富士川町廃キング1/2(忍澤、平清水編)

2020.04.12(日) 日帰り
Bushmaster
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富士川町の廃村地帯を巡ってきました。甲斐武田氏ゆかりの秋山氏が治めた地で、廃集落にあった墓石は皆秋山姓でした。最初に向かった忍澤集落跡は、もはや、地図上に道の記載も無く、捜索に時間がかかるかと思っていましたが、意外とあっさり見つかりました。続く平清水は、車が走れる道沿いにあり、アプローチは容易です。集落間は、点線表記の道をできるだけ歩きましたが、通る人もほとんど居ない山道は、トレースも薄く、かなりルート捜索に苦労しました。 忍澤、平清水編と上七尾、下七尾、日影林編の2回に分けてレポートします

背後の山中に「忍澤(ニンザワ)」集落跡があるはず。探すのが大変そうなので、最初にしました。

背後の山中に「忍澤(ニンザワ)」集落跡があるはず。探すのが大変そうなので、最初にしました。

背後の山中に「忍澤(ニンザワ)」集落跡があるはず。探すのが大変そうなので、最初にしました。

巨大砂防ダム

巨大砂防ダム

巨大砂防ダム

地理院地図には、山中に家屋の表記がありますが、道は記載されていません。どこかにルートはあるはず。ここが怪しい。

地理院地図には、山中に家屋の表記がありますが、道は記載されていません。どこかにルートはあるはず。ここが怪しい。

地理院地図には、山中に家屋の表記がありますが、道は記載されていません。どこかにルートはあるはず。ここが怪しい。

道らしいものはある。

道らしいものはある。

道らしいものはある。

何?コンクリート工作物。

何?コンクリート工作物。

何?コンクリート工作物。

滑車がついてます。対岸と結ぶ索道か?砂防ダムの工事用索道かもしれません。

滑車がついてます。対岸と結ぶ索道か?砂防ダムの工事用索道かもしれません。

滑車がついてます。対岸と結ぶ索道か?砂防ダムの工事用索道かもしれません。

道は全く判りませんが、見通しがよいので適当に登ります。

道は全く判りませんが、見通しがよいので適当に登ります。

道は全く判りませんが、見通しがよいので適当に登ります。

ラッキーなことに、墓地に命中。秋山姓。

ラッキーなことに、墓地に命中。秋山姓。

ラッキーなことに、墓地に命中。秋山姓。

屋敷か畑の跡も見えます。

屋敷か畑の跡も見えます。

屋敷か畑の跡も見えます。

石積みの向こうに見えるのは屋根か?

石積みの向こうに見えるのは屋根か?

石積みの向こうに見えるのは屋根か?

キター\(゚∀゚)/忍澤(ニンザワ)集落跡

キター\(゚∀゚)/忍澤(ニンザワ)集落跡

キター\(゚∀゚)/忍澤(ニンザワ)集落跡

今にも潰れそうに見えます。

今にも潰れそうに見えます。

今にも潰れそうに見えます。

軒先が垂れてるだけで、意外としっかりしてそう。

軒先が垂れてるだけで、意外としっかりしてそう。

軒先が垂れてるだけで、意外としっかりしてそう。

中は荒れてます。柱折れそう。

中は荒れてます。柱折れそう。

中は荒れてます。柱折れそう。

遺物もほぼ無し。

遺物もほぼ無し。

遺物もほぼ無し。

炬燵か?

炬燵か?

炬燵か?

流しはありますが、竈とか、ガス台の類がありませんね。

流しはありますが、竈とか、ガス台の類がありませんね。

流しはありますが、竈とか、ガス台の類がありませんね。

ラジオかな

ラジオかな

ラジオかな

!!プロゴルファー猿が少年サンデーに連載されていたのは1975年~1978年。その頃までは在住だったのでしょうか。てかサンデー読むような
子が居たのか?

!!プロゴルファー猿が少年サンデーに連載されていたのは1975年~1978年。その頃までは在住だったのでしょうか。てかサンデー読むような 子が居たのか?

!!プロゴルファー猿が少年サンデーに連載されていたのは1975年~1978年。その頃までは在住だったのでしょうか。てかサンデー読むような 子が居たのか?

