春の湘南

2015.04.30(木) 日帰り Kanagawa
風来坊
風来坊

活動詳細

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晴れて日中の気温が上がった2015年4月30日、神奈川県の湘南に行って来ました。 まず東京都昭島市にある自宅を出て青梅線の昭島駅に行き、快速に乗車。10分弱で立川駅に着いたので下車して中央特快に乗り換え。立川駅から30分弱で新宿駅に着いたので再び下車して1番線のプラットホームへ。そして4分遅れでやってきた湘南新宿ラインの普通列車に乗車。定刻より遅れて発車した湘南新宿ラインは山手貨物線、東海道本線大崎支線、横須賀線を快走。しかし東戸塚駅に到着したところで大船駅で架線にある鳥の巣の撤去作業が行なわれているため10分程停車。結局新宿駅から約1時間10分と定刻より10分程遅れて鎌倉駅に到着しました。ここで今度は江ノ島電鉄線に乗り換えて5分程で長谷駅に到着したので下車して改札を通って駅の外に。 まずは長谷駅の西側を南北に通っている長谷通りを北に向かって少し歩き、右手にある「駄菓子や長谷店」に。この店は6畳にも満たない小さな店ですが数100円程度の大仏や鎌倉関連のグッズが色々置いてあり、大仏の置物や駄菓子などを買いました。 そして店を出て再び長谷通りを北に向かってしばらく歩くと高徳院に到着。まず18世紀に他から移築されたという仁王門をくぐって左にある拝観受付で拝観料を納め、右にある門をくぐって洗水舎で手と口を清めて右に歩き、左を見ると鎌倉の仏像では唯一の国宝である鎌倉大仏が。正式には「銅造阿弥陀如来坐像」というこの大仏が作られた経緯ははっきりせず、源頼朝の侍女であったとされる稲田野局が発願したという説や、1195年に頼朝が妻の政子と共に東大寺大仏殿に参詣し、東国にもこの様な大仏を作りたいと思ったのがきっかけという説があります。初代の大仏は木造で1238年に着工し6年後に完成するも1247年に大風で壊れ、1252年に二代目となる青銅製の大仏を鋳造。大仏は元々大仏殿の中に鎮座していましたが1334年と1369年に大風で壊れ、その都度再建されたものの、1498年には津波で壊れ、その後は再建されず現在に至っています。大仏の前に来た私は中学校の修学旅行で見た東大寺の大仏とは違う良さをこの大仏に感じました。大仏を見たり写真を撮ったりしてしばらく過ごした後、拝観料を納めて大仏の中に。係の人に言われた様に右側一列になって外の階段を下りて右に曲がり大仏の中の階段を上りますがステップの幅が狭いので足下に注意した方がいいでしょう。大仏の中は背中の二つの窓から入る光により意外と明るく、鋳造の継ぎ目などが間近に見られます。 大仏の外に出た後は大仏の東側にある売店で御守りやキーホルダーなどを買い、大仏の周りにある回廊の北側に行き、元々は15世紀に朝鮮王宮内に建てられたという月宮殿や、与謝野晶子の「かまくらやみほとけなれど釈迦牟尼は 美男におはす夏木立かな」という歌の碑を見、「いがらし商店」でお土産を買って再び大仏を見たりして「高徳院」を出ました。 高徳院を出た後は長谷通りを南に向かって歩いて長谷駅まで戻り、駅前にある「江ノ電長谷ビル」1階の「キャンドゥ」で食料品などを買って再び江ノ島電鉄線に乗り、終点の藤沢駅で下車。ペデストリアンデッキを通って藤沢駅の北西側にある「AB藤沢ビル」に行き、1階の「クリエイトSD」で食料品や化粧品などを買い、3階と4階にある「アドアーズ」でゲームをし、「F.I.C.ビル」1階の「なか卯」で「牛しぐれ重」を食べ、「セブンーイレブン」で弁当などを買ってこの日の日程は終わり。再び藤沢駅に行き、湘南新宿ラインの快速に乗って帰宅の途についたのでした。

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