南アルプス主要山系縦走

2018.07.22(日) 4 DAYS
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活動データ

タイム

83:12

距離

125.9km

上り

14254m

下り

14476m

チェックポイント

活動詳細

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DAY 1 行動予定:青木鉱泉-鳳凰三山-早川尾根-甲斐駒ケ岳-仙丈小屋  待望の南アルプス縦走の日を迎えたが、一睡もできなかった。0100朝食を摂取。身支度・パッキングを確認して0200ホテルを後にした。駐車場には予約してあったタクシーが待機していてくれた。深夜の配車に礼をいい、タクシーに乗り込む。運ちゃんは今から登山する事を告げると驚いた様子だったが、青木鉱泉まで登山者を乗せていく機会が多い事を教えてくれた。  車は村落を抜け、山間へと向う。辺りは人家のない完全な山中となった。道の状態も悪く、雨で削られたであろう傷跡を何箇所も超えながら高度を上げていく。全く人の気配が感じられない道中を進み、不意に青木鉱泉に到着した。ここだけ駐車してある車も多く、人が分け入っている事が実感できる貴重な場所。タクシーの運ちゃんに礼を述べ、料金を支払っていざ道上の人に。周囲に明かりはなく漆黒の中ヘッドライトを燈し進行方向を確認。登山ポストに登山届けを提出し、南アルプスに一歩を記した。  青木鉱泉出発は0213。予定よりも15分程早いが、ロングルートなのでリードタイムはいくらあっても不足ない。先ずは青木鉱泉から林道へのショートカット路。川を渡る事で林道歩きを短縮できる。が、想像していた通り夜間の渡渉は難易度が高かった。所々にマーキングがしてあるものの、増水の影響などでマーキングとルートにズレが生じている。砂礫に残った足跡も参考に進むが、行き止まりにブチ当たる。都度戻ったり進行方向を確認したりしながら悪戦苦闘していくうち、何とか対岸へ。そんなに時間をロスしたわけではないが、漆黒の闇の中での渡渉の難しさを痛感させられた。  林道に出た後は迷う事無く登山口へ。深夜だけあって人の気配は全くない。ビビリMAXの自分だが、何故かこの日は違っていた。今思えば、前夜一睡もせずアドレナリンがダダ漏れ状態だったのではないだろうか。普段であれば暗闇の恐怖に押しつぶされつつ何度も後を振り返り後悔の念にネガティブ思考にばかり取り付かれていたのだが、今日は全く感じない。HRを155以下に押さえて進もうとしても、脚が身体が勝手に進む。林道から登山口に入る分岐で小屋の位置に惑わされ、しばしルートファインディングした事を除けば、この日の状態は最高と言っても良い物だった。  しかし、そんな良い状態は長続きしない。いや、行動計画が甘すぎたと言うべきか。今回の登山計画は、標準コースタイムの50%で立てていた。根拠としては、幕営装備だった北アルプス縦走の時、日によってばらつきはあるが、標準比46~59%で歩けていた為。今回は小屋泊装備で重量は軽くなっているので、もう一歩短縮できると踏んだ。また、事前の情報収集で数多の登山記録を参照するうち、TJAR選手のブログに「南アルプスのコースタイムは北アルプスに比べて甘い」と記載があり、50%も無理ではないのではないかと考えた。  しっか―――――し!現実はそんなに甘くなかった。甘い訳無いのだよ。所詮人の記録は他人の話。自分の実力と直結する物ではない。順調に高度を稼いで行き、植生も変化しだし東の空は紅く色づいてきた。中道のチェックポイントである御座石が見当たらない。途中で見かけた岩群がそれやったんかな。などと考えながらペースを落とさず登っていくと、御座石に到着。時間は0426。マジか。結構登り攻めてたのに、予定よりも遅れてるんか。。。この現実を突きつけられ、正直狼狽した。それくらい順調なペースで登っていたし、稜線=薬師岳は近いと思っていたのだ。甘い計画と自分の実力不足を1日目の2時間目に直面する事になり、精神的動揺は大きかった。かと言ってこれ以上ペースを上げる事は自殺行為だった。まだ行程の1/6。あと10時間行動し続けなければならないのだから、体力を温存しつつ可及的速やかな行動を維持し続けなければいけない。  標高が2,500mを超え、上方の視界が開けてきた。薬師岳と鳳凰三山を結ぶ稜線に近付く。0506薬師岳着。