人は多いみたいです
 帰りに寄った三国峠。ここも古戦場跡ですが、以前行ったことがあるので通過しただけ
帰りに寄った三国峠。ここも古戦場跡ですが、以前行ったことがあるので通過しただけ
 豊後大野市三重町の市街地近くにある松尾山吉祥寺の石段です。豊後に侵攻した島津軍別働隊約1万は、この地に本陣を置いたとのこと。
豊後大野市三重町の市街地近くにある松尾山吉祥寺の石段です。豊後に侵攻した島津軍別働隊約1万は、この地に本陣を置いたとのこと。
 島津軍撤退の際に放火され、灰燼と化したそうですが、その後復興
島津軍撤退の際に放火され、灰燼と化したそうですが、その後復興
 右の稲荷社から山頂へ登れますが、荒れまくってたので撤退😅
右の稲荷社から山頂へ登れますが、荒れまくってたので撤退😅
 麓からの車道経由で登ります
麓からの車道経由で登ります
 途中にあった祭場という名の灯籠。旧参道でしょうか?とても通れる雰囲気じゃないですが
途中にあった祭場という名の灯籠。旧参道でしょうか?とても通れる雰囲気じゃないですが
 松尾山中腹にある城山神社。ここも後世の再建
松尾山中腹にある城山神社。ここも後世の再建

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