友ヶ島要塞跡ハイキング

2020.10.12(月) 日帰り
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仲間と稲村ヶ岳へ登ろう。 と、言っていた。 今回の仲間とは、 - 相方 - yomotam氏 - オノ氏 との四名。オノ氏とは、これが初一緒の山歩き。 週末の台風で現地がどうなっているかわからなくなったので、とりあえず、稲村ヶ岳は無期延期。 テレビで見ていたら加太港が映っていたので、ほな友ヶ島へ行こうということになった。誰も行ったことないし。魚、美味しそうだし。何より温泉あるし。 --- 始発の渡し船に乗りたかったが、交通渋滞(なんと、今回はクルマ移動!)にハマり込んだので、ギリギリ間に合わなかった。淡島神社あたりをぶらぶらして、次の11時の便で友ヶ島汽船の船に乗った。約百人乗りの船がほぼほぼ満員。 折り返しの船に乗り込んだ客は三、四人といったところだったので、このとき、二百人近い人が島内にいたと思われる。 友ヶ島は無人島であるから、夜間人口はほぼゼロになる。昼間時間と夜間人口との比では新宿など目ではないだろう。 船を降りるとカーペンターズが迎えてくれた。そこはかとなく昭和。その名もラピュカフェなるカフェがあって、yomotam氏が買っていたソフトクリームをちょっといただく。ソフトクリーム最高。 降りた客のほとんどが東側に向かうのを見送って、西側へ歩き出す。潮汐は調べてあったので渡れないことはわかっていたが、引いていれば渡れるという虎島を見てみたかったので、閼加井まで行ってみることにした。 波打ち際まで降りてみると、泳げば渡れる程度の水かさになったいた。閼加井の側には多くの漂着物が打ち寄せられていて、お世辞にも綺麗とは言い難い。透明度のある海水とのコントラストが印象に残る。 行きはかなりゆっくり自然を堪能しながら歩いたので戻りはサクサク歩き、第三砲台へ。友ヶ島を有名たらしめているのはラピュタを彷彿とさせるこの戦争史跡だろう。途中、防空壕と思しき横穴がいくつか開いていた。ひとつ入ってみると人の手で掘削された跡がくっきり残っている。 とくに名もない防空壕跡にはしばしばゴミが捨てられていたり、土砂で埋まりかけている様を見かけるが、こちらの横穴にはそんなこともなく、キレイに保たれている。 たぶん、この島を訪れる人のお目当てはたいていが第三砲台なのだろう。閼加井方面と異なり、多くの人とすれ違った。オシャレな姉さんが涼しい顔して降りてきたが、ハイヒールで下るとすると、かなり危ない山道だった。たぶん気合の入り方が違うのだろう。 砲台は思っていたより綺麗で、立派に保たれていて広かった。航空主兵となり、要塞として役割を果たすことはなかったというが、真珠湾の航空攻撃はいかに当時の軍人が要塞砲を恐れていたか、を示している。浜松や釜石は太平洋に面していたので艦砲射撃を受けたが、神戸はそうならなかったことをみると、そう無意味というわけでもなかっただろう。戦争という血みどろの歴史。まごうことのない負の歴史の遺産は敗戦75年も経つと、隠れん坊や鬼ごっこをするとマジで怖そうだね、という感想を訪れる人に抱かせる。 呑気なものだ。 タカノス山でおやつ休憩。そこではシニア層が多く休憩していた。ぐるりと見渡せば淡路島、明石方面、六甲山、紀伊半島まで見られる。灯台と第一砲台を見て、子午線広場で軽く寝転び、船着場へと戻る。 船着場では相変わらずカーペンターがノスタルジーに歌っていた。ソフトクリームがまことにうまい。隣のテーブルでお茶していたお姉さんたちは、たぶん同年代で、カーペンターズ懐かしいよね、昔学校へ行こうって番組があって、軟式globeが好きだったと話している。最終便に乗る。行きと違って船には二十人ほどしか乗っていなかった。船から見える島はまた印象が違って、海から今日歩いたところを振り返ることができるというのは、これは友ヶ島ならではのハイキング体験だな、と思った。ちょっと値がはるな、と思ったけど、これは良い。今回…初の友ヶ島だったけど、予想していたよりずっと面白かった。友ヶ島は、はじめてハイキングに行く人を連れて行くにも良いところかもしれない。

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