天候も良く、見晴らしも素晴らしい。長年の願いの一つだった南アルプスの頂に脚を記す事ができた。こっからは念願の鳳凰三山!大好きな稜線歩きに心躍らせ観音岳に向う。早朝だけあって人はさほどおらず、マイペースで進む事ができた。観音岳を過ぎ、地蔵岳へ。行動予定よりも遅れている事から地蔵岳はパスしようとも思ったが、せめて近くまで登ってオベリスクを拝む事に。稜線ルートから外れてオベリスクに向うと、賽の河原には多くの人が。やっぱオベリスクは人気あるな。  オベリスクを拝み、返す刀で早川尾根へ。先程まであんなにいた登山客が全く見当たらない。完全に単独行となってしまった。まぁいつもの事だが。高嶺通過が0645。行動予定よりも15分遅れている。もはや自己努力で挽回できる状態ではない。ここから先、早川尾根のアップダウンで削られる上、ラスボスの甲斐駒が控えている状態。今日の宿泊地は仙丈小屋であり、15時までの到着が厳命されている。残された時間はあと僅か。脚と心肺は何ともないが、日の出と共に暑さによる消耗が顕著となってきた。2,500mを超えて尚、暑さに苦しめられるとは…。暑さによる消耗と共に、消化器機能が低下してきた。食欲が全く無いのだ。思い悩みつつ歩き続け、広河原峠でついにザックダウン。初めて腰をかけ、大休止に入ってしまった。  これ以上、早川尾根をトレースすると仙丈小屋には15時に到着できないと判断。例え早川尾根を歩いて甲斐駒をパスしたとしても同様。よって、ここから南アルプス林道に降り、広河原を目指す事とした。広河原インフォメーションに行けば、バスに乗って北沢峠までワープする事も可能。そうと決まれば話は早い。さっさとザックを担ぎ、峠道をダウンヒル。下りは身体の影響を受ける事も無く、快調に進むことができた。  広河原峠から下り終え、南アルプス林道へ。こっから広河原インフォメーションへ。バスの接続合うといいけどな。歩いていくうち、バスとすれ違った。残念。直近のバスに乗り損ねたか。まあいい。次のバスを待てばいいし、最悪タクシーに乗ってもいいやろ。長い林道を歩き進め、0938広河原インフォメーション着。早速北沢峠行きの便をチェックしてみると1230。1500…。どんだけ待たせるんや。仕方が無いので、タクシーの連なっているところにいくと、タクシーは奈良田方面のみと…。嘘やろ。何でそんなにタイミング悪いん。どうすればいいんや。完全に思考停止に陥ってしまった。とりあえず、コーラを飲んでカップヌードルを食して再検討。次のバスを待つか-仙丈小屋に間に合わん。広河原小屋or北岳肩の小屋に泊まるか-これまでの計画を根底から見直さんとあかんで却下。南アルプス林道を北沢峠まで歩いて仙丈小屋に行くか―3:30の林道歩きに4:20の登山道。コースタイム2/3で行ったとしても5時間超か。過酷やけどコレで行くしかないやろ。  意を決し、広河原インフォメーションを後にする。初日から大幅な計画変更となった。林道歩きは登山道と違い日を遮る物が無い。更に暑さが身に沁みる。それでも、傾斜が少ない事からコースタイムよりも速く進むことができた。しかし、好事魔多し。暑さにウンザリしていた所に格好の沢水が!しかも導水管を伝って道端で補給できる!!早速喉を潤し、帽子やウエアにもかけてクーリング。やっぱ山の水は冷たくて快適!瞬時に生気を取り戻し、北沢峠に向う。ところが、足裏に違和感が。脚を濡らした事によりマメができかけていた。ここに来てこんなトラブルが。自らの不注意とは言え、とことんツイていない。靴下を脱いで足裏にケアを施し、騙し騙し進むと何とか足裏の痛みは軽減。マメ悪化による登山続行不可能という最悪の事態は何とか避けることができた。  林道を進み、ようやく北沢峠手前の長衛小屋分岐に。ここから仙丈小屋へは尾根一本。水分補給とウエアのクーリングを行い、再び登山道へ。朝方のアドレナリン爆発的なペースで登る事はできないが、身体に無理をかけない範囲でのハイペースを心がける。時間も遅くなってきた為、登山者も少ない。次第に高度を上げ、背後には雲を纏った甲斐駒ケ岳。格好良い。登り行きたいな。また機会を作って行ってみよう。時間が遅くなるにつれ、周囲は次第に霧に包まれていった。高山であれば特徴的な状況。お陰で暑さによるダメージも避ける事ができ、無理なく登り続けることができた。1421仙丈小屋到着。時間に間に合ってよかった。  受付に行き、手続きを済ませる。今年は猛暑で雪解けが異常に早く、水の確保が難しいとの事。