大蔵経寺山、鹿穴、東山。甲府盆地を巡る尾根。 2020/3/7

2020.03.07(土) 日帰り
七目
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行先も定まらずに電車に乗って、行き当たりばったりの山行ではいかんのではないか。一体何ゆえにマンネリズムの渦に巻き込まれているのか、などと黙考し、とりあえず遠くに行こうと思う。とはいえ、日帰りの範疇であるので、そんなに遠くへは行けない。そんな熟慮の末に、「山梨県内の銭湯は、全施設、温泉を使用しています」と、山梨県公衆浴場業生活衛生同業組合のHPに記してあるのを読んで、突然だが甲府に行くことにした。 石和温泉駅から大蔵経寺(だいぞうきょうじ)山を経て、ぐるりと尾根を巡り、武田神社周辺に下山。甲府駅から程近い銭湯、喜久乃湯温泉に入湯し、ビールを飲んで帰る。下山後の楽しみを目的に、低山をのんびり歩くということにする。 そんなわけで、石和温泉駅に下り立ったのは、土曜日の朝、八時を過ぎた頃だった。山側の北口広場は造成されたばかりのようで真新しく、人の気配も殆ど無いので無機質的な雰囲気が漂っていた。 駅前ロータリーから少し歩いて、雁坂みち(国道140号)を甲府方面に歩くと、大蔵経寺入口の看板があり右折する。山裾に向かうと突き当たりに物部神社。参詣して本殿右手に回りこむと、大蔵経寺から続いている車道を登っていく。 途上に猪防護柵があり、「笛吹市トレッキングコース、山梨百名山、大蔵経寺山登山口」と記された立派な看板が掲げられている。それを通過して登山道となるのだが、相変わらずの舗装路が続いている。 麓に在った案内板に拠ると、このまま車道を登り続けていけば二箇所の展望台があり、駅前からも確認できる東尾根を登っていく格好になる。眺めのよさそうな展望台に寄りたい気持ちもあったが、舗道歩きが長そうである。それで気が変わり、途中の分岐点から山腹トラバース道に入り、山神宮からのルートで登ることにした。 舗道を逃れて心地好い土の道を踏み、およそ五分で山神宮社に到着。拝殿と本殿が狭い斜面に建ち並んでいる。別名を天狗神社とも称され、麓の市民からは「お天狗さん」と呼ばれ親しまれているという。(その所以で大蔵経寺山は天狗山と呼ばれているという記述もある) 社殿に向かって右手に露岩の斜面があり、踏路を示す赤テープの印が賑々しい。巨岩の集積する道を登り続けて、途上には「積石塚古墳群」の手製標識。墳丘らしき造形は確認できなかったが、笛吹市の観光案内にも「積石古墳鞍掛塚」という名称が記載されている。 古代人が生息していた山かと思いつつ、古代遺跡の急勾配を登りきると、気持ちのよい小平地に出る。樹木の合間から鉛色の空の下、甲府方面の景色が広がった。 山頂直下は露岩も消えて、冬枯れの木立の中を歩く。尾根上に到達すると、大蔵経寺山の山名標が立っていた。ここから尾根道が北上して続いている。踏路の勾配は緩やかで快適だが、樹木に括り付けられたピンク色のテープが余りにも過剰で、トレイル・ランニングの徒によるものだろうか、とにかく多すぎて鬱陶しい。 標高813m点の手前に、西北西の斜面が防火線として伐採されている箇所があり小休止する。防火帯で開けた眺望は八人山の尾根の向こうに甲府市街。そして山都の背景は鳳凰三山、櫛形山、そして真白な北岳が霞の上に連なっている。 小ピークを越え、長谷寺への分岐を見送り、少々登ると西北に尾根が張り出す標高906m点に登りついた。樹木に巻き付けた赤テープに「深草山」と記してあり、深草観音との関連なのかなと、やや腑に落ちない感じになる。山頂域の端に移動すると、御料局(明治政府下の林野庁的存在)に拠る三角点、御料地境界点を発見する。その側面には「字深草山」と刻印されてあった。 樹木に囲まれて特徴の無い951mピークを越えて、八人山方面の尾根分岐点に達する。人の声がするなと思い視線を転じると、八人山方面から中年男女ふたり組が登ってきた。標高940m圏で小休止し、ふたり組に道を譲る。挨拶を交わすが素っ気無く、お喋りに余念がないという感じで去って行った。 標高960m圏峰から鞍部に下り、程無くして半壊した道標の分岐点に行き当たる。ここが鹿穴(ししあな)南分岐で、右手の捲き道を選ぶと要害山方面で一般的だが、私は鹿穴に登り、進路を西に取って甲府市街に下山する予定である。 西側を捲く道から迂回して登れそうだと思い、道標を左折するが、踏路は急激に下降していく。これはと思い返して分岐点まで戻った。