古街道 奥州山道(秀衡街道) [水の森~二ッ谷]健脚ウォーキング散策路

2020.06.27(土) 日帰り
おおそね
おおそね

活動データ

タイム

03:07

距離

9.1km

上り

306m

下り

307m

チェックポイント

活動詳細

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★古街道 奥州山道(秀衡街道) については、こちら仙台市HomePageを参照ください http://www.city.sendai.jp/izumi-katsudo/izumiku/shokai/profile/shisekimeguri/kyukaido/oshu.html ★土地開発で失われ、飛び飛びになった古街道を... ☆可能な限り迂回せずに散策できればと思い立ち、実は数日かけて竹やぶなどで分断されている箇所の刈払いをしてきました(動画をご笑覧下さい)。そして、通り抜けできるめどが立ち、 ☆水の森公園口を出発&ゴール地点として新しい散策路をはじめて周回してみた記録です。 ☆スタート地点を上谷刈キャンプ場にして、水の森公園の東西周遊コースからまわり始めるのも良いかと思います。 ★江戸・明治・大正・昭和の古街道を肌で感じながら足腰を鍛え楽しむ散策路を.. ☆道六神(公称『道路神社』)裏の河岸で折り返し長命館公園経由で水の森公園へ戻るコースとして練ってみました。 ※道路神社の近くに吊り橋ができる昭和10(1935)年頃までは、 石などを敷いて浅瀬をつくって対岸の野村地区との間を往来していたらしいですが、流量次第では危険な場合もありますから、この河岸(カバー写真の箇所)を折り返し地点にしました。その結果、実際に歩いてみると、 ☆一巡りで約9km少々約3時間ほどと、歩き応えのある健脚コースになっていることを実感できました。 ☆このコースには湧き水でのどを潤せるお休み処も3カ所ほどありますよ(写真参照ください)。 ☆まだまだ不十分ですが、古街道の歴史に触れながら、自然散策も楽しめる健脚コース(簡単に言い換えると、水の森公園と長命建公園のいいとこどりとも呼べるフットパス!)としてイメージがわいてきました。 なお、 ★焼場供養塔(写真34/36)伝承碑(写真35/36)については下記の活動日記を参照ください。 https://yamap.com/activities/6529684 また ★このコースをより安全に楽しむには防水保障のトレッキングシューズなどが必要です。 ☆水の森公園口を出発してまもなく古街道へ踏み入ると、沢路は徐々にV字形の谷道となって、くぐり抜けたり乗り越えた倒木は約10ヵ所ほどもありました。往来していた当時の険しさが保存されていて、労苦も偲べますが、ここが一番の難所と感じました。 ☆逆順にコースを巡ることもできますが、足元がより安全なのは、今回私が辿った道順だと思います。 ※病院裏側の法面部分は網状の保護ネットで覆われているため晴れの日でも滑りやすい急斜面となっていて、逆順に巡るとこの急斜面を滑るように下ることになり危険かなと感じました。 ☆今回の散策は、前日迄3日連続の雨模様で蒸し暑さも増した梅雨時の午後に行いましたが、市街地にもかかわらず楽しめる緑地帯が多く、歩き通した爽快感も十分に味わうことができました。季節や天候次第ではさらに楽しみ広がる散策路であろうと実感しましたので、興味のある方は、ぜひこのコースをお試しになってみてください。 ★この日の活動 歩数12920(3METs以上12320)歩 高度差 71m(90m-19m) ★この日の主な気象データ(仙台)  平均℃ 最高℃ 最低℃ 平均風速 最大風速 最大瞬間風速   天気 22.2 27.9 17.1 1.8m/s 4.8m/s 西南西 7.7m/s 西南西 小雨のちくもり  http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php

