立花三将伝の一人薦野弥十郎(増時)の墓碑を訪ねて-2020-09-10

2020.09.10(木) 日帰り

活動データ

タイム

02:25

距離

8.1km

のぼり

150m

くだり

230m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
2 時間 25
休憩時間
26
距離
8.1 km
のぼり / くだり
150 / 230 m
2 25

活動詳細

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赤神 涼の立花三将伝を読んで今日はまず薦野城主であった薦野増時(本では戦略知将の弥十郎)の墓碑がある小松岡砦跡に行きました 増時のお墓は梅岳寺に立花道雪と同じ場所にあります 生前から道雪が増時と同じ墓所に入る事を約束していたそうです 当時を偲びつつ薦野城山を仰ぎ感動しました! 神社を清掃中のご婦人と暫しお話も聞けました 次に三将の一人 米多比三左衛門の居城跡須賀神社から米多比山近く迄歩き(登山は考えてなかったので水なしの為)引き返しました 3ヶ所目は青柳の三柱神社にある首無し塚(立花鑑載)を清掃し御参りしました 帰りに色姫(立花道雪の側室)の墓と夜泣き観音(立花鑑載の妻子)と立花城に関する場所を巡る事ができました 立花山に対する姿勢が新たになり幸せ感いっぱいの半日でした!

古賀市 向って一番左側が薦野増時の墓で一番右側が立花道雪のお墓です道雪は増時に立花城主を譲ろうと考えたくらいお気に入りだったそうです 城主を継いだのは娘婿のあの名将宗茂でした
向って一番左側が薦野増時の墓で一番右側が立花道雪のお墓です道雪は増時に立花城主を譲ろうと考えたくらいお気に入りだったそうです 城主を継いだのは娘婿のあの名将宗茂でした
古賀市 立花家 宗像家 毛利家の位置図
立花家 宗像家 毛利家の位置図
古賀市 古賀市小野公園から薦の城山 朝日がダイアモンドヘッドの感じ!
古賀市小野公園から薦の城山 朝日がダイアモンドヘッドの感じ!
古賀市 小松岡砦跡にある薦野城の遠望場所
小松岡砦跡にある薦野城の遠望場所
古賀市 薦野城山(城の山)遠望
薦野城山(城の山)遠望
古賀市 小松岡砦の全景
小松岡砦の全景
古賀市 薦野増時 小説では薦野弥十郎で戦略知将として活躍
薦野増時 小説では薦野弥十郎で戦略知将として活躍
古賀市 この丘陵にはいくつもの墓石があります
この丘陵にはいくつもの墓石があります
古賀市 立花重正公墓碑
立花重正公墓碑
古賀市 薦野家供養塔
薦野家供養塔
古賀市 立花宗茂の妹の墓
立花宗茂の妹の墓
古賀市 薦野増時公の墓碑
薦野増時公の墓碑
古賀市 立花重正公墓碑
立花重正公墓碑
古賀市 薦野増時公
薦野増時公
古賀市 小松岡砦跡広場
小松岡砦跡広場
古賀市 こもの城山遠望
こもの城山遠望
古賀市 小松ケ岡砦跡の石碑
小松ケ岡砦跡の石碑
古賀市 砦下にある若八幡宮
砦下にある若八幡宮
古賀市 石段を登ると若八幡宮殿
石段を登ると若八幡宮殿
古賀市 古賀市米多比山への登り口にある須賀神社
古賀市米多比山への登り口にある須賀神社
古賀市 米多比の須賀神社 だいぶん古びていました
米多比の須賀神社 だいぶん古びていました
古賀市 神社裏から米多比山への尾根道で感謝と書かれた赤テープ  コックンさんが付けたのかな?
神社裏から米多比山への尾根道で感謝と書かれた赤テープ コックンさんが付けたのかな?
古賀市 ここまで来て水を持参してなかったので山頂を間近にして勇気ある撤退?
ここまで来て水を持参してなかったので山頂を間近にして勇気ある撤退?
古賀市 天かな? 上が破損しており意味不明!
天かな? 上が破損しており意味不明!
古賀市 米多比城跡への登山口にある須賀神社 此処は米多比三左衛門の屋敷跡 三将の一人として登場
米多比城跡への登山口にある須賀神社 此処は米多比三左衛門の屋敷跡 三将の一人として登場
古賀市 須賀神社からの古賀市方面展望
須賀神社からの古賀市方面展望
古賀市 3ヶ所目は古賀市青柳の三柱神社 殆ど人が来てない感じの古びた石段
3ヶ所目は古賀市青柳の三柱神社 殆ど人が来てない感じの古びた石段
古賀市 首無し塚がある青柳の三柱神社
首無し塚がある青柳の三柱神社
古賀市 三柱神社由来
三柱神社由来
古賀市 青柳の三柱神社に祀られている立花鑑載の首無し塚 大友に反旗を翻し多勢に破れ自害 首は大友家に送られ後にこの地に遺体を葬ったとのこと
青柳の三柱神社に祀られている立花鑑載の首無し塚 大友に反旗を翻し多勢に破れ自害 首は大友家に送られ後にこの地に遺体を葬ったとのこと
古賀市 墓石
墓石
古賀市 首無し塚の説明
首無し塚の説明
古賀市 首無し塚前の広場
首無し塚前の広場
古賀市 雑草を取り除きました 善行ですネ
雑草を取り除きました 善行ですネ
古賀市 立花道雪の側室 色姫のお墓 生前は松尾山でひっそりと暮らして病後はこの石瓦の地で療養し最後は自害したそうです
立花道雪の側室 色姫のお墓 生前は松尾山でひっそりと暮らして病後はこの石瓦の地で療養し最後は自害したそうです
古賀市 大友と毛利の合戦で毛利についた宗像家の伊呂姫は人質に取られ後に立花道雪の側室となった  この石碑は民家の敷地奥にありことわって入りました 色姫自身が幸せ薄い人生を過ごした様にお墓も民家の奥の寂しい所に有りました
大友と毛利の合戦で毛利についた宗像家の伊呂姫は人質に取られ後に立花道雪の側室となった この石碑は民家の敷地奥にありことわって入りました 色姫自身が幸せ薄い人生を過ごした様にお墓も民家の奥の寂しい所に有りました
古賀市 夜泣き観音 大友に追われた立花鑑載の妻子が新宮港に逃げる途中で赤子が泣くので観音経
を唱えると泣き止み助かり逃げ延びたとのことです 別説もあり!
夜泣き観音 大友に追われた立花鑑載の妻子が新宮港に逃げる途中で赤子が泣くので観音経 を唱えると泣き止み助かり逃げ延びたとのことです 別説もあり!
古賀市 夜泣き観音の説明
今日は読んだ本に書かれた足跡を実際に歩けて興味深々でした! 近くにこんなにも訪ねる所があって幸せです!  感謝します
夜泣き観音の説明 今日は読んだ本に書かれた足跡を実際に歩けて興味深々でした! 近くにこんなにも訪ねる所があって幸せです! 感謝します

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