五日市鉄道跡(立川~拝島間)を歩く

2017.04.13(木) 09:01 - 2017.04.13(木) 11:16
Kitatama (Tokyo, Kanagawa, Saitama)
昭島市内にある「五鉄通り」は、かつて立川~拝島間で青梅線と併走していた「五日市鉄道」の廃線跡です(戦時中の1944年廃止)。この廃線跡を辿って立川駅から拝島駅まで、鉄道の痕跡を探しながら春のウォーキングを愉しみました。 また「アウトドア」以外における「Yamap」の活用方法として、このような歴史探索の用途はいかがでしょうか?

写真

今日のスタートはJR立川駅。新しく出来た「北改札」を出発したのは9時ジャスト頃。

今日のスタートはJR立川駅。新しく出来た「北改札」を出発したのは9時ジャスト頃。

線路の南側に出てまずは西へ向かいます。諏訪ノ森広場の桜の木がきれいでした。

線路の南側に出てまずは西へ向かいます。諏訪ノ森広場の桜の木がきれいでした。

そして諏訪ノ森を過ぎると、「青梅短絡線」と呼ばれる線路が左から近付いてきます。青梅線と南武線を繋ぐ短絡線で、一般的な電車だと「青梅特快」の下り電車がここを通ります。実はこれが「五日市鉄道」として作られた線路なんです。

そして諏訪ノ森を過ぎると、「青梅短絡線」と呼ばれる線路が左から近付いてきます。青梅線と南武線を繋ぐ短絡線で、一般的な電車だと「青梅特快」の下り電車がここを通ります。実はこれが「五日市鉄道」として作られた線路なんです。

そしてこの辺り、立川第四小の近くが最初の停車駅「武蔵上ノ原」駅があったとされる場所です。立川寄りの踏切は「上野原踏切」という名で、ここに駅があった名残のひとつとなっています。

そしてこの辺り、立川第四小の近くが最初の停車駅「武蔵上ノ原」駅があったとされる場所です。立川寄りの踏切は「上野原踏切」という名で、ここに駅があった名残のひとつとなっています。

前写真の位置から青梅方向を見ると、線路は右にカーブしています。実はここで「青梅短絡線」は「青梅第三線」に名前を変えています。なぜなら、この先の区間は「五日市鉄道」ではなく後から国鉄が作った線路だから。かつて「五日市鉄道」はここを左にカーブしていたのです…いよいよここからは廃線跡探しです。

前写真の位置から青梅方向を見ると、線路は右にカーブしています。実はここで「青梅短絡線」は「青梅第三線」に名前を変えています。なぜなら、この先の区間は「五日市鉄道」ではなく後から国鉄が作った線路だから。かつて「五日市鉄道」はここを左にカーブしていたのです…いよいよここからは廃線跡探しです。

そしてこの辺りの立川南通りは、道路としては不自然な緩いS字カーブを描いています。ここからしばらくはこの立川南通りが「五日市鉄道」の廃線跡です。

そしてこの辺りの立川南通りは、道路としては不自然な緩いS字カーブを描いています。ここからしばらくはこの立川南通りが「五日市鉄道」の廃線跡です。

残堀川でふと上流を見ると、青梅線の電車が走っているのが見えました。さっき離れていった「青梅第三線」はあの電車の少し手前です。

残堀川でふと上流を見ると、青梅線の電車が走っているのが見えました。さっき離れていった「青梅第三線」はあの電車の少し手前です。

ここは「産業サポートスクウェア」の入口。ここに二つ目の停車駅である「郷地」駅がありました。そして立川南通りが「五日市鉄道」の廃線跡を利用しているのは、この先の「産業サポートスクウェア」交差点までです。

ここは「産業サポートスクウェア」の入口。ここに二つ目の停車駅である「郷地」駅がありました。そして立川南通りが「五日市鉄道」の廃線跡を利用しているのは、この先の「産業サポートスクウェア」交差点までです。

「産業サポートスクウェア」交差点で線路の痕跡は完全に途切れたように見えますが、見る人が見れば廃線跡が交差点から斜め左に逸れているのが解ります。それは線路上の細い土地に細い家が続いている箇所があるからです。そしてその裏手側への路地を抜けると、このように廃線跡由来の道路が現れます。