3,000m近い所でも、そんなに暑さの影響が酷いんか。案内された寝床は2階。仕切りの全くない広間の雑魚寝状態。各個人には枕・寝袋・毛布が用意されており、この日は敷布団1枚につき1.5人で利用するよう伝えられた。日曜日なのにそこそこの人出である。自分は寝入り端の歯軋りと寝言があるそうなので、山小屋宿泊ではそれが一番心配。また、明日も早朝から行動を開始するので、周囲の人にはその旨伝えて了承を得た。  寝床で後始末とストレッチを終え一休み。日が陰ってきた頃、夕食となった。食堂には多くの人が詰めかけ、仙丈ケ岳の人気振りが窺えた。小屋の主人はまだ若い男性。南アルプス北部を熟知しており、小屋のサービスを高めていくことに熱心な様子。この山域の気象特徴やルートの注意点などについても教えてもらえた。暑さのダメージから回復していない自分は時間をかけて何とか食事を完食。1日目からこんな状態では先が思いやられる。ファモチジンを飲んで回復を祈りつつ就寝した。 DAY 2 行動予定:仙丈小屋-仙丈ケ岳-三峰岳-間ノ岳-北岳-農鳥岳-熊の平小屋-塩見岳-塩見小屋  2日目の起床は0200。前日一睡もしていなかったので速攻寝れると思っていたが、なかなか寝付けずに21時頃に就寝。その後も何度か寝たり起きたりを繰り返し2時に行動を開始した。前夜、寝る前に荷物を足元の靴置き場にまとめておいて置いたので準備はスムーズに進んだ。着替えを進めるうち、簡易酸素を吸う音が。そう言えば昨日到着した時から苦悶の表情をした御婦人が簡易酸素を吸っていた。高度障害で頭が痛いのだろうか。自分も高度障害に弱い為、心中察する。身支度を手早く整え、0239仙丈小屋発。空は曇勝ちながら時折星々が眺められる気象状況。雨の心配はなさそうだ。  今日の行程は昨日同様、過酷なものとなりそうなので、涼しいうちにできるだけ進めておきたい。とは言えここは3,000mを超えた世界。低酸素環境で寝起きでは思ったように身体が動かない。身体に無理をかけぬ様、体調と相談しながら一歩一歩進んでいった。暗闇の中、程無くして仙丈ケ岳山頂。南アルプスの3,000m峰にようやく到達した。さあこっからが本番。長々と延びた仙塩尾根を南下し、間ノ岳-北岳-農鳥岳を落とさなければならない。大仙丈ケ岳を越え、先を急いだ。  名にしおう仙塩尾根を黙々と進む。事前情報では、道が荒れていてルートが分かりにくい箇所があるような情報も目にしたが、登山道としては必要十分な整備がなされており、特に迷う場所はなかった。この日も順調にペースを作り、白峰三山への分岐点である三峰岳を目指す。途中で伊那荒倉岳もあるが、地図では小ピークが連続するなかに紛れているとの記載。チェックポイントとしてはさほど重要ではない様子。ペースよく進み、言われたような連続小ピークをこなす。ここが伊那荒倉岳か。表示もないんやな。タイム的には悪くないし、この勢いで次のチェックポイントの野呂川越まで行ったろ。と意気込む。仙塩尾根は樹林帯を進んでいく為、なかなか眺望が効かない。左手に北岳が広がっているが、いまいち位置関係がつかめない。バカ尾根とは言われているけど本当に長いなぁと思っていると、ようやく目の前にピークが現れた。ん?ピーク?次のチェックポイントは鞍部やぞと混乱していると、標識には「伊那荒倉岳」の文字が。む、無慈悲。嘘やろ。結構いいペースで進んでたぞ。昨日よりも早いくらいやったのに。。。2日連続で厳しい現実にブチ当たり、今回の登山に対する考え方が粉々に粉砕された。あまりのショックに絶望のどん底に突き落とされた。この計画で進んでったら、今日は塩見小屋着けん。塩見小屋も到着期限は16時や。根本から見直さんと無事ゴールできん。  伊那荒倉岳を過ぎ、歩きながら今後の行程を練り直す。白峰三山はパスせんと塩見小屋には行けんかな。でも、南アルプス縦走でこの3つを外すのは…。妥協策として、間ノ岳のみピストンでピークを踏む事にした。北岳と農鳥岳をスルーするのは心苦しかった。特に楽しみにしていた農鳥小屋に接近することができないのは痛かったが、如何せん自分の実力と登山計画を摺り合わせると、現実的な選択肢としてこの方法しか残されていなかった。気を落としながら野呂川越通過。次は三峰岳。三峰岳はさほど有名ではないが、標高は2,999mある南アルプスの燻し銀。傍に北岳・間ノ岳・農鳥岳と目に付く三山が聳えているため目立たないが、地味に剣岳と同じ標高である。