【壺笠山・神輿山】比叡山腹の古墳・城跡・滝(コグリの滝と布引の滝)を巡る午後の短い山行♫

2020.12.05(土) 日帰り
uriuri4211
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活動詳細

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飛び石の公休日のこの日は快晴が約束されていた。何とか早起きして久々にホッケ山にサンライズハイクに出かけたいと考えていた。 6時50分の日の出時刻を考えると栗原登山口を5時前に出発したいところ。3時半ぐらいには起床しないといけない。 しかし前日の仕事はかなりハード。帰宅した時間も遅く、寝床に入るのが1時を回った。 無理は辞めておこうか、もし早くに目が覚めたら行こうか。 目が覚めたら日の出時刻の6時50分だった。 さぁてどうしたものか、また近場の里山へ行こうか、どこにしようか、など考えながら朝食を食べていると、家内は昼までは出かけないと言う。家内の車があるタイミングを考えれば今日の午前中しかスタッドレスタイヤに履き替えるチャンスは無さそうだ。 結局、午前中は私の車を含め2台分のタイヤを冬用に交換し、それぞれの空気圧を調整するためガソリンスタンドへ2往復し、外したタイヤ8本を洗って干して片付ける作業に追われた。 快晴の青空が笑っていた。 家内が出かけたので私も出かけよう。 近場の低山・壺笠山と四ツ谷川流域にある滝へと訪れる短い山行を考える。 今年6月にHB1214さんが訪れられたヤマレコの記録を参考にさせて貰うことにする。 壺笠山は比叡山域の穴太地区にある標高400m程度の山だが、古来古墳であったこの山に中世には山城が築かれ、戦国時代には織田信長に対峙する浅井・朝倉勢が陣を構えた山である。のちに滋賀郡を拝領した明智光秀が支配したとのことだ。 今日は比叡山高校下の市営駐車場からスタートする。しばらく一般道を京阪電車の穴太駅方向に歩く。穴太の住宅街の手前から右手に折れ、墓地の間の道を山手へと登ってゆく。やがて穴太野添古墳群というのが現れた。古墳時代後期の群集墳だそうだが、ここにある事を初めて知った。 四ツ谷川に沿って緩やかに林道を登ってゆくと大きくカーブする辺りには巨大な堰堤が見える。これを過ぎて間もなくすると谷が近づき、渓流の水が落ちる音が大きく聞こえてくる。林道から薄い踏み跡を辿って谷の下へ降りると、その奥にコグリの滝があった。 岩の擁壁に囲まれた神秘的かつ迫力のある滝だ。 林道へ戻り分岐点から壺笠山への斜面へ取り付いた。踏み跡は薄いが目印はある。山頂へは最後はやや直登ぎみに這い上がる感じ。 樹林に囲まれた展望の無い平凡な山頂だが、山城があったころの石垣の跡がところどころに見られる。 壺笠山から尾根伝いに隣の神輿山へと縦走する。直ぐに到着したこの山の山頂も平凡だ。壺笠山同様にPH氏の綺麗なプレートが掛かっていることだけが嬉しい。 神輿山からはバリエーションだが北側の尾根を下り再び林道へと着地した。 林道を再び先程のコグリの滝の上部まで戻って、今度は支流の弁天谷に入る。谷を遡っていくと堰堤に行く手を阻まれた。これを右から巻くのだが、高巻きし過ぎて再び谷に下るのに苦労する。 谷に降りてすぐ先には幾つもの段々になった美しい滝が見えてくる。しかし倒木などで荒れていて近づけそうにない。無理はやめておく。 そのまま谷下を進めないので左岸の斜面を這い上がる。すると比較的しっかりとした踏み跡が見つかる。それを辿ってゆくと大きくて綺麗な滝が現れた。これが布引の滝のようだ。流れ落ち方が何とも言えず麗しく、良い雰囲気だと思う。 HBさんによると更にこの谷を遡った先にも滝があるようだが、時刻が16時に迫っており比叡の山の東側に位置するこの場所は太陽の光の陰に入りつつある。薄暗く心細くなってきた。奥へ進むことはやめておいて上部の尾根を登って一般登山道への合流を目指す。 尾根の上へ上がり無動寺からのルートと出合う頃には矢張り太陽は西に傾いており、森の中には濃い黄色の低い光線が射し込んできている。 しかし紀貫之の墓からのルートと合流する遠見岩まで来ると目の前がパッと明るく開け、琵琶湖やその対岸の展望が見事に広がった。 ここはお気に入りのビュースポットだ。今日初めてゆっくり休憩をして直前にコンビニで調達してきた缶コーヒーとスナック菓子をいただいた。 あとはひたすら坂本の街まで下るのみ。無動寺の参道でもある歩き易い登山道を一気に駆け降りてゆくと、背後から迫りくる暗闇よりひと足早く駐車場に辿り着くことができたのであった。 ※参考にさせていただいたHB1214さんのレコ↓ https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-2414511.html

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