仙台市 出発地点の水の森入口です
出発地点の水の森入口です
仙台市 東周遊コースを進んできてここが分岐点。奥州山道は右側の小路です。
東周遊コースを進んできてここが分岐点。奥州山道は右側の小路です。
仙台市 馬頭観世音と湯殿山の碑。寛政11(1799)年..との刻印があり、200年も前の江戸時代へとタイムスリップ!
馬頭観世音と湯殿山の碑。寛政11(1799)年..との刻印があり、200年も前の江戸時代へとタイムスリップ!
仙台市 やがて送電線の鉄塔がみえてきますが、鉄塔の手前で左折します(※鉄塔沿いに下ると団地内へと下りてしまいます)
やがて送電線の鉄塔がみえてきますが、鉄塔の手前で左折します(※鉄塔沿いに下ると団地内へと下りてしまいます)
仙台市 このような倒木箇所が次々と続きますが、まもなく高柳川の河岸が見えてきます。
このような倒木箇所が次々と続きますが、まもなく高柳川の河岸が見えてきます。
仙台市 手前に見える丸田橋(昭和56年3月竣工)は渡らずに、左折して鳥居を目指しましょう
手前に見える丸田橋(昭和56年3月竣工)は渡らずに、左折して鳥居を目指しましょう
仙台市 昭和7(1932)年建立と刻まれた鳥居まで来たら、高柳七号橋(昭和60年1月完成)を渡ります(※鳥居の先を進むと、道は険しいですが約500mほどで養気瀧不動尊へ)。
昭和7(1932)年建立と刻まれた鳥居まで来たら、高柳七号橋(昭和60年1月完成)を渡ります(※鳥居の先を進むと、道は険しいですが約500mほどで養気瀧不動尊へ)。
仙台市 高柳川沿いに進むと、馬頭観音など七塔の石碑が祀られた小高い丘にでます。
高柳川沿いに進むと、馬頭観音など七塔の石碑が祀られた小高い丘にでます。
仙台市 この場所は行き交う人々が手をあわせて一休みするところだったそうです。案内看板がありますから、古街道の歴史などを確認してみましょう。
この場所は行き交う人々が手をあわせて一休みするところだったそうです。案内看板がありますから、古街道の歴史などを確認してみましょう。
仙台市 コンコンとわく湧き水!3.11大震災で断水になった際は、行列が絶えませんでした。ここでおいしい水分を補給したら、
コンコンとわく湧き水!3.11大震災で断水になった際は、行列が絶えませんでした。ここでおいしい水分を補給したら、
仙台市 病院裏手(北側)の電柱をめざして、道路を横断しましょう。
病院裏手(北側)の電柱をめざして、道路を横断しましょう。
仙台市 土地開発のため二ッ谷へ向かう山道はこのあたりで分断されているため、ここが二ッ谷側への登り口となります
土地開発のため二ッ谷へ向かう山道はこのあたりで分断されているため、ここが二ッ谷側への登り口となります
仙台市 法面の尾根伝いに登っていくと、南面に虹ヶ丘小学校などの景色が広がってきます。さらに進むと、古街道へとつながり、
法面の尾根伝いに登っていくと、南面に虹ヶ丘小学校などの景色が広がってきます。さらに進むと、古街道へとつながり、
仙台市 このような崖伝いに古街道の小路を進みます(※左手の崖には這い上がらないでください。この崖は接する民家庭先の南法面にもなっているので、うっかり顔を出すと驚かれてしまうかも(^_^)
このような崖伝いに古街道の小路を進みます(※左手の崖には這い上がらないでください。この崖は接する民家庭先の南法面にもなっているので、うっかり顔を出すと驚かれてしまうかも(^_^)
仙台市 シーアイタウン八乙女入口の看板(裏面)が見えてきます。この看板を目指して下っていきましょう。
シーアイタウン八乙女入口の看板(裏面)が見えてきます。この看板を目指して下っていきましょう。
仙台市 シーアイタウン八乙女入口を横断して、振り返えってみました。ここは加茂大橋手前のバス通りです。
シーアイタウン八乙女入口を横断して、振り返えってみました。ここは加茂大橋手前のバス通りです。
仙台市  このように右手に幼稚園を見ながら古街道を北へと直進し、
このように右手に幼稚園を見ながら古街道を北へと直進し、
仙台市 正面ガードレールの向こうへと下っていきます(※右手に進んでも、園内散策路を経由して奥州山道へと合流できます)
正面ガードレールの向こうへと下っていきます(※右手に進んでも、園内散策路を経由して奥州山道へと合流できます)
仙台市 下っていくと仙台北環状線の道路が見えてきました。
下っていくと仙台北環状線の道路が見えてきました。
仙台市 泉史跡巡りの看板がありますから、古街道の歴史などを確認してみましょう。
泉史跡巡りの看板がありますから、古街道の歴史などを確認してみましょう。