樹林帯から灌木帯へと植生を変え、森林限界を超えてガレ主体の稜線となった。ようやく白峰三山が見渡せる。南アルプスは緯度が低い為、北アルプスよりも森林限界が高い。よって稜線を歩いていても、展望が開けているところは限られてしまう。折角の高山なのに景色が見渡せないのは勿体無いことだ。  8時前に三峰岳着。長丁場だけあって消耗著しい。昨日同様、筋力・心肺機能は余力があるのだが、疲労の蓄積が半端ない。コンディション調整に失敗したか、トレーニング不足か。それとも今夏の暑さによるものか。しかし、計画より遅れているとは言え、身体は問題なく動き続けている。脚が前に出るうちはまだ大丈夫。ロングコースであれば調子の波があるのは当たり前。今辛くても、3時間後には回復しているかも知れない。気を取り直して間ノ岳に向う。ガレの目立つ岩稜帯。私の最も好みとする地形。ここから200m弱高度を上げ、間ノ岳に立つ。南アルプス北部の峰々が周囲に聳える。普段は遠くにしか見えない富士山も、これまでにないほど身近に見える。傍には白峰三山を南北に結ぶ稜線。美しい。農鳥親爺に遭えないのは心残りだが、神さまの思し召しだろう。  北岳と農鳥岳をパスした事により、予定上4時間弱の余裕ができた。とは言え三峰岳から塩見小屋までは、コースタイムで6時間半余り。2/3ペースで4時間程度か。途中休憩を入れると5時間見ておきたい。何せ全く見聞のない地域だけあって、ルートの難易度が皆目見当が付かない。ここからも塩見岳目指して樹林帯主体の細かなアップダウンが続く。見通しの利かない稜線を歩き続け、0954熊ノ平小屋到着。体力を消耗しつつも、何とかここまで辿り着いた。ひとまずザックダウンし、昼食をとることにした。熊ノ平小屋は、仙塩尾根を辿るにあたって重要な補給地点。水源も近くにあり、酷暑の登山には欠かす事のできない唯一のオアシスといっても過言ではない。小屋に入り、さっそくコーラとラーメン、牛丼を注文。相変わらず食欲はないが、今後の行程を考えると、この位の良は摂取しておかないと身が持たない。  時間をかけて食事を摂り、熊ノ平小屋のスタッフに礼を述べ後にする。訪れる登山者はさほど多くないようだが、心身ともに疲れた登山者を温かく迎えてくれる貴重な山小屋だった。さぁ、ここからは細かなアップダウンを乗越えて、いよいよ塩見岳。天候は曇っているものの雨が降りそうな気配はない。ありがたい話だ。こんだけエスケープルートや休憩地点が限られている山域で、急な雷雨にでも見舞われたら目も当てられない。雨が降らないだけでも儲けもんだ。また、体力の消耗以外は体調万全であり、昨日懸念された足裏のマメはファーストケアが奏功したか全く問題なかったし、普段であれば疲労が蓄積すると出現する腸頸靭帯炎の徴候も認められなかった。脚が攣る事がなかったのも、事前のトレーニングの方向性が誤っていなかったことを示唆していた。  この頃になると、昨日やこの日の午前中に感じていた計画と現実のギャップや、自分の実力の無さを悲観する考えは、さほど重要な事とは考えないようになっていた。目の前の目標(チェックポイント)に向って只々愚直に歩み続ける。所要時間に一喜一憂しない。今回の目的は南アルプスを縦走していく事であり、レースで順位を競っているわけではない。只の登山なのだから、自分の意志で自分にあった計画に修正するのは当然のこと。登山を楽しみに来ているのに、必要以上の苦しみを己に課すのは全く以って無意味。思考を整理する事で、気負っていたものがスッとなくなった気がした。  12時半を過ぎ、塩見岳が近付いてきた。その雄大な山容は雲の中だが、いつまで歩いても続く傾斜が塩見岳の存在を嫌が応にも実感させた。ガレ場・ゴーロ帯をすすみ、北俣岳との分岐に到達した。あと高度差100m余り。今回のペース配分として、100m登るのに15分強要していたので、あと一息といったところ。足取りは重いが、ダブルポールを効果的に用いてリズムを維持しつつ、1419塩見岳東峰に到着。景色は見渡せないが、この日のラスボスに登頂した充実感で胸いっぱいになった。昨日・今日と予定通りに行程が進まず絶望に打ちひしがれた時もあったが、現実的なプランに修正する事で、南アルプス縦走という主目的達成に向けた進捗は順調といえるものとなった。  山頂で撮影をしたあと、塩見小屋へ下る。到着時間までには間に合う様子なので、慌てず騒がず。ゴーロ帯から灌木帯に植生が変わり、15時過ぎに塩見小屋到着。