倒壊家屋

倒壊家屋

倒壊家屋

木桶のように見えますが、五右衛門風呂かな

木桶のように見えますが、五右衛門風呂かな

木桶のように見えますが、五右衛門風呂かな

木桶だよね。どうやって沸かしていたのか。

木桶だよね。どうやって沸かしていたのか。

木桶だよね。どうやって沸かしていたのか。

右の戸が風呂。左2つはトイレ。

右の戸が風呂。左2つはトイレ。

右の戸が風呂。左2つはトイレ。

あと何年建っていられるかな。

あと何年建っていられるかな。

あと何年建っていられるかな。

なんとなく道があります。

なんとなく道があります。

なんとなく道があります。

炭焼窯の跡か

炭焼窯の跡か

炭焼窯の跡か

いかん。調子に乗って歩いてたら。ルートを見誤って沢に出てしまった。

いかん。調子に乗って歩いてたら。ルートを見誤って沢に出てしまった。

いかん。調子に乗って歩いてたら。ルートを見誤って沢に出てしまった。

右下の方に見える橋に向かって、急斜面をトラバース。

右下の方に見える橋に向かって、急斜面をトラバース。

右下の方に見える橋に向かって、急斜面をトラバース。

忍澤方面はここから登るのが正しかったようです。

忍澤方面はここから登るのが正しかったようです。

忍澤方面はここから登るのが正しかったようです。

新忍沢橋を渡って、平清水集落跡に向かいます。

新忍沢橋を渡って、平清水集落跡に向かいます。

新忍沢橋を渡って、平清水集落跡に向かいます。

車も通れる。

車も通れる。

車も通れる。

平清水集落跡に到着。無人化したのは昭和40年代初め頃らしい。

平清水集落跡に到着。無人化したのは昭和40年代初め頃らしい。

平清水集落跡に到着。無人化したのは昭和40年代初め頃らしい。

倒壊家屋。2010年頃はまだ建っていたそうです。

倒壊家屋。2010年頃はまだ建っていたそうです。

倒壊家屋。2010年頃はまだ建っていたそうです。

屋根しかわからん。

屋根しかわからん。

屋根しかわからん。

墓地

墓地

墓地

戦国時代から人が住んでいたらしいので、墓石の数も尋常ではない。

戦国時代から人が住んでいたらしいので、墓石の数も尋常ではない。

戦国時代から人が住んでいたらしいので、墓石の数も尋常ではない。

一際立派な墓地。秋山姓でした。

一際立派な墓地。秋山姓でした。

一際立派な墓地。秋山姓でした。

墓地から家屋

墓地から家屋

墓地から家屋

地図の点線表記の道を行ってみます。

地図の点線表記の道を行ってみます。

地図の点線表記の道を行ってみます。

水場だろう。

水場だろう。

水場だろう。

比較的道は判りやすい。

比較的道は判りやすい。

比較的道は判りやすい。

と思ったら、ルートを外れてガレ場に出てしまった。ここを登ります。

と思ったら、ルートを外れてガレ場に出てしまった。ここを登ります。

と思ったら、ルートを外れてガレ場に出てしまった。ここを登ります。

ガレ場を上り詰めると。目印あり。

ガレ場を上り詰めると。目印あり。

ガレ場を上り詰めると。目印あり。

林業の境界標の様ですが、道跡に沿って点々とあります。

林業の境界標の様ですが、道跡に沿って点々とあります。

林業の境界標の様ですが、道跡に沿って点々とあります。

小さな祠

小さな祠

小さな祠

祠の下をUターンするように下ります。

祠の下をUターンするように下ります。

祠の下をUターンするように下ります。

あー。こういう植林地は道が判りません。が、下の方に建物か?上七尾、下七尾、日影林編に続く。

あー。こういう植林地は道が判りません。が、下の方に建物か?上七尾、下七尾、日影林編に続く。

あー。こういう植林地は道が判りません。が、下の方に建物か?上七尾、下七尾、日影林編に続く。

背後の山中に「忍澤(ニンザワ)」集落跡があるはず。探すのが大変そうなので、最初にしました。

巨大砂防ダム

地理院地図には、山中に家屋の表記がありますが、道は記載されていません。どこかにルートはあるはず。ここが怪しい。

道らしいものはある。

何?コンクリート工作物。

滑車がついてます。対岸と結ぶ索道か?砂防ダムの工事用索道かもしれません。

道は全く判りませんが、見通しがよいので適当に登ります。

ラッキーなことに、墓地に命中。秋山姓。

屋敷か畑の跡も見えます。

石積みの向こうに見えるのは屋根か?

キター\(゚∀゚)/忍澤(ニンザワ)集落跡

今にも潰れそうに見えます。

軒先が垂れてるだけで、意外としっかりしてそう。

中は荒れてます。柱折れそう。

遺物もほぼ無し。

炬燵か?

流しはありますが、竈とか、ガス台の類がありませんね。

ラジオかな

!!プロゴルファー猿が少年サンデーに連載されていたのは1975年~1978年。その頃までは在住だったのでしょうか。てかサンデー読むような 子が居たのか?

倒壊家屋

木桶のように見えますが、五右衛門風呂かな

木桶だよね。どうやって沸かしていたのか。

右の戸が風呂。左2つはトイレ。

あと何年建っていられるかな。

なんとなく道があります。

炭焼窯の跡か

いかん。調子に乗って歩いてたら。ルートを見誤って沢に出てしまった。

右下の方に見える橋に向かって、急斜面をトラバース。

忍澤方面はここから登るのが正しかったようです。

新忍沢橋を渡って、平清水集落跡に向かいます。

車も通れる。

平清水集落跡に到着。無人化したのは昭和40年代初め頃らしい。

倒壊家屋。2010年頃はまだ建っていたそうです。

屋根しかわからん。

墓地

戦国時代から人が住んでいたらしいので、墓石の数も尋常ではない。

一際立派な墓地。秋山姓でした。

墓地から家屋

地図の点線表記の道を行ってみます。

水場だろう。

比較的道は判りやすい。

と思ったら、ルートを外れてガレ場に出てしまった。ここを登ります。

ガレ場を上り詰めると。目印あり。

林業の境界標の様ですが、道跡に沿って点々とあります。

小さな祠

祠の下をUターンするように下ります。

あー。こういう植林地は道が判りません。が、下の方に建物か?上七尾、下七尾、日影林編に続く。