仙台市 コンコンとわく湧き水!お休み処にもなっていますから、ここでおいしい水分を補給しましょう。
コンコンとわく湧き水!お休み処にもなっていますから、ここでおいしい水分を補給しましょう。
仙台市 地元では道六神として親しまれている公称『道路神社』です
地元では道六神として親しまれている公称『道路神社』です
仙台市 ここにも様々な民間信仰を伝承する石碑群があります。
ここにも様々な民間信仰を伝承する石碑群があります。
仙台市 河岸へ下りました。正面に見えるのは商業高校のグランドですね。
河岸へ下りました。正面に見えるのは商業高校のグランドですね。
仙台市 昭和10(1935)年頃にこの近くに吊り橋(旧古屋敷橋)ができてからは、渡る人も少なくなりましたが、
昭和10(1935)年頃にこの近くに吊り橋(旧古屋敷橋)ができてからは、渡る人も少なくなりましたが、
仙台市 石などを敷いて浅瀬をつくり、ここを渡って行き来していたとのこと。
石などを敷いて浅瀬をつくり、ここを渡って行き来していたとのこと。
仙台市 つい最近(100年前頃)まではこんな場所も街道の要所だったのですね。
つい最近(100年前頃)まではこんな場所も街道の要所だったのですね。
仙台市 さらに新しい竣工したばかりの古屋敷橋。20019(令和元)年10月26日14時から、2車線での対面通行も可能となりました。ここからは北西に泉ヶ岳方面がよく見渡せます。
さらに新しい竣工したばかりの古屋敷橋。20019(令和元)年10月26日14時から、2車線での対面通行も可能となりました。ここからは北西に泉ヶ岳方面がよく見渡せます。
仙台市 長命館公園北入り口脇の長命瀧不動尊...「慶應四(1868)年)とありますから、明治元年(1868年)~約150年ほど前の建立。沢水を頭からかけられながら佇むかわいい不動尊.です
長命館公園北入り口脇の長命瀧不動尊...「慶應四(1868)年)とありますから、明治元年(1868年)~約150年ほど前の建立。沢水を頭からかけられながら佇むかわいい不動尊.です
仙台市 オカトラノオ(丘虎の尾)が咲いていました。このように長命館公園も、歴史に触れ親しみながら、四季を通じて自然を満喫できる公園です。
オカトラノオ(丘虎の尾)が咲いていました。このように長命館公園も、歴史に触れ親しみながら、四季を通じて自然を満喫できる公園です。
仙台市 水の森公園駐車場へきました。団地開発によってここに移された馬頭観音などの石碑群がここに移設され整然と並んでいます。。
水の森公園駐車場へきました。団地開発によってここに移された馬頭観音などの石碑群がここに移設され整然と並んでいます。。
仙台市 丸田沢東堤です。左手の東周遊コースを進みましたが、右手の西周遊もお勧めですよ
丸田沢東堤です。左手の東周遊コースを進みましたが、右手の西周遊もお勧めですよ
仙台市 仙台市街地が見えてきました。この先、古街道は荒巻古街道へと続きます。
仙台市街地が見えてきました。この先、古街道は荒巻古街道へと続きます。
仙台市 焼場供養塔との文字が刻まれています。ここには明治15(1882)年に仙台を襲った感染症コレラによって亡くなった方々の遺体を焼い場所=焼場供養塔です。当時、この場は仙台市ではなく、仙台市のお隣り荒巻村、七北田村から仙台へ向かう人たちの主要道だった場所でした。そのような道端で....とても悲しく忘れちゃいけない過去を刻んだ碑です。
焼場供養塔との文字が刻まれています。ここには明治15(1882)年に仙台を襲った感染症コレラによって亡くなった方々の遺体を焼い場所=焼場供養塔です。当時、この場は仙台市ではなく、仙台市のお隣り荒巻村、七北田村から仙台へ向かう人たちの主要道だった場所でした。そのような道端で....とても悲しく忘れちゃいけない過去を刻んだ碑です。
仙台市 感染症コレラが大流行した明治15(1882)年当時の記録を伝える伝承碑。焼場供養塔から約60歩ほど市民センター側の出口へ向かって進んだ道端にあります。碑を囲うように茂っていた木々が刈り払われていました(感謝)。
感染症コレラが大流行した明治15(1882)年当時の記録を伝える伝承碑。焼場供養塔から約60歩ほど市民センター側の出口へ向かって進んだ道端にあります。碑を囲うように茂っていた木々が刈り払われていました(感謝)。
仙台市 以上、古街道の歴史に触れながら約9km(歩数12900歩)ほどの楽しい健脚ウォーキングも、これにて終了!
以上、古街道の歴史に触れながら約9km(歩数12900歩)ほどの楽しい健脚ウォーキングも、これにて終了!

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