羽角山(はすみやま)       お遍路(へんろ)

2021.01.09(土) 日帰り

活動データ

タイム

01:45

距離

4.7km

のぼり

113m

くだり

111m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
1 時間 45
休憩時間
10
距離
4.7 km
のぼり / くだり
113 / 111 m
13
1 23

活動詳細

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短い時間でも登れるお山を探してこちらを訪ねました。  山中に東海道新幹線のトンネルが通っていますが、歩いてる時は新幹線のことは忘れ去ってしまうほどに静かです🚅 羽角山の麓に最明寺があります。羽角山には弘法大師様と観音菩薩様が対になり八十八体あり、一つ一つお顔を拝顔して八十八体すべて撮影して歩いていたために、時間のかかるウォーキングになりました👣

茶臼山・万灯山 最明寺の駐車場に停めさせて頂きます。
最明寺の駐車場に停めさせて頂きます。
茶臼山・万灯山 最明寺(さいみょうじ)
弘長3年(1263)  北條時頼(鎌倉幕府執権職「鉢木物語」で知られている)を開基として創立されました。
以後、北條家とその家臣を弔う菩提寺となりました。

時頼が諸国巡礼の折り、金子山釈迦堂(現在の岡崎市)に参拝したことから、時頼没後、釈迦堂を寺とし、西明寺と称しました。その後、北條家没落と兵火のために焼失するなど退廃の一途をたどりました。探道疎山和尚により現在地に移転し、最明寺と名を改めました。

現在の本堂は天明2年(1782)に建立されました。本尊は釈迦如来(木座像)です。別堂に弘法大師像が安置されています。
最明寺(さいみょうじ) 弘長3年(1263) 北條時頼(鎌倉幕府執権職「鉢木物語」で知られている)を開基として創立されました。 以後、北條家とその家臣を弔う菩提寺となりました。 時頼が諸国巡礼の折り、金子山釈迦堂(現在の岡崎市)に参拝したことから、時頼没後、釈迦堂を寺とし、西明寺と称しました。その後、北條家没落と兵火のために焼失するなど退廃の一途をたどりました。探道疎山和尚により現在地に移転し、最明寺と名を改めました。 現在の本堂は天明2年(1782)に建立されました。本尊は釈迦如来(木座像)です。別堂に弘法大師像が安置されています。
茶臼山・万灯山 梵鐘 
梵鐘 
茶臼山・万灯山 お遍路(へんろ)が出来るようです。

四国八十八ヶ所巡りとは
人間には88の煩悩があり、四国霊場を八十八ヶ所巡ることによって煩悩が消え、願いがかなうといわれています。
徳島阿波(発心の道場1番から23番)
高知土佐(修行の道場24番から39番)
愛媛伊予(菩提の道場40番から65番)
香川讃岐(涅槃の道場66番から88番)
に至る1450キロを巡拝し、最後に高野山に向かいます。
お遍路(へんろ)が出来るようです。 四国八十八ヶ所巡りとは 人間には88の煩悩があり、四国霊場を八十八ヶ所巡ることによって煩悩が消え、願いがかなうといわれています。 徳島阿波(発心の道場1番から23番) 高知土佐(修行の道場24番から39番) 愛媛伊予(菩提の道場40番から65番) 香川讃岐(涅槃の道場66番から88番) に至る1450キロを巡拝し、最後に高野山に向かいます。
茶臼山・万灯山 弘法大師は平安時代初期のお坊さんです