事前情報では頑固親爺が取り仕切っているとの事だったが、ご婦人に対応いただき、悪い印象は受けなかった。比較的新しい小屋内はさほど大きくなく、大きく分けると受付&食堂スペースと客室スペースに分けられていた。食堂スペースは15人前後が一堂に会することができる広さとなっており、そこから土間を通って客室スペースに行き来する。客室スペースは2段となっており、30名程度収容できる大きさだった。受付を終え、客室へと案内される。私は上のスペースに案内された。荷物置き場に荷物を仕舞い、上段にのぼってみると、暑い。小屋の中でもまさかの暑さ。こもる熱気。就寝道具として銀マットと枕、シュラフが置いてあったが、シュラフは使えないくらいの暑さ。仕方が無いので下段にある窓を開けて換気するが、上段の熱気は全く抜けない。壁際にいた方が換気窓と思われる箇所を空けてみたが、飾り窓らしく外に空ける事はできなかった。まぁ、寒さで休めんよりはましか…と考え直すことにした。  山小屋に泊まると、普段テント泊では出合えない登山者達と数多く交流することができる。昨晩泊まった仙丈小屋でも、多く語らう事はなかったが、両隣のパーティーの方々とはしばらく情報交換をしつつ談笑した。ここ塩見小屋は仙丈小屋よりも山深い位置にあるからか、キャラ立ちの濃い面々に出会えた。先ず最初に目に付いたのは南中北アルプス一筆書きオヤジ。夕食前の食堂でコーラを飲みつつ明日以降の行程を確認していたとき、先客として2名のオヤジさんが話し込んでいた。聞くまでもなく耳に入ってくる話をまとめると、「今年の夏に入ってから一人で日本アルプスの一筆書き登山をしている」「田中某がやっている企画物とは中身が違う。別に彼の企画は意識していない。あんなのは登山とは言わない」等々。語り口様から、俺SGEEEE!雰囲気がプンプン漂う。傍で聞いているオヤジさんは「凄い事をやっていますね」「私もやってみたいけど、実力的に無理だわ」など、純粋に感心して聞き入っている。聞き手さんが「その登山内容を記録して、本でも書いたらいいんじゃないですか」と薦めると、俺SGオヤジは「まあ、日記は書いているから出せん事はないけどね」とうそぶっていた。だんだん声高になってきたので、外に出て足のケアをすることに。しばらくすると先程の俺オヤジが外に!勘弁してくれよと思っていると、外で休んでいる外国人単独行女性と話し始め、先程と同じ流れに。仕舞いには詳細に話す為にA4何枚にも綴られた計画書なる書類の束を持ち出し熱弁。ここでも傍にいた他パーティーの面々からテレビ出演・出版の話を薦められ、「いやー、俺にはそんな才能無いから無理だよ!」と満面の笑み。  小屋に戻り、明日の準備を進めつつ荷物を整理する。夕食1回目が始まった頃、大きなザックを背負った青年が到着した。客室に案内され、荷物を置いて一息ついている。周囲の登山者が声を掛けると、鳥倉登山口から携帯の電波を確認しながら登ってきたと。荷物の多さや行程のキツさに驚く登山者に「20kgまでなら常識の範囲内ですから」「17時までに小屋に着けば常識の範囲内ですから」とこれまた個性的な語り口様。その後、夕食2周り目となり、指定された登山者達がゾロゾロと食堂に向う。私も含め10名ほど集まり、夕食開始となった。同じテーブルには俺オヤジと常識範囲内青年。濃いな。同席していた別の方が常識青年に問いかけると、先程のように携帯電波確認業務の説明。各キャリアや機種によって電波の受信具合が違うので、かなり細かくチェックしないといけないとの事。なかなか大変な仕事だ。他の方が色々質問していくと、この青年は北アルプスの山小屋で働いていたことがあり、NHKの山岳番組のカメラマンなども勤めていたと。おぉ!変わった経歴の持ち主だ。色々と興味深い話が続く中、俺オヤジは寂しげに一人飯を喰らうのみ。このオヤジは自分の話を話したいばかりで、他の人の話には興味がない様子。青年の話がひと段落し、誰かが俺オヤジに話しかけると、待ってました!とばかりに日本アルプス一筆書きリサイタル。変わり身の早さになかなか笑えた。  胃腸の調子が思わしくないため、時間をかけて食事を済ませ、客室に戻る。やっぱ暑い。。。仕方が無いので、少しでも涼しく感じる通路側に頭を向けて横になり、地図を眺める。明日は百間洞山の家まで。当初の予定でもそれほどシビアではない。荒川三山-千枚岳まで行けば厳しいが、前岳のみ押さえて通過すれば現実的な行程となるだろう。と考えていると、隣から声をかけられた。