「産業サポートスクウェア」交差点で線路の痕跡は完全に途切れたように見えますが、見る人が見れば廃線跡が交差点から斜め左に逸れているのが解ります。それは線路上の細い土地に細い家が続いている箇所があるからです。そしてその裏手側への路地を抜けると、このように廃線跡由来の道路が現れます。

「五日市鉄道」廃線跡に沿って桜並木がある区間も。既に昭島市に入っていて、この辺りに最初の「五鉄通り」の看板がありました。

「五日市鉄道」廃線跡に沿って桜並木がある区間も。既に昭島市に入っていて、この辺りに最初の「五鉄通り」の看板がありました。

住宅街の中で不自然な緩いカーブを描く生活道路、私はこの道を始めて見た瞬間、何の予備知識も無いのに「これは鉄道廃線跡だ」と見破りました。それほど解りやすいカーブです。

住宅街の中で不自然な緩いカーブを描く生活道路、私はこの道を始めて見た瞬間、何の予備知識も無いのに「これは鉄道廃線跡だ」と見破りました。それほど解りやすいカーブです。

ですが昭和公園の入口ロータリーを過ぎると、廃線跡由来の道路はこんな形でプッツリと切れています。その先には細長い敷地の家々が続いているので、それを目安にすれば「続き」の方向が解ります。

ですが昭和公園の入口ロータリーを過ぎると、廃線跡由来の道路はこんな形でプッツリと切れています。その先には細長い敷地の家々が続いているので、それを目安にすれば「続き」の方向が解ります。

前写真の行き止まりを右に回避、東中神駅前から福島交番に至る道路と交差するこの地点に、三つ目の停車駅である「武蔵福島」駅がありました。

前写真の行き止まりを右に回避、東中神駅前から福島交番に至る道路と交差するこの地点に、三つ目の停車駅である「武蔵福島」駅がありました。

「武蔵福島」駅から進行方向を見ると、こんな感じの新興分譲住宅街となっていましたが、この住宅街も鉄道の線路跡に沿った細長い土地となっているので解りやすいです。ここの住民は鉄道の廃線跡に住んでいることを知っているんだろうか?

「武蔵福島」駅から進行方向を見ると、こんな感じの新興分譲住宅街となっていましたが、この住宅街も鉄道の線路跡に沿った細長い土地となっているので解りやすいです。ここの住民は鉄道の廃線跡に住んでいることを知っているんだろうか?

前写真の新興住宅街の裏側に出るとこんな緩いカーブの路地に出ますが、この道は廃線跡由来ではありません。廃線跡は左側に並んだ家々です。

前写真の新興住宅街の裏側に出るとこんな緩いカーブの路地に出ますが、この道は廃線跡由来ではありません。廃線跡は左側に並んだ家々です。

前写真で左側の家々が並ぶ方向へ向かって路地を迂回すると、やがてまた廃線跡由来の道路が見つかります。ここから振り返ると前写真の位置まで、細長い土地にきれいに家々が線状に並んでいるのが解るんですよ。

前写真で左側の家々が並ぶ方向へ向かって路地を迂回すると、やがてまた廃線跡由来の道路が見つかります。ここから振り返ると前写真の位置まで、細長い土地にきれいに家々が線状に並んでいるのが解るんですよ。