密教を学ぶために唐(中国)へ渡り、帰国後に真言宗という宗派を開きました。仏教を広めることに力を尽くし、数々の功績を残しています。
42歳の時、人々に災難が及ばないように四国の色々なところに霊場を作ったのが四国霊場。大師が仏となった後に弟子がその軌跡を巡ったのが霊場巡りの始まりと言われています。
弘法大師は平安時代初期のお坊さんです 密教を学ぶために唐(中国)へ渡り、帰国後に真言宗という宗派を開きました。仏教を広めることに力を尽くし、数々の功績を残しています。 42歳の時、人々に災難が及ばないように四国の色々なところに霊場を作ったのが四国霊場。大師が仏となった後に弟子がその軌跡を巡ったのが霊場巡りの始まりと言われています。
茶臼山・万灯山 第一番 霊山寺(りょうぜんじ)
【本尊・釈迦如来】
のうまく さんまんだ ぼだなん ばく
第一番 霊山寺(りょうぜんじ) 【本尊・釈迦如来】 のうまく さんまんだ ぼだなん ばく
茶臼山・万灯山 五重塔
五重塔
茶臼山・万灯山 祠(ほこら)とは神を祀る小規模な殿舎。
語源は神道用語の「ほくら(神庫、宝倉)」の転訛という。
小祠(しょうし)、小堂(しょうどう)とも。もともとは古神道に由来する信仰であるが、神仏習合によって道祖神に関連した仏(地蔵菩薩など)も祀るようになった。
祠(ほこら)とは神を祀る小規模な殿舎。 語源は神道用語の「ほくら(神庫、宝倉)」の転訛という。 小祠(しょうし)、小堂(しょうどう)とも。もともとは古神道に由来する信仰であるが、神仏習合によって道祖神に関連した仏(地蔵菩薩など)も祀るようになった。
茶臼山・万灯山 第二番 極楽寺(ごくらくじ)
【本尊・阿弥陀如来】 
おん あみりた ていせい から うん
第二番 極楽寺(ごくらくじ) 【本尊・阿弥陀如来】  おん あみりた ていせい から うん
茶臼山・万灯山 第三番 金泉寺(こんせんじ)
【本尊・釈迦如来】 
のうまく さんまんだ ぼだなん ばく
第三番 金泉寺(こんせんじ) 【本尊・釈迦如来】  のうまく さんまんだ ぼだなん ばく
茶臼山・万灯山 第四番 大日寺(だいにちじ)
【本尊・大日如来】 おん あびらうんけん ばざら だとばん
第四番 大日寺(だいにちじ) 【本尊・大日如来】 おん あびらうんけん ばざら だとばん
茶臼山・万灯山 第五番 地蔵寺(じぞうじ)
【本尊・勝軍地蔵尊菩薩】 
おん かかかび さんまえい そわか
第五番 地蔵寺(じぞうじ) 【本尊・勝軍地蔵尊菩薩】  おん かかかび さんまえい そわか
茶臼山・万灯山 第六番 安楽寺(あんらくじ)
【本尊・薬師如来】 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
第六番 安楽寺(あんらくじ) 【本尊・薬師如来】 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
茶臼山・万灯山 第七番 十楽寺(じゅうらくじ)
【本尊・阿弥陀如来】 
おん あみりた ていせい からうん
第七番 十楽寺(じゅうらくじ) 【本尊・阿弥陀如来】  おん あみりた ていせい からうん
茶臼山・万灯山 綺麗で歩きやすい山道でした。
綺麗で歩きやすい山道でした。
茶臼山・万灯山 山頂より西尾方面 八ツ面山、遠くには村積山を望むことができます。
山頂より西尾方面 八ツ面山、遠くには村積山を望むことができます。
茶臼山・万灯山 秩父宮殿下御展望之地 記念碑
石碑の裏に、昭和4年10月  
帝国在郷軍人會  上羽角軍人團  とあり。
1929年9月28日、陸軍大学演習に参加、
登攀(とうはん)された。

羽角山をよじ登られたのかは定かではありませんが、羽角山に登られ展望されたと思われます。

秩父宮雍仁親王(昭和天皇の弟)
 (ちちぶのみや やすひとしんのう)
1928年(昭和3年)12月  陸軍大学校入学
1931年(昭和6年)  第1師団歩兵第3連隊の中隊長を務められた。 

登攀(とうはん)=クライミング
 山または高所によじ登ることです。
秩父宮殿下御展望之地 記念碑 石碑の裏に、昭和4年10月 帝国在郷軍人會 上羽角軍人團 とあり。 1929年9月28日、陸軍大学演習に参加、 登攀(とうはん)された。 羽角山をよじ登られたのかは定かではありませんが、羽角山に登られ展望されたと思われます。 秩父宮雍仁親王(昭和天皇の弟)  (ちちぶのみや やすひとしんのう) 1928年(昭和3年)12月 陸軍大学校入学 1931年(昭和6年) 第1師団歩兵第3連隊の中隊長を務められた。 登攀(とうはん)=クライミング  山または高所によじ登ることです。
茶臼山・万灯山 たいせつにしましょう三角点
△118.5m
たいせつにしましょう三角点 △118.5m
茶臼山・万灯山 お地蔵様は地蔵菩薩といいます。
仏教の信仰対象である菩薩の一尊。釈尊が入滅してから弥勒菩薩が成仏するまでの無仏時代の衆生を救済することを釈迦から委ねられたとされる