南分岐から、鹿穴山頂は正面に目視できる位置にある。薮も無く、勾配も緩やかそうなので、直登することにした。 およそ五分で鹿穴山頂に到達。樹林に囲まれ展望は無いが、冬枯れの木立に陽が差し込んで、心地好い。鹿穴は本日の最高標高点の989.7mである。石和温泉駅から三時間余りの行程だった。存外によく歩いたなという感懐で、初めて歩く山域は、やはり新鮮な気持ちで臨むことができる。 大休憩の後、地形図の破線も記されている、鹿穴から西に延びる尾根を下る。穏やかな自然林の踏路は徐々に細くなり、尾根は唐突に岩崖の縁に突き当たり、これ以上の歩行は不可能になった。尾根は左右に分離していて、双方向はいずれも岩崖なので、真ん中の谷へ下れるのか、息を殺して見渡す。勾配を制御できそうな斜面に、蛇行するような経路で踏み跡が窺えた。意を決して下り始める。 谷筋を辿りつつ、右手の岩尾根が落ち着く処にトラバースして復帰を試みるが、倒木と薮で進路が見つからない。谷筋を、右手に意識して行けばなんとかなりそうだが、尾根に戻りたいという焦燥が精神を揺さぶり始める。 そういえば、と、本日初めてのバリエーション・ルート的行程になり、ストレッチスパッツを装着していないことに気付く。斜面の途上で腰を下ろし、再装備の作業で、自分の心裡の沈静化を計る。ついでに紫煙を燻らせる。単独行での尾根下りの緊張感は、徐々に緩和されていった。 なんとか尾根に復帰して、安堵した。地形図に示された、破線が交差している箇所は、未だ細尾根の途上であり、峠の構成では無かった。そのまま穏やかに続く一本道が鞍部に差し掛かると、道標の柱だけ立っている処にぶつかった。ここが大黒峠という四辻で、破損した方向表示の案内が床に置かれている。一応適切に置かれているようだが、盲信はできない。 四辻を直進し、甲府市街に面する、東山の尾根に登り返していく。山腹を折り返して尾根上に乗る。平坦な尾根道になり、のんびりと歩いていくと標高870m圏。途上に在る筈の、大岩園地という場所が、廃れてしまったのか判別できないが、南西に甲府市街、北東に鹿穴と鬼山の眺めが可能な箇所があり、ここに東屋があったのかなと想像する。そこかしこの道標に表記されている大岩園地だが、往時の様子を窺い知るのは難しい。 細長い山頂域の北西に行き着くと標高885mの東山で、ここから西南に延びる尾根を、甲府市街に向かって下っていく。甲府盆地と愛宕山のランドマークが視界に入り、いよいよ行程の終盤に入る。尾根上の踏路は明瞭だが、ザレ状の急勾配を下り続けるので、転倒に留意しつつゆっくりと下る。 尾根は愛宕山を避けるようにして双方向に分岐し、馬蹄形のように裾野を形成している。その分岐点が標高点734mの小ピークで、大日影山と記された木片が木に括り付けられていた。 ザレ状の急勾配はどこまでも続き、なんとか下り切ると、道標のある四辻に行き着いた。すでに武田の杜(山梨県の管理、運営による森林公園)の区域に入っているようで、直進した先が躑躅ヶ崎園地の東屋だった。 小休止の後、尾根末端を巡る遊歩道に誘導されるようにして、やがて行き着いたのは擁壁で固められ、堤防のような武田氏の館、躑躅ヶ崎館跡だった。 貯水池の竜ヶ池を囲む堰堤上に、躑躅ヶ崎館跡の案内板があった。東山へと続く長尾根の末端を見上げる。武田氏の城下町の背後に居座る尾根は、天然の城砦を髣髴とさせた。 いにしえの城下町の坂道を歩き、山梨大学のキャンパス群が現われると少し街らしくなる。武田二丁目の信号をを右折して、楽しみにしていた銭湯、喜久乃湯温泉に到着。期待以上にすばらしい公衆浴場で、かけ流しのぬる湯が心地好く、例の如く長湯となってしまった。脱衣場も浴場も古色蒼然としているが、清潔感があり、広々としていて気持ちよい。これは再訪してしまいそうである。 時間を全く気にしていなかったので、風呂上りでのんびり歩いていると、甲府駅に到着する直前に、高尾行きの電車が発車して行くのが見えた。次の電車は一時間後で、思いのほか本数が少ない。駅ビル内にあるファミリーレストランに入り、生ビールを注文する。GPSの軌跡を確認したり、持ってきた「分県登山ガイド・山梨県の山」を読んで本日の復習をしていると、程よい電車待ちの時間となった。 各駅停車立川行きの電車内は閑散としていて、ホームの売店で買い求めた缶ビールを飲みながら車窓を眺める。電車が石和温泉駅を発車して間も無く、眠りに落ちた。昏々と眠って、はっと気付くと、まだ大月駅だった。それで、甲府は、やはり遠いなと、ぼんやりと思った。