聞いてみると登山は3年目らしく、1年目に五竜~鹿島槍~爺ヶ岳を縦走し、2年目には室堂~上高地を縦走したと。何たる猛者!!。仕事柄休みがあまり取れず、固まった休みで一気に登ると話されていたが、それにしても成長度合いが半端ない。お互い初南アルプスだった事もあり、私は南アルプス北部の情報を。彼からは南アルプス南部の情報を交換し、有意義な登山談義に花咲いた。    DAY 3 行動予定:塩見小屋-三伏峠-荒川三山-千枚岳-荒川三山-赤石岳-百間洞山の家   行程に余裕を持たせる為、予定していた荒川三山から千枚岳をピストンするルートはキャンセル。荒川前岳のみ踏む事にする。昨晩は暑いながらも何とか睡眠をとることができ、前日よりも睡眠時間を長く取る事ができた。寝入り端、雨が屋根を打ちつける音が続いたが、目覚めた時には雨は止んでいた。手早く身支度を整え、客室を抜けて土間へ。ここで朝食を摂る。同じく早立ちする方が食堂に入ると、噂に聞えた頑固親父が「4時には食堂から出て行ってくれよ」と注意したと。噂に違わぬ頑固っぷりに笑みがこぼれる。まぁ、親爺の言う事にも理はあり、2人で切り盛りする山小屋なので、食事時間は正に戦場と化すだろう。少しでもスムーズに事を運ばせる為には、ちょっとした阻害因子も取り除いておきたい心情は理解できる。  土間で持参の朝食を済ませ、小屋を後にする。なかなか楽しい山小屋だった。北ア縦走時の栂海山荘や穂高岳山荘並に面白かった。たまには幕営だけではなく山小屋泊もいいもんだ。思い出を噛み締めつつ灌木の山稜を三伏峠へ向う。ここからは基本下り一辺倒。朝から心拍を上げずにすむのはありがたい。とは言え、脚にかかる負担は下りのほうが大きいので、無駄な故障に繋がらないように注意しながら進む。次第に稜線はアーチを描き、塩見岳を左手に見るようになったころ、周囲が明るくなってきた。高度はだいぶ下がったので、植生は樹林帯だ。本谷山を過ぎる頃には日の出を向かえ、この日も天候が安定する事を示唆していた。そして5時半ごろ三伏峠着。TJARでチェックポイントになっている箇所であり、見覚えのある景色に感激を覚えた。ここで休息する事も考えたが、まだ時間が早い事もあり先に進む事に。お花畑を抜け、左右に防獣ネットが張り巡らされている箇所を進むと、烏帽子岳~前小河内岳の稜線は片側がスッパリ斬れ落ちた断崖絶壁。まるで船窪岳~七倉岳間の稜線の様だった。  ちょっとしたスリルを楽しんだ後、小河内岳避難小屋へ。さほど腹は減っていなかったので、コーラのみ購入。山小屋には主人一人だけで、ストーブを焚いて暖をとっていた。2800mの室内にいたら、そりゃ寒いよな。更に南へ進み、9時前に高山裏避難小屋へ。下り基調が続き、樹林帯の展望が利かない無風の酷暑地帯を抜けた後だったため、流石にザックダウンして大休止。ここでもコーラ購入。小屋の主人と登山者のご夫人と話すうち、明日以降の天気が下り坂だと。明日は何とかもつものの、明後日は雷雨予報だと教えてくれた。困った。光岳まで行くとすると、2日は必要だ。どうしようか…と悩んでいると、主人が光岳以降の下山路を変更したらよいと指摘した。今年の夏山シーズンに向けて、池口岳登山口(飯田側)へと下れるように登山道が整備されているらしい。そこから福井に帰る交通手段は無いのだが、それは畑薙ダムに下山しても同じ事。これは教えてもらったルートが良いのかな…下山後の交通手段が確定していない為、悩みがまた増えた。  コーラを飲みきり、小屋を後にする。水分補給をした後だというのに、暑さによる体力の消耗が著しい。直射日光は遮られているものの、全般的に気温が高いため体温が下がらない。樹林帯なので風も吹かんし。途中、沢にありつき衣服・帽子をヒタヒタに冷水に漬け、オーバーヒートを防止できたのは助かった。初日のような足を濡らしてマメをつくるようなヘマは今回起さんかったし。暑さに打ち付けられつつも再び高度を上げ、荒川前岳に到着した。丁度腹も減ったため、ちょっと足を伸ばして中岳避難小屋へ行く事にした。到着してみると、客は自分ひとり。人のいい主人と話しながらカップヌードルを食す。主人は、この小屋で起こった様々な話を紹介してくれ、動物が小屋の中まで入り込んでパニックになった話や、ストックを付いた登山者が管理人部屋まで土足で入り込んできた話を聞かせてくれた。さほど大きくない山小屋だったが、何年も従事していると変わった出来事に見舞われるもんだ。食事を終え、先に進む事を伝えると、「荒川小屋でビールの誘惑に負けるなよ!」