大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々を、その無限の大慈悲の心で包み込み、救う所から名付けられたとされます。
お地蔵様は地蔵菩薩といいます。 仏教の信仰対象である菩薩の一尊。釈尊が入滅してから弥勒菩薩が成仏するまでの無仏時代の衆生を救済することを釈迦から委ねられたとされる 大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々を、その無限の大慈悲の心で包み込み、救う所から名付けられたとされます。
茶臼山・万灯山 岡崎方面が見えます。遠くに見える山は猿投山でしょうか?🐒
岡崎方面が見えます。遠くに見える山は猿投山でしょうか?🐒
茶臼山・万灯山 第六十二番 宝寿寺(ほうじゅじ)
【本尊・十一面観世音菩薩】 
おん まか きゃろにきゃ そわか
第六十二番 宝寿寺(ほうじゅじ) 【本尊・十一面観世音菩薩】  おん まか きゃろにきゃ そわか
茶臼山・万灯山 第六十六番 雲辺寺(うんぺんじ)
【本尊・千手観世音菩薩】 
おん ばざら たらま きりく
第六十六番 雲辺寺(うんぺんじ) 【本尊・千手観世音菩薩】  おん ばざら たらま きりく
茶臼山・万灯山 第七十七番 道隆寺(どうりゅうじ)
【本尊・薬師如来】 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
第七十七番 道隆寺(どうりゅうじ) 【本尊・薬師如来】 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
茶臼山・万灯山 第八十八番 大窪寺(おおくぼじ)讃岐國
【本尊・薬師如来】 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
第八十八番 大窪寺(おおくぼじ)讃岐國 【本尊・薬師如来】 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
茶臼山・万灯山 第八十八番所の奥にある鳥居
第八十八番所の奥にある鳥居
茶臼山・万灯山 お遍路スタート地点から時計まわりに、境内に戻るようになっていました。
お遍路スタート地点から時計まわりに、境内に戻るようになっていました。
茶臼山・万灯山 山門
山門
茶臼山・万灯山 雰囲気が良いです。奥に見えてる低山を歩きました。
雰囲気が良いです。奥に見えてる低山を歩きました。
茶臼山・万灯山 橋から写真
新しく購入した5Gのエクスペリア内臓カメラは逆光を美しく自動で加工してくれるので、逆光を写すのが楽しみの一つになってます。
橋から写真 新しく購入した5Gのエクスペリア内臓カメラは逆光を美しく自動で加工してくれるので、逆光を写すのが楽しみの一つになってます。
茶臼山・万灯山 崇福寺(そうふくじ)
愛知県岡崎市中島町にある浄土宗西山深草派の寺院。
本尊 阿弥陀如来
創建 応永年中(1394~1427)
開基 天祐竜山(赤松円心の子孫)
徳川家康も保護した三河十二本寺の一つです。

西尾と思って歩いていましたが、こちらは岡崎市でした。
崇福寺(そうふくじ) 愛知県岡崎市中島町にある浄土宗西山深草派の寺院。 本尊 阿弥陀如来 創建 応永年中(1394~1427) 開基 天祐竜山(赤松円心の子孫) 徳川家康も保護した三河十二本寺の一つです。 西尾と思って歩いていましたが、こちらは岡崎市でした。
茶臼山・万灯山 岡崎市指定文化財
絹本著色当麻曼荼羅絵画
鎌倉時代1987年(昭和62年)7月15日
絹本著色十王図絵画
室町時代1987年(昭和62年)7月15日
岡崎市指定文化財 絹本著色当麻曼荼羅絵画 鎌倉時代1987年(昭和62年)7月15日 絹本著色十王図絵画 室町時代1987年(昭和62年)7月15日
茶臼山・万灯山 ぜに洗い弁財天
ぜに洗い弁財天
茶臼山・万灯山 お金を洗うのであろうお水は凍ってます
お金を洗うのであろうお水は凍ってます
茶臼山・万灯山 参道正面に鐘楼門
参道正面に鐘楼門
茶臼山・万灯山 鐘楼
鐘楼
茶臼山・万灯山 門松で飾られ素敵です✨
古くは、木のこずえに神が宿ると考えられていたことから、門松は年神を家に迎え入れるための依り代という意味合いがある。「松は千歳を契り、竹は万歳を契る」と言われ、松と竹で神の依代の永遠を願う。年神はこの松門を目印に降臨してくると言われる
門松で飾られ素敵です✨ 古くは、木のこずえに神が宿ると考えられていたことから、門松は年神を家に迎え入れるための依り代という意味合いがある。「松は千歳を契り、竹は万歳を契る」と言われ、松と竹で神の依代の永遠を願う。年神はこの松門を目印に降臨してくると言われる
茶臼山・万灯山 豊田稲荷大明神
豊田稲荷大明神
茶臼山・万灯山 鳥居の前に消毒が置いてあります。
鳥居の前に消毒が置いてあります。
茶臼山・万灯山 解りやすい案内板
解りやすい案内板
茶臼山・万灯山 夕暮れてきます。
夕暮れてきます。
茶臼山・万灯山 登山ではありませんでしたが、
おつかれ山🌿
登山ではありませんでしたが、 おつかれ山🌿

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