神倉神社から千穂ヶ峯に登り熊野速玉大社へ、そして丹鶴城公園から阿須賀神社を経て新宮駅へ

2020.11.11(水) 日帰り
yamayuki76
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活動データ

行動時間

03:32

距離

5.8km

上り

347m

下り

350m

活動詳細

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熊野三山を巡る旅3日目(最終日)です。

千穂ヶ峯・権現山・神倉山 バス停から5分ほどで神倉神社の鳥居前に到着です。
神社への参道は急な階段です。
バス停から5分ほどで神倉神社の鳥居前に到着です。 神社への参道は急な階段です。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 階段は最高傾斜角45度といいう足がすくむほど急峻なもので500段ほど続くハードなものでした。
階段は最高傾斜角45度といいう足がすくむほど急峻なもので500段ほど続くハードなものでした。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 高倉神社は御神体であるコトビキ岩の下に高倉下命(たかくらじのみこと)・天照大神を祀る小さな社が石垣の上にあります。
高倉神社は御神体であるコトビキ岩の下に高倉下命(たかくらじのみこと)・天照大神を祀る小さな社が石垣の上にあります。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 ここから新宮の町並み、そして熊野川の河口も確認できます。
ここから新宮の町並み、そして熊野川の河口も確認できます。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 手水鉢の下にあるこの案内図の前から登山道が始まりますが、余り歩かれていないのか付近の踏み跡は不明瞭でした。
手水鉢の下にあるこの案内図の前から登山道が始まりますが、余り歩かれていないのか付近の踏み跡は不明瞭でした。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 25分ほどで稜線に到着です。
25分ほどで稜線に到着です。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 稜線上は展望は得られません。
10分ほど歩くと立派な展望台がありました。
稜線上は展望は得られません。 10分ほど歩くと立派な展望台がありました。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 展望台からは熊野川の河口部の様子も良く分かります。
新宮駅も確認できました。
展望台からは熊野川の河口部の様子も良く分かります。 新宮駅も確認できました。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 展望台から山頂に向かう登山道の西側は鋭く切れ落ちているため、眼下に大きく蛇行する熊野川を見ることが出来ました。
展望台から山頂に向かう登山道の西側は鋭く切れ落ちているため、眼下に大きく蛇行する熊野川を見ることが出来ました。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 千穂ヶ峯山頂です。
残念ながら山頂からはほとんど展望は得られません。
千穂ヶ峯山頂です。 残念ながら山頂からはほとんど展望は得られません。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 山頂から25分で民家の横に下りてきました。
山頂から25分で民家の横に下りてきました。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 そして、歩くこと5分 熊野神宮速玉大社に到着。
そして、歩くこと5分 熊野神宮速玉大社に到着。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 境内に樹齢千年のナギの大樹があります。
梛としては日本最大で、御神木として古くから崇められおり、国の天然記念物にも指定されている大樹です。
境内に樹齢千年のナギの大樹があります。 梛としては日本最大で、御神木として古くから崇められおり、国の天然記念物にも指定されている大樹です。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 朱塗りの見事な神門をくぐり速玉大社の拝殿で参拝。
朱塗りの見事な神門をくぐり速玉大社の拝殿で参拝。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 速玉大社を後にし、新宮城の跡として整備されている鶴城公園に立ち寄りました。
速玉大社を後にし、新宮城の跡として整備されている鶴城公園に立ち寄りました。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 丹鶴山に築かれた城跡を登って行くと、先ほど登って来た千穂ヶ峯が一望できました。
丹鶴山に築かれた城跡を登って行くと、先ほど登って来た千穂ヶ峯が一望できました。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 天守閣のあった部分の石垣は非常に大きなもので見事な造りのものでした。
天守閣のあった部分の石垣は非常に大きなもので見事な造りのものでした。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 次に、阿須賀神社にやってきました。
次に、阿須賀神社にやってきました。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 阿須賀神社の本殿は朱塗りの美しいものでした。
背後の山は徐福がたどり着いたという伝説がある蓬莱山です。
阿須賀神社の本殿は朱塗りの美しいものでした。 背後の山は徐福がたどり着いたという伝説がある蓬莱山です。
千穂ヶ峯・権現山・神倉山 旅の最後は新宮駅近くの「徐福公園」です。
秦の始皇帝の命で不老不死の霊薬を求めて熊野に渡来したとされる徐福の墓がこの地にあることから、ここに中国風楼門を設置し整備したということです。
熊野古道と熊野三山を巡る2泊3日の旅もここで終了となりました。
旅の最後は新宮駅近くの「徐福公園」です。 秦の始皇帝の命で不老不死の霊薬を求めて熊野に渡来したとされる徐福の墓がこの地にあることから、ここに中国風楼門を設置し整備したということです。 熊野古道と熊野三山を巡る2泊3日の旅もここで終了となりました。

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