要害山・兜山・大蔵経寺山 初めて下車した石和温泉駅。北口広場は造成されたばかりのようで、無機質的雰囲気が漂う。

大蔵経寺(だいぞうきょうじ)山の東尾根が直ぐそこに見える。広大な擁壁の上が展望台。眺めがよさそうである。
初めて下車した石和温泉駅。北口広場は造成されたばかりのようで、無機質的雰囲気が漂う。 大蔵経寺(だいぞうきょうじ)山の東尾根が直ぐそこに見える。広大な擁壁の上が展望台。眺めがよさそうである。
要害山・兜山・大蔵経寺山 雁坂みち(国道140号)に大蔵経寺入口の看板があり、山裾に向かうと突き当たりに物部神社。参詣して右手の大蔵経寺から続く車道を登る。
雁坂みち(国道140号)に大蔵経寺入口の看板があり、山裾に向かうと突き当たりに物部神社。参詣して右手の大蔵経寺から続く車道を登る。
要害山・兜山・大蔵経寺山 猪防護柵を通過して登山道となるが、舗装路は続いている。展望台に寄りたい気持ちもあったが、舗道歩きが長そう。

山腹トラバース道に入り、山神宮からのルートに変更することにした。
猪防護柵を通過して登山道となるが、舗装路は続いている。展望台に寄りたい気持ちもあったが、舗道歩きが長そう。 山腹トラバース道に入り、山神宮からのルートに変更することにした。
要害山・兜山・大蔵経寺山 山神宮社の古びた石段を見下ろすと、急傾斜で、かなり体力が消耗されそうに見えた。

社殿に向かって右手に露岩の斜面があり、赤テープの印。参詣後、登山開始。
山神宮社の古びた石段を見下ろすと、急傾斜で、かなり体力が消耗されそうに見えた。 社殿に向かって右手に露岩の斜面があり、赤テープの印。参詣後、登山開始。
要害山・兜山・大蔵経寺山 巨岩の急勾配が続く。途上の緩やかな箇所に、「積石塚古墳群」の手製標識があった。

墳丘らしき造形は確認できなかったが、笛吹市の観光案内にも「積石古墳鞍掛塚」という名称が記載されている。
巨岩の急勾配が続く。途上の緩やかな箇所に、「積石塚古墳群」の手製標識があった。 墳丘らしき造形は確認できなかったが、笛吹市の観光案内にも「積石古墳鞍掛塚」という名称が記載されている。
要害山・兜山・大蔵経寺山 古代遺跡の急勾配を登りきると、気持ちのよい小平地。樹木の合間から鉛色の空の下、甲府方面の景色が広がる。
古代遺跡の急勾配を登りきると、気持ちのよい小平地。樹木の合間から鉛色の空の下、甲府方面の景色が広がる。
要害山・兜山・大蔵経寺山 山頂直下は露岩も消えて、あっさり尾根上に到達。大蔵経寺山は、これから歩いていく尾根の東南に位置する、肩の山という感じ。

山神宮の別名、天狗神社(市民からは「お天狗さん」と呼ばれ親しまれているとのこと)に拠る天狗山とか、あるいは、かつて山頂に物部神社があり、御室山と呼ばれていたとか、諸説ある模様。
山頂直下は露岩も消えて、あっさり尾根上に到達。大蔵経寺山は、これから歩いていく尾根の東南に位置する、肩の山という感じ。 山神宮の別名、天狗神社(市民からは「お天狗さん」と呼ばれ親しまれているとのこと)に拠る天狗山とか、あるいは、かつて山頂に物部神社があり、御室山と呼ばれていたとか、諸説ある模様。
要害山・兜山・大蔵経寺山 北上する尾根道は緩やかで快適。難があるとすれば、踏路を示すピンク色のテープが余りにも過剰に付けられていること。トレイル・ランニングの徒によるものだろうか。とにかく多すぎる。