と笑顔で送り出してくれた。  外に出ると、状況:ガス。まぁ、3000m峰の午後なのだから仕方ない。眼下に望む荒川小屋に向けてダイブ。一定のペースで進むことができ、12時過ぎ荒川小屋着。ビールに誘惑に負ける事無くペットボトルのお茶を購入。この頃になると、暑さによる体力消耗で胃腸不全が芳しくなく、コーラすら飲めない体たらくに。ちびちび茶を飲みながら荒川小屋を後にする。こっからは赤石岳に向けて再び登り基調に。この日も脚筋力・心肺機能は問題なく、胃腸不全のみが不安要素だった。そんな中でも負の感情に支配される事無く「クライマーズ・ハイ」とも言うべき状態が続き、長く続く激斜を登っていくうちに「俺を絶望させてみろ」という気概になり、どんな長丁場であっても全く気負う事無く登り続けることができた。  13時半過ぎ赤石岳登頂。ガスは更に濃くなり、周りは全く見わたせない状況に。傍を通過しているはずの赤石岳避難小屋も見当たらずスルーした。ここからは広い稜線を百間洞山の家へ進む。時折雲が切れ、アルプスらしい景色を楽しむことができる。しかし、登山者の少ないこと。夏山本番なのに、行き交う登山者は片手で数えるほどだった。樹林帯に入り、稜線が狭くなってきた頃、目的地の百間洞山の家に到着。待ちに待ったヒレカツ小屋。この夕食を食べるために行程を調整したといっても過言ではない。手早く受付を済ませ、ジュースとフルーツゼリーを購入。荷物を寝床に置き、外でデザートタイム。ベンチにいた他の登山者とお喋りしながら至福の一時を過ごした。日が傾き、少しずつ寒くなってきた頃、小屋に戻る。今日の寝床はロフトの上。3人スペースの真ん中。先着していた登山者は既に午睡しており、自分も荷物を整理して身体を横たえ、夕食を待った。  百間洞山の家の夕食は本気だ。揚げ立てのカツを食べてもらう為に、1回につき8名しかテーブルに付く事が出来ず、25分で食べ終えるよう伝えられる。よって、複数回にわたって人を入れ換えて食事を摂る事になる。いよいよ自分の順になったので食堂へ赴く。噂どおりの大きなヒレカツ。時間をかけて大いに咀嚼し味わった。一つ残念だったのは、入れ換え時間が厳密に決められているため、食事できる時間が限られている事。ゆっくり食べていた私は、小皿で出されたお蕎麦を食べる事ができなかった。それでも、大いに満足して部屋に戻り明日に向けて英気を養った。  DAY 4  行動予定:百間洞山の家-聖岳-上河内岳-茶臼岳-易老岳-光岳-易老岳-茶臼岳-茶臼小屋  さて、4日目だが、上記予定は大きく変更した。高山裏避難小屋の主人が教えてくれた通り、この日の午後から天候が崩れることが予報されていたからだ。予定では、この日上記ルートを辿り、次の日に畑薙ダムに下山するプランだったが、聖岳-上河内岳を登ったら、そのまま茶臼小屋から畑薙ダムに下山する大幅短縮ルートに変えた。よって、起床時間も3時半と遅くし、人生で始めて山小屋の朝食を食べた。それでも、朝食前に済ませる準備は全て終わらせ、完食後即出発とした。  ここに来て最大の不安は下山後の交通機関。聖平小屋もしくは茶臼小屋で明日のしずてつジャストライン(畑薙ダムからJR静岡駅までの直通バス。唯一の直通交通機関)を予約して下山後ふもとにある白樺荘で宿泊して明日帰るか、井川町コミュニティバスに乗車して、乗り継ぎを繰り返しながら明日中にJR静岡駅に行くか。いずれにせよ、時間の接続が非常に悪く、しずてつジャストライン/井川町コミュニティバスのどちらを選んでも出発は明日の昼前後になる。何とかスムーズに変える手段は無いものか。  今までよりも出発時間が遅かったため、明るい状況での行動開始となった。中盛丸山に繋がる稜線へは急登が続き、朝イチからダメージが蓄積される。それでも、いつも通りの一定ペースで淡々と進む事を心がける。順調に高度を上げ、灌木とゴーロ帯の稜線へ。こっからは中盛丸山-兎岳-聖岳と見晴らしのいい稜線歩きが続く。とは言え、2,700m~3,000mの細かなアップダウンを繰り返す非常に厳しい縦走路。これぞ縦走登山の醍醐味。昇り降りを繰り返して遥か彼方に続く峰々を踏破していく。昨日抱いた「俺を絶望させてみろ」マインドが己を奮い立たせる。  朝日を浴びながら中盛丸山到達。向こうに見える小兎岳~兎岳が、思いの他エグい。こんなに際立つ峰やったとは。気を取り直して歩を進める。兎岳を越え、コンクリ打ちっ放しの避難小屋を眺めてコルに降り、400m余りの高度差を一気に詰めて聖岳へ。