活動データ
タイム
06:19
距離
7.6km
上り
628m
下り
629m
活動詳細
もっと見る「兄貴と最後に登った山なんだよな…」 大菩薩の話になった時、親父がボソッと呟いた。 叔父(親父の兄貴)は10年以上前に他界している。 働きながら親父を大学に通わせていたとは思えないような、酒と競馬と温泉をこよなく愛する豪放磊落な人だった。 間もなく83歳になる親父とは、アレ以来、40年以上一緒に山に登っていない。 だが、さすがにもう、一緒に登るのは無理だろう。 80歳を過ぎた老人を連れて山に登るより、5歳の幼児を連れて登る方が遥かに容易だ。 幼児なら何かあっても抱きかかえて降りれば良いが、老人ではそうもいかない。 そのくらいのことは分かる。だから、親父の呟きは黙って聞き流した。 だが、何かが脳裏に引っかかって離れない。 親父はそう遠くない未来にいなくなる。その時に俺は後悔しないと言えるだろうか。 気分転換に部屋を片付けていると、どこからともなく一冊の本が出てきた。 初心者向けのトレッキング入門だ。こんな本買ったか?と記憶を手繰る。 かすかな記憶が蘇る。15年位前だ。親父がまだ元気なうちに、もう一度白馬に登ることを夢見て買ったんだっけ… でも、山に登る勇気も、親父を誘う勇気も出ず、そのまましまい込んでいたんだっけな。 結局、いつの間にか親父は白馬を登るには絶望的なまでに老いてしまった。 あの時、勇気を出して登っていれば、また何かが違っていたのかもしれない。 同じことを繰り返すのはやめよう。今の自分なら、きっと連れて行ける。 チビに問いかけてみる。「じぃじがお山に登りたいって。お前、じぃじを助けてあげられるか?」 「まかせろーっ!!」 俺には頼もしい山の相棒もいるじゃないか。 夜が明けて、少し空気が暖かくなるのを待って出発する。 慌てる必要も急ぐ必要もない。今日は富士山が良く見えそうだ。 俺はいつから父親のことを「オヤジ」と呼ぶようになったんだっけ? 親父はあの頃、俺に何を見せたかったんだろう? 大して意味の無いことが頭の中を駆け巡る。 登山には物語がついて回るものだと思っている。 一回一回の登山に何らかの物語があり、過去の登山と未来の登山を繋ぐ物語がある。 さらには、人と人とを繋ぐ物語がある。 それが登山と、ハイキングとを隔てる境界線ではないだろうか。 今回で、親父と俺とで紡ぐ山の物語は最終章だ。続編は無い。前回の物語から少し時間は空いてしまったが、やっと無事に完結することができたようだ。そして、叔父(親父の兄貴)と俺の物語もようやく繋がった。 少し寂しいような気もするが、大したことではない。 これで親父から孫(チビ)へと紡がれる新しい物語も始まったのだから。 大菩薩というキーワードのもとに、親父、叔父、俺、チビが繋がり、ほんの少し大菩薩が特別な山になったのだから。 いつかチビが大きくなって父親になり、さらにその子供へと物語が紡がれる、なんてことがもしあったなら… こんな想像をツマミに、普段は飲めない酒をチビリと舐めてみる。 少しほろ苦い気もするが、こんな酒なら意外と悪くないもんだな。
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