標高813m点の手前、西北西の斜面が防火線として伐採されている箇所で小休止。

八人山の尾根の向こうは甲府市街。山都の背景は鳳凰三山、櫛形山、そして真白な北岳が霞の上に連なっている。
北上する尾根道は緩やかで快適。難があるとすれば、踏路を示すピンク色のテープが余りにも過剰に付けられていること。トレイル・ランニングの徒によるものだろうか。とにかく多すぎる。 標高813m点の手前、西北西の斜面が防火線として伐採されている箇所で小休止。 八人山の尾根の向こうは甲府市街。山都の背景は鳳凰三山、櫛形山、そして真白な北岳が霞の上に連なっている。
要害山・兜山・大蔵経寺山 小ピークを越え、長谷寺への分岐を見送り、少々登ると西北に尾根が張り出す標高906m点。樹木に巻き付けた赤テープに「深草山」と記してある。深草観音との関連なのかなと、やや腑に落ちない感じになっていると…。
小ピークを越え、長谷寺への分岐を見送り、少々登ると西北に尾根が張り出す標高906m点。樹木に巻き付けた赤テープに「深草山」と記してある。深草観音との関連なのかなと、やや腑に落ちない感じになっていると…。
要害山・兜山・大蔵経寺山 山頂域の端に、御料地境界点。御料局(明治政府下の林野庁的存在)に拠る三角点。側面に「字深草山」と刻印されてあった。
山頂域の端に、御料地境界点。御料局(明治政府下の林野庁的存在)に拠る三角点。側面に「字深草山」と刻印されてあった。
要害山・兜山・大蔵経寺山 八人山からの尾根が収斂する箇所を過ぎて、標高940m圏の一角に「板垣山」と書き殴った板切れが立て掛けてあった。なんだろうと思い事後に調べてみると、甲府森林事務所のHPに「板垣山国有林」という名称での国有林野のカテゴリがあり、それとの関連だと思われるが、板切れであり、場所も山頂という感じでは無い。

標高960m圏峰から鞍部に下り、程無くして半壊した道標の分岐点に行き当たる。

西側に捲く道から鹿穴(ししあな)山頂に迂回して登れそうだと思い左折するが、踏路は急下降していく。思い返して分岐点まで戻った。鹿穴山頂はすでに眼前に見えている。薮も無く、勾配も緩やかなので、直登することにした。
八人山からの尾根が収斂する箇所を過ぎて、標高940m圏の一角に「板垣山」と書き殴った板切れが立て掛けてあった。なんだろうと思い事後に調べてみると、甲府森林事務所のHPに「板垣山国有林」という名称での国有林野のカテゴリがあり、それとの関連だと思われるが、板切れであり、場所も山頂という感じでは無い。 標高960m圏峰から鞍部に下り、程無くして半壊した道標の分岐点に行き当たる。 西側に捲く道から鹿穴(ししあな)山頂に迂回して登れそうだと思い左折するが、踏路は急下降していく。思い返して分岐点まで戻った。鹿穴山頂はすでに眼前に見えている。薮も無く、勾配も緩やかなので、直登することにした。
要害山・兜山・大蔵経寺山 ゆっくり登り、五分ほどで山頂。樹林に囲まれ展望は無いが、冬枯れの木立に陽が差し込んで、心地好い。ここでお昼ご飯。担々麵風味のカップ麺、そして自作おにぎりは塩昆布味。

鹿穴は本日の最高標高点である989.7mで、石和温泉駅からの標高差はおよそ720mだから、そこそこ登ったかなという感懐。あと十メートル少々で1000mなのにな、と思う。
ゆっくり登り、五分ほどで山頂。樹林に囲まれ展望は無いが、冬枯れの木立に陽が差し込んで、心地好い。ここでお昼ご飯。担々麵風味のカップ麺、そして自作おにぎりは塩昆布味。 鹿穴は本日の最高標高点である989.7mで、石和温泉駅からの標高差はおよそ720mだから、そこそこ登ったかなという感懐。あと十メートル少々で1000mなのにな、と思う。
要害山・兜山・大蔵経寺山 地形図の破線も記されている鹿穴から西に延びる尾根。穏やかな自然林の踏路が徐々に細くなり、ケルンのような三角の岩が現われて瞠目する。
地形図の破線も記されている鹿穴から西に延びる尾根。穏やかな自然林の踏路が徐々に細くなり、ケルンのような三角の岩が現われて瞠目する。
要害山・兜山・大蔵経寺山 尾根の踏路は唐突に岩崖の縁となった。断崖のエッジから下方を見て、地形図の示す複雑な尾根形成状況を噛み締める。