足下を見ると水仙が咲いていました。

足下を見ると水仙が咲いていました。

「五日市鉄道」と「多摩大橋通」の交差はここでした…といっても「五日市鉄道」が会った頃には、「多摩大橋通」は影も形もなかったはずですが。

「五日市鉄道」と「多摩大橋通」の交差はここでした…といっても「五日市鉄道」が会った頃には、「多摩大橋通」は影も形もなかったはずですが。

前写真の交差点の近くに、こんな桜の木がありました。

前写真の交差点の近くに、こんな桜の木がありました。

そして廃線跡由来の道路は、「多摩大橋通」を越えてすぐに途切れています。今度は「細長い土地の家」の見当たらず、これまでの道路の方向から推測するしかありません。

そして廃線跡由来の道路は、「多摩大橋通」を越えてすぐに途切れています。今度は「細長い土地の家」の見当たらず、これまでの道路の方向から推測するしかありません。

前写真の家々の裏側に出るとこんな団地が建っていて、線路跡がどこなのか解りません。この団地の敷地内に四つ目の停車駅である「南中神」駅がありました。

前写真の家々の裏側に出るとこんな団地が建っていて、線路跡がどこなのか解りません。この団地の敷地内に四つ目の停車駅である「南中神」駅がありました。

中神駅から中神坂へ南下する道路と「五日市鉄道」は、ここで交差していました。左側に見える建物はいかにも鉄道廃線跡を利用したっぽい細長い建物です。

中神駅から中神坂へ南下する道路と「五日市鉄道」は、ここで交差していました。左側に見える建物はいかにも鉄道廃線跡を利用したっぽい細長い建物です。

また路地を迂回させられ、久々に廃線跡由来の道路が現れます。

また路地を迂回させられ、久々に廃線跡由来の道路が現れます。

歩いて行ってしばらくすると、また生活道路としては不自然に緩いカーブが。ここも予備知識無しで始めて通ったときに「これは鉄道廃線跡だ」と気付いたところで、この道との出会いが私を「五日市鉄道」に興味を持たせてきっかけでした。

歩いて行ってしばらくすると、また生活道路としては不自然に緩いカーブが。ここも予備知識無しで始めて通ったときに「これは鉄道廃線跡だ」と気付いたところで、この道との出会いが私を「五日市鉄道」に興味を持たせてきっかけでした。

カーブを曲がりきって前を見ると、多摩川対岸の丘陵地が見えてきました。鉄道だったときはさぞかしきれいな車窓風景が見られたんだろうな…。

カーブを曲がりきって前を見ると、多摩川対岸の丘陵地が見えてきました。鉄道だったときはさぞかしきれいな車窓風景が見られたんだろうな…。

宮澤東交差点から昭島市街方向へ続く道路と「五日市鉄道」が交差していたのはここ。ここに五つ目の停車駅「宮澤」駅がありました。

宮澤東交差点から昭島市街方向へ続く道路と「五日市鉄道」が交差していたのはここ。ここに五つ目の停車駅「宮澤」駅がありました。

また道路は緩いカーブを描きます。ここを戦前は、単行のガソリンカーがトコトコと走っていたり、石灰石を積んだ貨物列車が轟音を立てて通過したりしたんだろうな。

また道路は緩いカーブを描きます。ここを戦前は、単行のガソリンカーがトコトコと走っていたり、石灰石を積んだ貨物列車が轟音を立てて通過したりしたんだろうな。

廃線跡由来の道路は八高線の線路にぶつかって途切れています。歩行者用の地下通路で線路の向こう側へ行けますが…実はかつてはここで「五日市鉄道」は八高線の下をくぐっていました。そのために「五日市鉄道」の線路は堀割下にあったようですが、廃止後に堀割は埋められてしまったようです。

廃線跡由来の道路は八高線の線路にぶつかって途切れています。歩行者用の地下通路で線路の向こう側へ行けますが…実はかつてはここで「五日市鉄道」は八高線の下をくぐっていました。そのために「五日市鉄道」の線路は堀割下にあったようですが、廃止後に堀割は埋められてしまったようです。

八高線の線路をくぐる手前に小さな公園があって、そこの桜がとてもきれいでした。

八高線の線路をくぐる手前に小さな公園があって、そこの桜がとてもきれいでした。

地下通路に入る手前、足下ではチューリップが咲いていました。春本番って感じですね。

地下通路に入る手前、足下ではチューリップが咲いていました。春本番って感じですね。

線路をくぐると線路とホームと台車のモニュメントが…ここは六つ目の停車駅「大神」駅があった場所。だけどこのホームも線路も当時のものではなく、15年ほど前にモニュメントとして作られたものだそうです。

線路をくぐると線路とホームと台車のモニュメントが…ここは六つ目の停車駅「大神」駅があった場所。だけどこのホームも線路も当時のものではなく、15年ほど前にモニュメントとして作られたものだそうです。

ですがこの桜の木は「五日市鉄道」がここを走っていたときにはあったそうです。信号機はモニュメントとして、奥多摩駅からもらってきたものだそうです。

ですがこの桜の木は「五日市鉄道」がここを走っていたときにはあったそうです。信号機はモニュメントとして、奥多摩駅からもらってきたものだそうです。

「大神」駅後からまた廃線跡由来の道路が続きます。

「大神」駅後からまた廃線跡由来の道路が続きます。

廃線跡由来の道路が新奥多摩街道にぶつかったところに、七つ目の停車駅である「武蔵田中」駅がありました。その跡地には「車止め」と「転轍機」のモニュメントがありました。

