【香港】玉桂山から海の回廊経由で離れ小島へ

2020.05.10(日) 日帰り

諸事情により香港での仕事に終止符を打ち、 急遽帰国することになり、最後の香港山歩き 気温32度、湿度80%とすでに真夏の香港、 午前中で下山できる低山で面白い山を探したところ 友人から香港島の面白い山を紹介された。 海抜200mに満たない山だが、頂上から反対側に下りると、 満潮時には水没する海の回廊経由で離れ小島まで往復できる。 往復3時間少しの行程だったが、登り下りは急傾斜のザレ場、 海の回廊の波打ち際は風の通り道となって楽しい山行となった。

鴨脷洲という香港島西部の島の突端にある玉桂山。綺麗な山容。

鴨脷洲という香港島西部の島の突端にある玉桂山。綺麗な山容。

鴨脷洲という香港島西部の島の突端にある玉桂山。綺麗な山容。

高度をあげる海が見えてくる。

高度をあげる海が見えてくる。

高度をあげる海が見えてくる。

団地の裏山と侮るなかれ。

団地の裏山と侮るなかれ。

団地の裏山と侮るなかれ。

玉桂山。

玉桂山。

玉桂山。

遠く、南丫島を望む。

遠く、南丫島を望む。

遠く、南丫島を望む。

The海。

The海。

The海。

平たんな山頂を歩く。

平たんな山頂を歩く。

平たんな山頂を歩く。

戦跡と思われる石碑。
1941年12月24日、日本軍の香港侵攻作戦の際に、イギリス統治下で香港の守備にあたっていた中国軍が退却したとの説明が。香港、日本軍による占領統治が日本の敗戦まで続いた。

戦跡と思われる石碑。 1941年12月24日、日本軍の香港侵攻作戦の際に、イギリス統治下で香港の守備にあたっていた中国軍が退却したとの説明が。香港、日本軍による占領統治が日本の敗戦まで続いた。

戦跡と思われる石碑。 1941年12月24日、日本軍の香港侵攻作戦の際に、イギリス統治下で香港の守備にあたっていた中国軍が退却したとの説明が。香港、日本軍による占領統治が日本の敗戦まで続いた。

山頂の裏側に離れ小島。
海の回廊が見える。

山頂の裏側に離れ小島。 海の回廊が見える。

山頂の裏側に離れ小島。 海の回廊が見える。

ここから急な下り。

ここから急な下り。

ここから急な下り。

干潮時刻を過ぎており、下手をすると戻れなくリスクがあるが迷わず渡る。

干潮時刻を過ぎており、下手をすると戻れなくリスクがあるが迷わず渡る。

干潮時刻を過ぎており、下手をすると戻れなくリスクがあるが迷わず渡る。

離れ小島の裏側にある灯台を目指す。

離れ小島の裏側にある灯台を目指す。

離れ小島の裏側にある灯台を目指す。

灯台が見えた!

灯台が見えた!

灯台が見えた!

綺麗な灯台。

綺麗な灯台。

綺麗な灯台。

急ぎ戻る。

急ぎ戻る。

急ぎ戻る。

幸い、まだ水没していない。

幸い、まだ水没していない。

幸い、まだ水没していない。

ゴミが多いのは致し方なし。

ゴミが多いのは致し方なし。

ゴミが多いのは致し方なし。

また急登を登り返す。

また急登を登り返す。

また急登を登り返す。

鴨脷洲という香港島西部の島の突端にある玉桂山。綺麗な山容。

高度をあげる海が見えてくる。

団地の裏山と侮るなかれ。

玉桂山。

遠く、南丫島を望む。

The海。

平たんな山頂を歩く。

戦跡と思われる石碑。 1941年12月24日、日本軍の香港侵攻作戦の際に、イギリス統治下で香港の守備にあたっていた中国軍が退却したとの説明が。香港、日本軍による占領統治が日本の敗戦まで続いた。

山頂の裏側に離れ小島。 海の回廊が見える。

ここから急な下り。

干潮時刻を過ぎており、下手をすると戻れなくリスクがあるが迷わず渡る。

離れ小島の裏側にある灯台を目指す。

灯台が見えた!

綺麗な灯台。

急ぎ戻る。

幸い、まだ水没していない。

ゴミが多いのは致し方なし。

また急登を登り返す。