尾根は左右に分離していて、双方向はいずれも岩崖だった。真ん中の谷へ下れるのか、息を殺して見渡すと、蛇行するような経路で勾配を制御できそうな踏み跡が窺えた。
尾根の踏路は唐突に岩崖の縁となった。断崖のエッジから下方を見て、地形図の示す複雑な尾根形成状況を噛み締める。 尾根は左右に分離していて、双方向はいずれも岩崖だった。真ん中の谷へ下れるのか、息を殺して見渡すと、蛇行するような経路で勾配を制御できそうな踏み跡が窺えた。
要害山・兜山・大蔵経寺山 同じ断崖の縁から、端整な山容を見る。1042m峰(鬼山という山名が付されているらしい)は鹿穴と並んで双耳峰のように佇んでいた。

谷筋を辿りつつ、右手の岩尾根が落ち着く処にトラバースして復帰を試みるが、倒木と薮で進路が見つからない。谷筋を、右手に意識して行けばなんとかなりそうだが、尾根に戻りたいという焦燥が精神を揺さぶり始める。

そういえば、と、本日初めてのバリエーション・ルート的行程になり、ストレッチスパッツを装着していないことに気付く。斜面の途上で腰を下ろし、再装備の作業で、自分の心裡の沈静化を計る。ついでに紫煙を燻らせる。単独行での尾根下りの緊張感は、徐々に緩和されていった。
同じ断崖の縁から、端整な山容を見る。1042m峰(鬼山という山名が付されているらしい)は鹿穴と並んで双耳峰のように佇んでいた。 谷筋を辿りつつ、右手の岩尾根が落ち着く処にトラバースして復帰を試みるが、倒木と薮で進路が見つからない。谷筋を、右手に意識して行けばなんとかなりそうだが、尾根に戻りたいという焦燥が精神を揺さぶり始める。 そういえば、と、本日初めてのバリエーション・ルート的行程になり、ストレッチスパッツを装着していないことに気付く。斜面の途上で腰を下ろし、再装備の作業で、自分の心裡の沈静化を計る。ついでに紫煙を燻らせる。単独行での尾根下りの緊張感は、徐々に緩和されていった。
要害山・兜山・大蔵経寺山 なんとか尾根に復帰した。地形図の破線が交差する箇所は、未だ細尾根の途上であった。そのまま穏やかに続く一本道が鞍部に差し掛かると、全壊の道標が柱だけ立っている処にぶつかった。

Yamapでは「大黒峠」と登録されている四辻だった。破損した方向表示の案内が床に置かれている。一応適切に置かれているが、盲信はできない。
なんとか尾根に復帰した。地形図の破線が交差する箇所は、未だ細尾根の途上であった。そのまま穏やかに続く一本道が鞍部に差し掛かると、全壊の道標が柱だけ立っている処にぶつかった。 Yamapでは「大黒峠」と登録されている四辻だった。破損した方向表示の案内が床に置かれている。一応適切に置かれているが、盲信はできない。
要害山・兜山・大蔵経寺山 甲府市街に面する、東山の尾根に登り返していく。途上に在る筈の、大岩園地という場所が、廃れてしまったのか判別できない。

南西に甲府市街、北東に鹿穴と鬼山の眺めが可能な箇所があり、ここに東屋があったのかなと想像する。そこかしこの道標に表記されている大岩園地だが、往時の様子を窺い知るのは難しい。
甲府市街に面する、東山の尾根に登り返していく。途上に在る筈の、大岩園地という場所が、廃れてしまったのか判別できない。 南西に甲府市街、北東に鹿穴と鬼山の眺めが可能な箇所があり、ここに東屋があったのかなと想像する。そこかしこの道標に表記されている大岩園地だが、往時の様子を窺い知るのは難しい。
要害山・兜山・大蔵経寺山 細長い山頂域の北西に、標高885mの東山。武田氏滅亡後に出来た甲府城から見ると東山とは言えないので、武田氏の居館である躑躅ヶ崎館から見た東山なのかな、などと考えてみる。
細長い山頂域の北西に、標高885mの東山。武田氏滅亡後に出来た甲府城から見ると東山とは言えないので、武田氏の居館である躑躅ヶ崎館から見た東山なのかな、などと考えてみる。
要害山・兜山・大蔵経寺山 甲府盆地と愛宕山のランドマークを視界に、西南に延びる尾根を実直に下っていく。踏路明瞭なれど、ザレ状の急勾配を下り続けるので、転倒に留意しつつの歩行。