この旅最後の3,000m峰。北方には、これまで歩いてきた山々が見渡せ、南方にはこれから向う上河内岳~光岳。これまでの険しい稜線とは違い、アップダウンの少ないたおやかな稜線に見えた。ここからは聖平小屋までの一気下り。3,000mから2,200m近くまで急激に高度を下げる。その傾斜たるや筆舌に尽くしがたい。聖平小屋を出発して登ってきたであろう登山者の表情たるや、死屍累々のポートモレスビー街道を思わせる地獄の沙汰。このゴーロ帯の急な登りが延々と続く登山路は、私が長年苦手としてきた飛騨沢の登り及び、一昨年初めて歩いた岳沢小屋~前穂高岳の重太郎新道と双璧をなす日本3大急登と称したい苛烈さであった。  落石に注意しながらゴーロ帯を下る。聖岳を過ぎてからは登山者とすれ違うことが多くなった。途中、聖平小屋でお茶を購入して一服。長居せずサッサと切り上げ上河内岳に向う。手前にある南岳まで来ると、ここからはアップダウンの少ない非常に歩きやすい稜線。更には茶臼岳まで見通す事ができ、稜線マニア垂涎の縦走路。非常にペースよく進むことができ、気付いたら予定時刻よりも早く茶臼小屋分岐に到達していた。もしかしたら、今日の「しずてつジャストライン」に間に合うかも知れんと思い、スマホを取り出し予約サイトへ。残念ながら当日予約はシステム上できない様だった。そこら辺、融通利かせてくれてもいいのに。  失意のもと、茶臼小屋へ。別に休み必要もないのだが、コーラを購入してグビリと一本。こっから急げばコミュニティバスとか間に合うかもな。と思い直し、ザックを担ぎ再び登山路へ。ここからは畑薙ダムまで基本下り一辺倒のシングルトラック。多少無理したとしても、ほぼ今日~明日中に下山する事は可能。アクシデントがあっても問題なくビバークできる。意を決して最後のダウンヒルに飛び込んだ。延々と続く急斜面。特に横窪沢小屋手前の斜面は、斜度が急すぎて土が崩れ道が分かりにくくなっている始末。登ってきている登山者は、まるで朝方遭遇した聖岳登頂を目指す登山者と同じ表情をしていた。テンポ良く横窪沢小屋~ウソッコ沢小屋を過ぎ、沢沿いの比較的傾斜がゆるやかな地形へと変化してきた。連続する吊橋をこなし、最後のチェックポイントのヤレヤレ峠へ。このセクションが長い!。この登り終わったら峠かな?を2~3回繰り返してようやく到着した。全くやれやれだぜ。  山場を終えたと思ったのも束の間。畑薙大吊橋にいたるトラバース道も曲者。結構な急斜面を横切るこの道は、さして踏み込まれた様子が見当たらず、獣道並の貧弱な通り道。片斜に負けて土流されてる箇所もあるし。。。茶臼小屋以降は南アルプス南部の厳しさをイヤと言うほど味わされた。トラバース路を終え、尾根を下って念願の畑薙大吊橋へ。登山セクションのゴール地点だ。総延長181m、最大橋高30mを誇るこの吊橋は、登山を開始する者には初っ端の出先を挫き、下山してきた者には最後の試練を与える恐怖の象徴。前後に人がいない事を確認し、ビデオ撮影しながら渡ってみたが、途中から揺れが制御できなくなり、真直ぐ進むことが困難になる有様だった。  登山とは違ったスリルを味わい、無事大吊橋を渡って登山セクション終了。ここからは3km弱の林道歩きを経てどう下山するか…。事ここに至って未だノープラン。スマホで交通手段を確認したかったが不通。とりあえず白樺荘まで歩こう。風呂入って交通手段調べて、泊まって明日帰ろう。意を決し林道を進む。すると後方から車の音が。振り返り、何の気なしに手を挙げてみる。すると、目の前で停車してくれた。ドライバーに駄目元で「静岡まで送ってもらえませんか?」と伝えると、「途中までならいいよ」と!。神いわゆるゴッド!!  今回、乗車させてくださった相模ナンバーのアクアに乗った男性はマラソンランナーでもあり、道中トレーニング方法やシューズの特性なども教えてくださるナイスミドルだった。最初は途中までと言う約束だったが、男性が道順を誤ったため、結果的にJR静岡駅まで送っていただける事に!!!全く以ってありがたい話であり、感謝してもしきれないほどのご厚意を頂いた。こうしてこの夏最大の目標であった南アルプス縦走登山を無事終えることができた。 謝辞:畑薙ダムからJR静岡駅まで乗車させてくださった男性に改めて御礼を申し上げます。誠にありがとうございました。

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てんきとくらす