廃線跡由来の道路が新奥多摩街道にぶつかったところに、七つ目の停車駅である「武蔵田中」駅がありました。その跡地には「車止め」と「転轍機」のモニュメントがありました。

ここで廃線跡は緩く右にカーブしていて、その跡地は新奥多摩街道に転用されています。行き交う自動車の轟音を聞きながら退屈なウォーキングが続きそうです。

ここで廃線跡は緩く右にカーブしていて、その跡地は新奥多摩街道に転用されています。行き交う自動車の轟音を聞きながら退屈なウォーキングが続きそうです。

やがて「堂方上」交差点で新奥多摩街道は国道16号に変化します。このひっきりなしに車が行き交うこの交差点も廃線跡、大型車がバンバン行き交うこの区間の国道16号も廃線跡なんです。

やがて「堂方上」交差点で新奥多摩街道は国道16号に変化します。このひっきりなしに車が行き交うこの交差点も廃線跡、大型車がバンバン行き交うこの区間の国道16号も廃線跡なんです。

しばらく歩くと歩道橋があり、その場所に八つ目の停車駅「南拝島」駅がありました。

しばらく歩くと歩道橋があり、その場所に八つ目の停車駅「南拝島」駅がありました。

「南拝島」駅跡地を過ぎてほんの少し行ったところで、廃線跡は国道16号から右に逸れています。住宅街の中で不自然に緩いカーブを描くこの道が廃線跡由来の道路です。

「南拝島」駅跡地を過ぎてほんの少し行ったところで、廃線跡は国道16号から右に逸れています。住宅街の中で不自然に緩いカーブを描くこの道が廃線跡由来の道路です。

カーブが終わると、拝島駅へ向かって一直線に緩い登り坂を上ります。生活道路なのに地形に沿わず、土盛りや切り通しで一定の緩い勾配を保っているこの道路も、「解る」人が見れば「鉄道廃線跡だ」と一発で見抜けるでしょう。それほど生活道路としては不自然な作りの道路なんです。

カーブが終わると、拝島駅へ向かって一直線に緩い登り坂を上ります。生活道路なのに地形に沿わず、土盛りや切り通しで一定の緩い勾配を保っているこの道路も、「解る」人が見れば「鉄道廃線跡だ」と一発で見抜けるでしょう。それほど生活道路としては不自然な作りの道路なんです。

坂道を上る途中の公園に、こんなきれいな桜の木がありました。

坂道を上る途中の公園に、こんなきれいな桜の木がありました。

この道路はやがて勾配がなくなり、自動車が通れない遊歩道となると拝島駅へ向けて最後のカーブを描きます。このカーブは鉄道路線としてはちょっとキツイですね。

この道路はやがて勾配がなくなり、自動車が通れない遊歩道となると拝島駅へ向けて最後のカーブを描きます。このカーブは鉄道路線としてはちょっとキツイですね。

前写真のカーブを反対から振り返って見ました。

前写真のカーブを反対から振り返って見ました。

そしてこの遊歩道が江戸街道にぶつかると、その先には道路も何もありません。道路の向こうに見える駐車場のすぐ向こうは、拝島駅の鉄道用地です。これで「五日市鉄道」の探索は終了です。

そしてこの遊歩道が江戸街道にぶつかると、その先には道路も何もありません。道路の向こうに見える駐車場のすぐ向こうは、拝島駅の鉄道用地です。これで「五日市鉄道」の探索は終了です。

ちなみに「五日市鉄道」の廃線跡由来の道路には、「五鉄通り」という名が付いていて何ヶ所かこういう標識が立っています。

ちなみに「五日市鉄道」の廃線跡由来の道路には、「五鉄通り」という名が付いていて何ヶ所かこういう標識が立っています。

そしてゴールはJR拝島駅、天気が良くて心地よいウォーキングでした。

そしてゴールはJR拝島駅、天気が良くて心地よいウォーキングでした。

道具リスト

  • WSD-F10(黒)

    CASIO

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