麓から東山まで登るのは、かなりの体力が必要かなという印象だった。尾根は愛宕山を避けるように双方向に分岐し、馬蹄形のように裾野を形成している。分岐点が標高点734mの小ピークで、大日影山と記された木片が木に括り付けられていた。
甲府盆地と愛宕山のランドマークを視界に、西南に延びる尾根を実直に下っていく。踏路明瞭なれど、ザレ状の急勾配を下り続けるので、転倒に留意しつつの歩行。 麓から東山まで登るのは、かなりの体力が必要かなという印象だった。尾根は愛宕山を避けるように双方向に分岐し、馬蹄形のように裾野を形成している。分岐点が標高点734mの小ピークで、大日影山と記された木片が木に括り付けられていた。
要害山・兜山・大蔵経寺山 相変わらずのザレ状急勾配の尾根をなんとか下ると、四辻に道標。すでに武田の杜(山梨県の管理、運営による森林公園)の区域に入っていた。躑躅ヶ崎園地の東屋で休憩。気温は随分上がっているようで、フランネルシャツは袖まくりでちょうどよい。

尾根末端を巡る遊歩道に誘導されるように下山。行き着いたのは擁壁で固められ、堤防のような武田氏の館、躑躅ヶ崎館跡。
相変わらずのザレ状急勾配の尾根をなんとか下ると、四辻に道標。すでに武田の杜(山梨県の管理、運営による森林公園)の区域に入っていた。躑躅ヶ崎園地の東屋で休憩。気温は随分上がっているようで、フランネルシャツは袖まくりでちょうどよい。 尾根末端を巡る遊歩道に誘導されるように下山。行き着いたのは擁壁で固められ、堤防のような武田氏の館、躑躅ヶ崎館跡。
要害山・兜山・大蔵経寺山 貯水池の竜ヶ池を囲む堰堤上に、躑躅ヶ崎館跡の案内板があった。東山に至る長尾根の末端を概観する。武田氏の城下町の背後で佇むように居座る尾根。武田尾根とでも呼びたい風情。
貯水池の竜ヶ池を囲む堰堤上に、躑躅ヶ崎館跡の案内板があった。東山に至る長尾根の末端を概観する。武田氏の城下町の背後で佇むように居座る尾根。武田尾根とでも呼びたい風情。
要害山・兜山・大蔵経寺山 躑躅ヶ崎館跡から甲府市街を俯瞰する。いにしえの城下町の坂を下り、山梨大学を経て少し街らしくなる。住所も甲府市武田。その二丁目を右折して、楽しみにしていた銭湯、喜久乃湯温泉に立ち寄る。

期待以上にすばらしい公衆浴場で、例の如く長湯となり、甲府駅に到着する直前に、高尾行きの電車は発車してしまった。駅ビル内のファミリーレストランで風呂上りのビール。適度な時間潰しができた。

各駅停車立川行きの電車内は閑散としていた。缶ビールを飲みながら車窓を眺めて、間も無く爆睡状態に。はっと気付くと、まだ大月駅だった。甲府は、やはり遠いなと、ぼんやりと思った。
躑躅ヶ崎館跡から甲府市街を俯瞰する。いにしえの城下町の坂を下り、山梨大学を経て少し街らしくなる。住所も甲府市武田。その二丁目を右折して、楽しみにしていた銭湯、喜久乃湯温泉に立ち寄る。 期待以上にすばらしい公衆浴場で、例の如く長湯となり、甲府駅に到着する直前に、高尾行きの電車は発車してしまった。駅ビル内のファミリーレストランで風呂上りのビール。適度な時間潰しができた。 各駅停車立川行きの電車内は閑散としていた。缶ビールを飲みながら車窓を眺めて、間も無く爆睡状態に。はっと気付くと、まだ大月駅だった。甲府は、やはり遠いなと、ぼんやりと思った。

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てんきとくらす